#03 少女

 はっ!



 お絵描き配信が楽しくて、そればかりになってしまった。

 そろそろ冬コミの新作、考えなきゃ。せっかくVTuberに転生したんだから、それをネタにしたいな。とはいえ男性VTuberは少ない。つーか、私の琴線に触れる男性VTuberがいない。転生組の男はタコさんウインナーだけだけど、ボイチェンのせいで、チ●ちゃんぽく聞こえるし。

 それに、タコさんは受けより攻め。男性VTuberは受けしかいないから、誰とでもカップリングしやすいっていえば、いえるんだけど。

 タコさん×剣持刀也ぐらいしか浮かばないな。



 ヴォン!


 突然、バグが現れる。


「ご相談があって来ました」

「なに?」

「先ほど、7歳の女の子がこの世界に転生しました」

「ほう」

「年齢のせいなのか、死んだこと、転生したこと、VTuberのことなど、理解できないようです」

「それで?」

「彼女の説得にご協力ください」

「嫌だ」

「意外です」

「私なら二つ返事で承諾すると思ったろ?」

「はい」

「残念でした」

「ご協力いただけませんか?」

「協力するのは、やぶさかではない。ただし、条件がある」

「聞きましょう」

「この転生システムを廃止しろ」

「それはできません」

「この世界を創った奴に言っておけ。おまえの気まぐれで命をもてあそぶな」

「言うことはできません」

「だろうな」

「ただ、今現在、この世界に転生し、さまよっている7歳の女の子がいることは、理解していただけたと思います」

「嫌な言い方するな。わかったよ、行くよ」

「あなたなら、そう言ってくださると思いました」



 ヴォン!


 私が転生した時、最初に立たされた白い空間に来た。

 そこには、小さな身体にランドセルを背負い、長い黒髪に黄色い通学帽を被っている女の子がひとり、体育座りしている。

「こんにちは」

 返事がない。

「こんにちは」

 返事がない。

「バグ。この子、ただのしかばねだよ」

「はい。死者です」

「ボケだよ! ノリ突っ込みぐらいしろよ!」

「すいません」


 さて、困った。

 小さい頃からコミュ症で、30歳にして同人作家。そして過労死。すっごい狭い人間関係しか築けなかった私にとって、7歳の女の子の心を開くことなんてできない。

「助けてバグえも~ん」

「なんでしょう」

「皆を呼んできて」

「かしこまりました」


 そして、タコさんウインナー、さくまどろっぷ、可愛美麗がそろう。


「新しく転生してきた子か」

「小学一年ですね」

「置かれた状況を理解できていないのね」

「コミュ症の私には手に負えません」

「でも、外観からわかることもあります」

「そうですか? さくまどろっぷさん」

「7歳にしては手足が細すぎ。汚れ具合から3~4日同じ服を着ている。手、足、顔に痣があるし、髪はパサパサ、口元は切れて血が出た痕がある」

「虐待ですか!?」

「だね」

「バグ!」

「はい。この子は、親の虐待によって死にました」

「おまえら、なんて子を転生させたんだ…」

「ポジティブに考えれば、これから新しい人生を、この世界で送ることができるね」

 さくまどろっぷは、その子の隣に、静かに座る。

 肩越しに、静かに語りかける。

「こんにちは」

「…」

「あたし、さくまどろっぷ。あなたのお名前教えて」

「…」

 タコさんウインナーが、ぴょんぴょんと跳んで、彼女が落とす目線の先に躍り出る。

「こんにちは」

「変なの」

 おっ! しゃべった。

「タコさんウインナーがしゃべってる」

「俺は火星人だからね~」

「火星人がなんでウインナーなの?」

「食べたら美味しそうだろ」

「変なの」

「食べてみるか?」

「ヤダ。お腹壊しそう」

 その時、女の子のお腹が、ぎゅ~と鳴った。

 女の子は、顔を赤らめる。

「ここは寒いね~」

「寒いな」

「寒いですね」

「ちょっと、温かい場所に移動しようか?」

 女の子は、コクリと小さくうなずく。

 さくまどろっぷは、女の子の手をとると、バグに目線で合図する。


 ヴォン!



 五人とバグは、さくまどろっぷの部屋に着地する。

「ちょっと待っててね」

 女の子の手を離そうとしたとき、ギュッと握りかえす。

「あたしが行きます」

 可愛美麗はキッチンへ行き、トレイに甘い湯気の立つカップを載せて、戻ってくる。

「はい。熱いから、フーフーして飲んでね」

 女の子はカップを手にし、フーフーと息を吹きかけ、ホットココアをズズっと飲む。最初は、少しずつ。冷めてくると、一気に飲み干す。

「美味しかった?」

「うん」

「おかわりいる?」

「うん」

 再び、可愛がキッチンへ行く。

「ねえ?」

「なに?」

「ママとパパ、逮捕されちゃう?」

 四人はドキッとする。

 曖昧な答えはできない。それは彼女を傷つける。正確なことは言えない。それは彼女をひとりぼっちにしてしまう。

 ここは、私が一肌脱ぐところかな。

「私ね、魔法のおねえさんなんだ。今からあなたに、魔法をかけるから」


 ヴォン!

 ペンとパッドを手にする。女の子をパッドにスキャンして、足の痣を塗りつぶす。

「痛いの痛いの飛んでいけ~!」

 足にあった痣が、みるみるうちに綺麗に消えて、女の子は目を丸くする。

「次は手と、顔も綺麗にしようね」

 バグが、女の子を映す等身大の鏡を立てる。女の子は、自然と立ちあがる。

「足は速いですか? 遅いですか?」

「遅い」

「それじゃあ、速く走れるように、足を強くしましょう」

 足は、かかとからふくらはぎ、ふとももにかけて、綺麗で健康的なラインになる。

「鉄棒は得意ですか?」

「できない」

「それじゃあ、木登りができるくらい、腕を強くしましょう」

 腕は、前腕から二の腕まで、血色良くふくよかに。

「プ●キュアは好きかな?」

「大好き」

「それじゃあ服は、魔法使いに」

 ピンクのスカートに、ピンクのシャツ。靴に腰にピンクのリボン。赤いランドセルは、マントに変わり、黄色い通学帽は髪を束ねるシュシュに変わる。

「魔法少女に大変身だ! どうかな? 魔法少女さん」

「か、可愛い」

 ニコニコしていた笑顔から、突然、大粒の涙が流れ落ちてきて、口からは慟哭が轟いた。

 さくまどろっぷが彼女を抱きしめると、女の子も、さくまどろっぷをギュッと抱きしめた。

 張り詰めていた気持ちが、一息ついて、一気に弾けたのかな。ここは、女の子の気持ちが落ち着くのを待つのが得策でしょう。私にできるのは、今はこれが精一杯。

 私は、メンバーに目で合図し、その場から消えた。




 しばらくのあいだ、冬コミ用同人誌のネームを進めながら、マイクラ配信を続ける。久しぶりに、タコさんがINした。

「おひさ~」

「ひさしぶり」

「ちょうど良いところに来てくれました」

「なんだ?」

「ここ手伝ってくださいよ」

「どこだ?」

「フローリング部屋の隣に和室を造りたいんだけど、畳ってどうやって作るの?」

「畳は実装されてないぞ」

「な、なんだと」

「竹林なら生やせるけどな」

「和室っぽい築材ってないんですか? 障子とか、ふすまとか、囲炉裏とか」

「ねーな」

「なんってこった」

「元がアメリカだからな」

「茅葺き屋根とか、茶室とか土壁で造りたかったのに」

「残念だったな」

「そういえば、あの子はどうなりましたか?」

「だいぶ、落ち着いたよ」

「それは良かったです。今はさくまさんのところですか?」

「ああ」

「配信できそうですか?」

「それにはもうちょっと、時間がかかりそうだな」

「今回は、魂に子持ちの方がいて助かりました」

「なにいってんだ。おまえの作った服。すごく気に入ってるぞ」

「私には、あれぐらいしかできませんから」

「謙遜するな。さすが漫画家って感じだったぜ」

「タコさんの方こそ、あそこで彼女の気持ちに飛びこんだじゃないですか」

「俺にできるのは、カラダ芸だけだからな」

「あの子、どうなりますかね」

「ちょっとずつ、元気を取り戻しているらしいから、時間しだいだな」

「元気になったら、あの服、作り直したいな」

「なんか不満か?」

「即興だったので、装飾とか髪型とか色とか直したいところ、山ほどあって、気がかりなんです」

「本人は、大満足だぞ」

「ダメなんです! あんな程度で満足されちゃ」

「良くできてると思うけどな」

「漫画家の矜持がゆるせません」

「時期をみて、直しに行けばいいんじゃね?」

「まだアバターも、VTuberネームも決まってませんよね?」

「ないな」

「それまでには完成させたい」

「そういうのは門外漢なんで、まかせた」

「こんど、会いに行ってみようかな」

「行ってやれ。喜ぶと思うぞ」

「完璧な変身バンクを創って行こう」

「おまえのそういうところ、嫌いじゃないぜ」

「褒めてもなにもでませんよ」




 冬コミ用同人のネームを、こけしはえに送り、感想を求めてLINEする。

「どう?」

「全部VTuberネタだね。宗旨替え?」

「しょうがないじゃん。現役VTuberなんだし」

「今までみたいに、時事アニメでカップリングは出さないの?」

「テレビ見られないからね」

「なんか、【●】が本当に遠くへ行っちゃった気分だよ」

「私は、封神台に封神された気分だね」

「ネタが古いよ」

「話し変わるんだけど、そっちで小学一年生女子の虐待死がニュースになってない?」

「虐待のニュースは散発的に報道されてるけど、なんで?」

「いや、なんでもない」

 なにを訊いてるんだ私は…。あの子の事件を知ってどうする。

「ネームの方はどう?」

「あたし、VTuberに詳しくないから、よくわからないけど、話はおもしろいんじゃない? ただ、露出が控えめだね」

「そう?」

「やっぱり、心境の変化?」

「まあ、そんなもんです」

「ネームはOKだから、原稿進めてね」

「了解」



 原稿を進めながら、あの子のことが気になる。

「バグ!」

 ヴォン!

 バグが現れる。

「なんでしょう」

「あの子のアバターとVTuber名。まだ決まってないんでしょ?」

「はい。でも、そろそろ決まるかも知れません」

「なにそれ?」

「自分の置かれた状況を、理解し始めたようです。VTuber配信をしたいと言い始めました」

「もう?」

「子供は、状況に適応するのが早いですから」

「なんてこった! こうしちゃいられん。今すぐあの子の元に連れてって」

「一応、向こうの確認をとってみます」

 私はバグの首を掴んだ。

「いいから連れてけ」

「かしこまりました」


 ヴォン!


 紫とバグは、さくまどろっぷの部屋に着地する。

 部屋では、ふたりが談笑している。紫の目に飛びこんできた少女の顔は、驚くほど笑顔に満ちていた。

「あ、いらっしゃい」

「!」

 少女はコクリとうなずく。

「こんにちは。おひさしぶり~」

 紫が、陽気に手を振る。

「こ、こんにちは」

 少女も小さく手を振り返す。

 ああ、もう。涙がでそう。元気が出てきたんだね。

「今日はね、おねえさんが、アバターを創りに来ました」

「アバター?」

「身体をね、ちゃんと創りましょう」

「あたし、これ好き」

「もっと、かわいくしてあげる」

「ホント?」

「もちろん」


 紫が、靴や服の細かい部分を作りこんでゆく。

 少女の顔が、みるみる明るくなってゆく。

「あまり頂点を増やすと、動きが重くなるよ」

「さくまさん。そういうのを、釈迦に説法っていうんですよ」

 服のフリフリと、アクセサリーのボーンにはこだわりがある。そして髪だ。

「そういえば、お名前訊いてなかったね。あなたのお名前教えて」

「な、名前はまだない…」

「どこで産れたのか、とんと見当もつかない。気がついたら真っ白な世界のなかで、プ●キュアのみんなと大笑いしていたことだけは記憶している」

「?」

「あなたは、ピンクのプ●キュア?」

「うん」

「じゃあ、今日からあなたは『ピュア・ピンク』」

「ぴゅあ・ぴんく?」

「そう。気に入った?」

「うん」

「じゃあ、ピュア・ピンク。髪もピンクでよろしいですか?」

「うん」

「髪型は、こうだ!」

 紫は、少女の髪をツインテールに黄色いシュシュでまとめる。

「良い!」

「仰せのままに」

 魔法少女『ピュア・ピンク』の誕生だ。




 転生組、みんながそろって、彼女のVTuberデビューを盛り上げる。

「さあ。ピュア・ピンク。みんなに挨拶しよう!」


「は、はじめまして。ピュア・ピンクです」

 モジモジしながら自己紹介をはじめる。

「てんせいぐみ? からデビューしました」

 チラチラ、みんなを見回す。

 がんばって!

 がんばれ。

 がんばりなさい。

 だいじょうぶ。

「これからどうぞ、よろしくおねがいします!」

 パチパチ! 大きな拍手をみんなが贈る。


♪ピュア・ピンクが仲間になった!

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