③(終)

浴室から彼女は何も言わずに僕の隣に座る。そこに会話はなく、顔も合わせずにただ前を見る。

「コ、ココアでも入れようか。君好きだろ。」

 無言に耐え切れなくなって。僕はそう切り出した。気持ちに寄り添わずに、彼女の心に触れずに。

「・・・お願いしようかな。うんと甘くしてくれると嬉しいかも。」彼女が消え入りそうな声で言った。

僕はその言葉に縋るように立ち上がった。

数分後、二つのココアを持ってリビングに帰ってきて、彼女の前にココアを置く。

「ちゃんと甘くしてくれたんだね。ありがとう。」

 ココアを一口飲んでから彼女は言った。そして、また嫌な無言が続く。その無言がどれくらい経ったのかわからない。意外にも、その無言を打ち切ったのは彼女の方だった。

「今日ね、私襲われたの。ホントは今日バイトなんて無くてね。早く行って、料理作って、部屋飾り付けて、君びっくりさせようと思ったんだ。なのにね、いきなり男の人に車の中に引っ張られてね、そのまま連れ去られて、人気のない倉庫裏で裸にさせられて、されるがまま犯されたの。どれだけ抵抗しても、意味が無かったよ。」薄ら笑いを浮かべ、震え声で彼女は言った。今にも泣きそうな顔になっていた。

僕は我慢できなくなって「もういい、もういいから。」泣きながら彼女を強く抱きしめた。泣きたいのは彼女なはずなのに。

「よく・・・無いよ。全っ然良くないよ!」

 彼女の慟哭に近い声を聴いて、さらに胸が締め付けられる。

「私ね、初めては絶対に君とがいいって思ってたの。今度は失敗しないように、一人で練習もしてたんだよ!なのに・・・どうしてぇ・・・ううっ。」

 ずっと我慢していたのだろう。その我慢も限界に達して彼女は涙を流す。僕は、もう彼女のそんな声を聞きたくなくて彼女の唇に自分の唇を重ねる。

 唇を離すと彼女は僕の胸に顔を埋めて泣いている。しばらくそうしていると彼女が、

「ねぇ・・今からしてくれる?君に上書きしてほしい・・な。」と言った。僕は彼女を抱きしめながら頷いた。

 部屋を真っ暗にして二人でベッドに向かう。

 体を濡らすそれが汗か、涙か、涎か、それ以外の液体なのか。それがどちらのものか、二人以外のものか全くわからない中、僕たちは初めて一つになる。

「ごめん、汚くてごめん。」という声が部屋に響いた。

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