戀をあなたに…。

門倉 結兎

1:ベタな出逢いのプロローグ=Side詩乃

 --夏。

 蒸し暑かった梅雨が開けても、だるような暑さの続く、一学期終了の間際まぎわ

 間もなく、夏休みと言うこの時期。

 たぶん、大多数の学園生の皆さまにとって…ある意味では、これからが夏本番なのでございましょう。

 その大多数に含まれない私にとっては、代々続く家業かぎょう専念せんねんし始める前の、ほんの羽休はねやすめ期間でございます。

 家業…と申しますと、お母様はあまり良いお顔をされませんし…実際じっさい語弊ごへいがあるのですけれど。

 ですが…氏子うじこの方々ですら、我が家の事をしてその様におっしゃられる以上、皆さまにとってはそう申し上げた方が伝わる様ですし、お母様には申し訳ないのですが、いけないと思いながら、ついつい私も使ってしまいます。

 きっと今の時代、神職しんしょくも1つの職業としか認識されていないのでしょうし、確かに少しさびしい様な気持ちはございますが、私自身それが悪い事とは思っていないのです。

 けれど1つだけ、それならどうして…と、そう思わされてしまう事がございます。

 こうして毎朝学園に登校していると特に…あぁ、私は皆さまとは違うのだな…と。

 何か…目に見えぬ存在から、それをまざまざと突き付けられている様な、そんな風に思わされてしまう事が1つ…。


「これはこれは、巫女みこ様。おはよ御座ございます。」


 当たり前の様に私に道をゆずりながら、とても丁寧ていねいに腰を折ってまでご挨拶あいさつして下さるご近所のおばあ様。


「お早う御座います。」


 恐縮きょうしゅくした様にいまだ腰を折るお婆様に、こちらも深く腰を折ってご挨拶を返します。

 ですけれど…内心とても恐縮な心持ちになるのは、むしろ私の方なのです。

 この地で『巫女』と言えば、永きにわたって土地を、人々を守護してきた『三吉みよし神社じんじゃ』の代名詞であり、神様と人々とをつなぐ存在。

「巫女をかたらずにこの地の神社や神話しんわは語れない」と言われてしまう程の一目いちもくかれた存在なのでございます。

 その為、ご高齢の方々は特に顕著けんちょなのですけれど…巫女である私に対して、皆さまとても丁寧に接して下さいます。

 …丁重ていちょうと言ってもよろしいかもしれません。

 決して、皆さまのお心遣こころづかいをかろんじるわけではないのですが…所詮しょせんはまだ学園生でしかない私を、そこまで丁重に扱う必要などないのでは…と思わずにはいられません。

 本当の事を申しますと…今だって普通にご挨拶頂くだけで十分にありがたい事ですから、そうして欲しいのですけれど…。

 以前に何度か「普通にご挨拶頂けないか」と、お願いしてみた事もございましたが…「おそおおい」との事で、取り合っては頂けませんでした。

 何度目かのお願いで「困ります」とまで仰られてしまったので、あきらめる事にいたしましたが…せめて皆さまのお心遣こころづかいをにしない様にと、こちらもより丁寧にご挨拶させて頂いている次第しだいでございます。

 挨拶だけでこの有り様ありようでございますから、普段ふだんの私に対する皆さまの接し方についてはご推察すいさつ頂けるかと思います。

 信心しんじんぶかい方々…取り分け、ご高齢こうれいの方々については、致し方無い事とまだ割り切れもするのです…。

 するの、ですけれど…ご高齢の方々程でははないにしろ、同年代の皆さまにも同じ様な接し方をされてしまうのは…私にとって日々、心にかげを落とさずにはいられないのです。

 いいえ。

 もしかすると、どれもこれも私のままに過ぎないのかもしれません。

 きっといつか…巫女として本当の自覚と言う物が芽生めばえて、私の中で折り合いがついていく程度の問題なのかもしれません。


 --それが良い事なのかもわからないままに…。


 お婆様との挨拶を終えて、朝の早い時間だと言うのにすでに強い日差しの中、考え事にふけりながら学園に向かっていると…。


「…ちこくするぅうううー!!」


 突然のさけび声で、われに返ったものの、時既ときすでに遅しとは正にこの事でございました。

 がりかどから飛び出て来られた男子生徒。

 視界しかいわけも分からずれて、一瞬いっしゅんお日さまに目がくらんだかと思えば…刹那せつな浮遊感ふゆうかん

 次に気付いた時には、暗くなった視界の中…肩の辺りにやさしくえられた手の平てのひらと、くちびるれたやわらからかな感触がございました。

 恐らくはこの時の私なんかとは違って、幾つもの物語をお読みになっていらっしゃる皆さまには、この時、この後に何があったのかおさっし頂ける事と思います。

 2つほど言い訳をさせて頂ければ、1つはこの暑さの中、益体やくたいもない事を考えていて気付くのが遅れてしまった事。

 もう1つは…丁度ちょうど、回りの建物たてものや道の作りが声の反響はんきょうする場所だったせいで、彼がすぐ横の路地ろじから飛び出してくるなんて思わず、油断ゆだんしていたのです。

 結果を申しますと、のちにアカリからお借りした少女マンガにあった…彼女に言わせればとてもベタな出逢いの仕方を私は果たしてしまいました。

 パンを加えていたのは男の子でしたし、二人とも遅刻にはならないのですけれど。


 --私の初めての、一度きりのこい物語ものがたりは、間違いなくこの時から始まったのでございます。

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