5:修羅場で始まる戀物語=Side詩乃

 顔が熱い。

 胸が熱い。

 頭の中まで熱くて、湯気が出てしまうのでは、と…そんな事はあり得ないと分かってはいても、思わずにはいられませんでした。

 全力で走っているから…と言う事だけが理由ではございません

 一体何なのでしょうか、この感覚は…。

 頭の中がフワフワとゆれまどい、胸の内がトクトクとみゃくっています。

 私はどうしてしまったのでしょう…。

 考えるまでもなく、理由は明白でございました。

 思い返すのは、先ほど一ノいちのせ様から頂いたお言葉です。


『し、知るかーー!!すげぇのは浅間さんちであって、娘である巫女さんは俺達と同じただの学園生ダロが!!』


 長年にわたって…ついには私が口にする事の出来なかった想いを、あの方はあっさりと言い当てて、代弁だいべんして下さったのです。

 いいえ…あの方からすれば、かねてよりいだいていた私の葛藤かっとうなど、知る由しるよしもない事でしょうから、代弁と言うのは正しくない事は頭では理解しております。

 ですが、あの瞬間…私の視界は、透き通るほどに色鮮やかなかがやきを取り戻したかの様でございました。

 きっと…だからこそ、こんなにも私の胸は早鐘はやがねを打ち続けているのです。


 ーーートク、トク


 本当にそれだけかと、あたたかさすら感じるこの鼓動こどうが問うてきます。

 分かりません…少なくとも今の私は、ただただ…あの方の事を考えずにはいられませんでした。

 本日より登校する事となった緑山みどりやま学園の校舎こうしゃが見えてきた辺りで走るのを止めて、何だか熱に浮かされた様な足取りで歩き出しました。

 少しして、本当に熱でもあるのでしょうか…既に校門まで来ていた事に、遅れせながら門を通り過ぎてから気付き、足を止めてしまいます。

 そうすると、またの人に想いをせる様に…こぼれ落ちるつぶやきが1つ。

 一ノ瀬様、お名前は確か…


「ユキヒコ、様…」


 ~~~っ!?

 な、なな、何を…私は今、なにを…?

 気付けば、唇をなぞる様に指でれ…先ほど耳にしたばかりの、あの方の名を呼んでしまっていたのです。

 わ、私は一体全体いったいぜんたい、本当にどうしてしまったのでしょうか。

 殿方とのがたの名を軽々けいけいに口にしてしまうなど…お母様にはとても見せられない醜態しゅうたいです。

 恥ずかしさに耐えきれず、触れていた人差ひとさゆびかくす様にこぶしを握り、制服のポケットに差し込んで…はしたないと思いつつも、そのまま正面玄関しょうめんげんかんまで小走こばしりでけ出してしまいます。

 私は私自身の事だと言うのに、今の自分がどう言った状態におちいっているのか、この時はまだ分かりませんでした。

 のちに…この時の私の事を、的確てきかく表現ひょうげんして頂く機会きかいがあるのでございますが…あらためて羞恥しゅうち身悶みもだえた事は、まだ内緒のお話でございます。

 皆さまも、あの方には内緒でございますからね?


 玄関に入りますと、すぐ目の前に大きな看板かんばんが立ててありました。

 どうやら、峰山みねやま学園のもと生徒の為に新しいクラス分けが貼り出されている様でございます。

 お陰様で気を取り直し、落ち着いて自分の名前を探す事が出来ました。

 1年A組のらんに自分の名前を思いのほかすぐに見つける事ができ、そのまま確認したばかりのクラス名が貼られているらしい下駄箱げたばこへ向かう事に致します。

 向かった…はず、でした。

 どうしたのでしょう…その場にったのかと思うほど足が動かなくなり、私の目は既に確認したにもかかわらず、私のはんして、1年A組の欄を上から順にふたたび追っていくのです。 

 自分の名前も通り過ぎて、下まで確認しきると…何故なぜだか落ち込んだ様な、それこそ落胆らくたんと表現してつかえない気分になってしまいました。

 そこでようやく、私は自分がどなたのお名前を探していたのかに気付き、自分で自分の行動に愕然がくぜんとさせられる事となります。

 皆さまはきっと、とっくにお気付きの事でございましょう。

 そうです。

 この時、私はしておけば良いものを…あの方のお名前を探してしまっていたのでございます。

 結局けっきょくのところ、私はまるで落ち着けてなどいなかったのです。

 またもや、顔が火照ほてるのを感じて…誰にともなく誤魔化ごまかす様に、胸に手をてて深呼吸しんこきゅうを1つ。

 さらには、1つではりず…お母様のお顔を思い浮かべて、もう何度か深く息を致します。

 そうして…何だかお母様に申し訳なさを感じつつ、最後に吐き出した息の先に見付けた…1つの補足ほそく事項じこうに目が止まります。


 『※なお、上記じょうき記載きさいされた一覧いちらんは峰山学園の元生徒のみになります。上記の通りにり分けられた生徒が、すで在籍ざいせきしている生徒の各クラスに加わる形になります』


 ーーーかがやいて見えました。


 いえ、実際じっさいに外からり付ける日の光が、貼り出された用紙の光沢こうたくと相まって反射して光っているのですが…私の目には希望きぼうの光に見えたのです。

 今思えば…だからと言って、あの方と同じクラスになれると決まった訳ではなく、それは言うまでもない事だったのでございますけれど。

 本当にお恥ずかしながら…そんな事にも気付かなかった私は、何だかむくわれた様な、大袈裟おおげさかもしれませけれど、救われた様な心持こころもちになって、下駄箱でくつえ、意気揚々いきようよう自分の教室に向かったのでございました。

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