昏い青春

渚桜

昏い青春

お父様、お母様先立つ不孝をお許し下さい。最後まで迷惑をかける事になってしまい申し訳ございません。

どうか、最後に愚かな息子の独白をお読みください。

私は、何も急に自殺に思い至ったのではありません。何年も前から、いつか死のうと思い続けてきたのです。きっかけなど、今となっては分かりません。しかし、昔より思っていたというのは、紛れもなく事実なのです。断っておきますが、あなた方両親が、きっかけでは無い事は確かなのですから、どうか気に病まず、私の事など忘れて生きてください。

私の未来や過去、現在は、常に真っ暗で何も見えません。己の歩んでいる道が正しいのか、あるいは脇道に逸れているのか、そもそも未来に進めているのかさえ私には、その暗さ故に確かめる事すら出来ません。そのことを考えると、いつも私は胸が締め付けられ、不安に押しつぶされます。一体いつになれば、この暗さを克服できるのだろう、一体何処まで進めば、光が見えるのだろう。「もう少し大人になれば分かるさ」と誰かは無責任に言うけれど、何をすれば大人になって、この苦しみの終わりが見えるのだろう。歳を重ねても、段々と鬱になっていくだけだった、きっと頭の良い人が書いた本を読んでも答えは見つからなかった。歳や本を積み上げて、その上に登ってみても何も見えやしなかった。あと何を積み上げれば終わりが見渡せるようになるだろう。この苦しみから解放されるだろう。私は、きっと私達は、答えなんて無い事を知っているはずなのに、意味の無い事だと知っているはずなのに、哲学者のように、亡者のように何かを探し続ける。

私はもう将来の不安に怯えながら生きるのは、ほとほと嫌に、そして怖くなりました。私にとって生きると言うことは、いつのまにか恐怖の対象になり、死ぬまで克服できそうもない気がしてくるのです。

私はいわば、己の人生に殺されるのでしょう。将来に希望が持てず、恐怖し、それに殺される。私は人に生まれるべきではなかったのかもしれません。人ではなく、己の人生を悲観などしないような別の生き物に生まれるべきだったのかもしれません。それが何の生き物かは分かりませんが、人に生まれるべきではなかったのは確かだと思っています。

最後に、もう一度書いておきますが、あなた方、両親には何の責任も御座いません。愚かな息子のことなど忘れてしまって構いません。しかし、どうか長く生きてください。それが私の最後の願いなのですから。もう再びお目にかかることはないでしょう。どうかお元気で。さようなら。

愚かな息子より



「あとは死ぬだけだ」

少年は震えた声で呟き、やはり震えた手で先程書き終えた遺書のすぐ側に準備していたナイフを手に取り喉元に突きつけた。


「ハァ、ハァ、ハァ」

荒い呼吸を繰り返しながら、己の首を突き刺そうとするも、少年の手は、あと数ミリの所で止まっており、何かが決心を邪魔しているようであった。


数秒あるいは、数分経った頃、恐怖、希望、焦燥など、複数の複雑な感情が混ざり合い、深く、仄暗くおよそ感情を想定できない目をした少年が己の人生を嘆くように、全ての怨みを吐き出すかのように、吠えた。


「クソッ、クソッ、クソッ」

少年は手に持っていたナイフを床に叩きつけると、次は気狂いのように唸りながら、遺書を破り始めた。手の震えは既に止まっていた。


少年は、 あらかた遺書を破り終え部屋にばらまくと、ひどく乱暴にドアを開け部屋の外へと飛び出していった。後に残されたのは、命を奪う筈だったナイフと、誰にも届かなくなった遺書だけである。


少年が自殺を断念したのは、勇気だったのか、はたまた勇気が無かったからなのか、それとも別の理由なのかは、誰も知らない。




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