2:ベタな出逢いのプロローグ=Sideアカリ

 最近さいきん寝起ねおきは最悪さいあくだ。

 なぜって…起きるとかならずお天道様てんとうさまのヤツが、アタシよりとっくに早く起きていて、準備体操じゅんびたいそう?もう終わったよ!と、言わんばかりにギラギラ、ジリジリりつけているからだ。

 おかげで最近は汗のにおいが気になってきたから、シャワーを浴びる為に一時間早く起きなくちゃいけない。

 じゃないと、アタシの『日課にっか』を始められないからだ。

 シャワーを終える、髪をかわかす、歯をみがく、覚えたてのアタシでも出来る簡単なお化粧けしょう(ナチュラルメイクって言うらしい)をして、制服に着替きがえる。

 今日は終業式だから、最低限の物だけかばんに入れたら、それを片手にそのまま玄関を出る。

 もちろん、登校にはまだ早すぎる。

 ここからが、アタシの日課の始まりだ。

 玄関を出たら縁側に回り込む。

 すぐ隣にっている家と、アタシんの庭をへだてる生垣いけがきには、アタシが楽に行き来が出来る様に小さな扉が付いている。

 特に鍵も付いていない扉をさっくりくぐれば、隣の家の玄関は目の前だ。

 おばさんからゆずけたこの家の鍵で、玄関を開けようとする。

 けど、した鍵を回してみても鍵が開いた時特有とくゆうの手ごたえが返ってくる事はなく…カスンって感じの音だけがむなしく鳴る。


「はぁ~あ…また、不用心なんだから…。」


 男の一人暮ひとりぐらしって言ったって、危ないでしょうに…と一人ごちてキッチンに向かう。

 ご飯を炊く準備をささっと済ませて、冷蔵庫の中と相談して、献立こんだてを決めたら簡単に下準備を済ませる。

 アイツがお気に入りのコーヒーメーカーを作動させたら、キッチンの隣にある一室の仏壇ぶつだんの前で手を合わせる。

 もう3年になる日課の1つがこれで、朝御飯あさごはんの用意をする様になったのは1年遅れだったから2年前から増えた…いや、自分で増やした日課であって本来はこれと、もう1つ。

 おばさん達に挨拶を済ませたら、2階に上がる。

 一番奥のアイツの部屋へやに行く前に、1つ手前の部屋をノックもせずに開けてみたものの…珍しくそこには誰もいなかった。

 やたらと物があふれ、部屋の四隅の一角に至っては、去年アイツがハマって作った、やたらといかつい見た目の自作PCが鎮座ちんざしている。

 アタシは勝手にサイバースペースって呼んでるけど、今のところ口に出して呼んだ事はない。


「長い付き合いだから、たぶん伝わる気はするけどねぇ。」


 さて、ターゲットがいないのであればここに用はない。

 久し振りに、アイツの部屋にお邪魔するとしましょうか。

 2階の一番奥の部屋、扉の前に立ち、念の為にノックをする。

 …、…。

 あんじょうと言うべきか、反応はないので少しだけ躊躇ためらった後、内心…緊張3:好奇心2:嬉しさ4:妄想1ほどの割合で部屋に侵入する。

 ちょっと?妄想1ってなに。

 コホン…と、小さく何かを誤魔化ごまかす様にせきはらい。

 男子にしては綺麗きれいな部屋の中、窓際まどぎわに置かれたベットで猫みたいに丸まって寝ているターゲットを見付ける。

 ちょっと可愛いと思ってしまった自分に、少しばかり顔が熱くなり…ずかしさを誤魔化す様にイタズラをする事にした。

 …正直すまんかった、とただの八つ当たりを内心認めつつも結局は止めないアタシ。

 ターゲットの耳元に顔を寄せ、そのまま…においをぐ。


 ……………ぇ、あれ?


 って違う、違う!どうしたアタシ!?…変態か!

 待って待って?これはその…アレよ、決して良いにおいとかではないんだけど、何となく落ち着くと言うか、安心感を覚えると言うか、そう!昔から知ってるにおいだからみが、その、あって…デスネ…。


 …………。


 ……ぃ…、


 ………ぃ、


 ……ぃ、いっそ、殺せぇえーー!?


 実際には叫ぶわけにもいかず…心の中だけで、声にならない声をわめきちらす。

 そうして自分自身の、思わぬ行動にひとしきり身悶みもだえしくすと、あらためてイタズラに戻る…ん?そりゃやりますとも。

 考えてみれば、全部コイツが悪いんだ!(※いいえ、ただの八つ当たりです)

今度こそ、コイツの耳元にささやくでもなく呼びかける。


「お・は・よ、ユキちゃん。」


 ガバッ!とマンガなら擬音ぎおんがつくいきおいでユキが上体を起こして叫ぶ。


雪彦ゆきひこだっつってんだろ!おはようございます!」


 女の子みたいに呼ばれるのが嫌なのは相変わらずの様だ。

 文句を言いつつも、おばさんのしつけきびしかったからちゃんと挨拶はするのよね…ホント、昔からこのげい見るの好きだわ。


「はい、おはよー。さっさと準備しなさい。もうすぐコーヒーも出来るから。」


「…アカリ?…ここは俺に任せて先に行け…俺のしかばねをこぇ…ぐぅ…すぅ。」


 私は知っている…この程度でユキが起きるわけがない事を。

 本当の覚醒かくせいは、大抵たいていこの30分後くらいに自分で起きてくる…確率的に言えば92%ってところだ。

 …まぁ、残りの8%だった日にはアタシの作った朝御飯が夜ご飯に回される羽目になるんだけど。

 ユキに比べれば食べるのが遅いアタシは、このままキッチンに戻り、朝御飯(たぶん)を完成させて、先に食べているのが大体いつもの流れで、当たり前の様に今日もそうする。

 しばらく掃除してやってないから、少しホコリが目につく廊下と階段を横目に「明日から夏休みだし、初日から掃除にきてやろうかな」なんて考えながらキッチンに戻ってくる。

 圧力釜あつりょくがまに水でひたしておいたお米を、ほんのわずかなヨーグルトを加えてから火にかける。

 こらそこ!今何入れてんのこいつ!?バカじゃん!とか思ったヤツ、文句があるならやってみてからにしなさい!

 そして、文句を言った自分を後悔こうかいしながら美味おいしいご飯に感動の涙を流すと良いわ。

 さてさて…ご飯が炊けるまで20分位かかるから、この間にオカズを作ってしまう事にする。

 毎朝、卵を1品は用意してるんだけど今日はオムレツにしようっと。


 --そんなこんなで、ご飯もオカズも用意が終わったらユキを待つ事なく食べ始める。


「いただきますっと…。」


 今日の出来栄できばえを自己採点しながら食べていると、いつもならユキが起きてくる頃合いになる。


「あれ、遅い…?まぁ、もう少ししたら降りてくるか」


 特に気にもしないで、今日は8%の日なんだろうくらいにしか思わず、そのまま食べ続けていたものの…。


「食べ終えてしまった…。」


 スマホで時間を確認すると、7時半を過ぎたところ。

 朝のSHRショートホームルームは8時50分からだから、学園まで徒歩30分である事を踏まえてもまだ余裕はある。

 どうしようかと少し悩んだ結果、たまにはアタシもコーヒーを飲んでゆっくりしてもばちは当たらないかな…と思い立ち、もう少し寝かせてやる事にした。


--この時の選択を、まさかのち後悔こうかいしたりしなかったりする事になるとは、当たり前だけど今のアタシには思いもよらなかったのだった。

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