第4話
「勝子様……ですか。少々お待ちください。」
ナースステーションにいた看護師は、無機質な声にわずかな困惑を見せながら2人をもてなした。その後、彼女はどこかに長々とどこかに電話をかけている。胸には、ただ「勝訴」と書かれたプレートが光っていた。
「どうしたんだろう。勝子、ここにはいないのかしら。」
「いや、和尊寺夫人の娘だから、どこかに匿われているのかもしれない。和尊寺によると、あの夫人は都合の悪いことは隠そうとするらしいから。」
「そんなこと、みんなすることよ。それに、勝子の言うこと、信じられる?」
突然冷たい口調に戻った市井に言われ、町田は黙りこくり、首を弱く横に振った。
勝訴は電話をきり、「ご案内します。」と立ち上がった。薄茶の床には数本の矢印があり、特別棟と書かれた白い矢印に沿って進んでいく。
「特別棟って何かしら。他のところと違って、何科なのかが書かれていないわ。」
「きっと親族用なのさ。特別な待遇が受けられるんじゃないかな。」
こそこそと2人で話し合っていると、勝訴がすっと割り込んできた。
「こちら特別棟には、親族であるかどうかにかかわらず、ある大切な処置の必要な患者様がいらっしゃいます。もちろん、和尊寺の血が濃い方も多くいらっしゃいます。勝子様は私のような分家とは違い、本家の一人娘ですから、こちらの
「え?」
町田は手を顎にあて、首を傾げた。
「和尊寺は3人兄弟じゃないのですか?話にはほとんど出てきませんでしたが、医者の兄と、留学している姉がいるって聞きました。」
「いえ、本家のご子息は長男の全勝次期院長と、長女の勝子次期副院長のみです。」
強く言い放たれたその言葉は、歩くに連れて暗くなっていく廊下に響いた。
「申し訳ありません。書類を取りに参ります。少々お待ちください。」
そういうなり、さっさと特別棟のナースステーションに入ってしまった。本館の総合入口とは違い、真っ暗な中でナースステーションの文字が光っていた。
すぐ、廊下の奥から看護師が現れた。
「行きましょう」と一言言い放つと足早に奥へ向かっていく。するとすぐ、町田は不審そうな目を看護師に向けた。数歩進んだあと、町田は声をかけた。
「勝訴さん、髪切りましたか?」
早足だった看護師はさっと止まった。微動だにせず、ぴたりと止まったのだ。
「いや、あの短時間で綺麗に切り揃えられませんよね。ミディアムからおかっぱに。それに、身長もわずかに高い。よく似ていますが、先ほどの勝訴さんとは別人ですよね。あなたは一体どなたなんですか。」
静寂が3人を包み込んだ。恐ろしさに耐えきれず、市井が町田の腕を掴んだ時、看護師が振り返った気配がした。彼女が強く手を叩くと、3人の周りの電気がぱっとついた。
町田のいうとおり後ろ姿がそっくりだ。だが、顔は全く異なり、見惚れるような美しさだ。だが、彼女の胸元を見て、2人は凍りついた。
「か、勝子……?」
「どういうこと!」
2人はお互いの顔と、勝子と書かれたプレートを交互に見つめている。
「何かしら。私が勝子よ。何か用事があるんでしょう?」
「勝子」は2人をえぐるように見つめながら語りかけた。
「違う!貴方は私たちの同級生だったな和尊寺勝子ではないわ!」
「そうね。ええ、そうよ。」
あっさりと認めた「勝子」は、おかっぱの髪をかきあげた。
「私は今日から勝子なの。潰れた妹の代わり。和尊寺家は、2人以上子供が生まれると2人目の子を隠して育てる。うちは3人だから、兄と妹のどちらが潰れてもいいように、私は保険として育てられたの。うちの家訓は色々あるけど、これだけは本家も分家も共通していることなの。」
「『人生を踏み外した者は、生きるに値しない』。つまり、存在価値がないっていうことなの。もともと出来が良くない上、高校受験に失敗、そして高校にも通わなかったアレは『生きるに値しない』と判断され、この特別棟で消された。そして、私が勝子となった。ただそれだけのことよ。何かおかしいかしら、そんなに青ざめて。」
町田はもちろん、泣き腫らした赤い顔を持っていた市井でさえ青くなっている。
「まあ、あなたたちはアレの顔を知ってしまっているから、消さなければならないの。でも、2人とも頭がそれなりにいいでしょう?都内で1、2を争うほどの偏差値を誇る秀才学院でしょう?奥に記憶消去の設備があるから、行きましょう。」
「うわぁぁぁ!」
最初に逃げ出そうとしたのは町田だった。だが、いつからいたのか、後ろにいた医師に取り押さえられた。
「ありがとう、全勝次期院長。他のみんなも頑張って。2人を例の部屋に連れていくわよ。ああ、性格矯正プログラムが完成していれば、それでもよかったんだけれど。」
「待って!勝子の人生を取らないで!!」
「あら、よくそんなことが言えるわね。あれだけアレのことを裏切ったのに。そんな人間はこの世にいないほうがいいわ。あなたたちみたいな人が、アレのようなものがこの世にうじゃうじゃいるから日本が壊れるのよ。出来損ないは全て消してしまえば、政治も、経済も、全てうまくいくのよ!
さあみんなお乗りになって!この子達を消しに行きましょう!より良い日本のために。」
「勝子」はにんまりと笑って、皆を促した。全員がわらわらと広いエレベーターに乗り込んだ。
エレベーターは、静かに降下していく。
夢見る少女の物語 @Tsuzuri_tsuzukeru
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