2000光年のアフィシオン 最終話02



 信じられないマニューバ。自分の力量を遥かに超える、未だかつてない空中戦闘機動コンバットマニューバ。俺は今それを、完璧なまでに実現していた。


 QE-Xがレーザーを撃つ。俺は瞬時に最小限のロールでそれを躱す。今度はQE-Xがミサイルを撃つ。即座にクルビットで機首を背に向け、こちらの多弾頭ミサイルM I R Vをぶつけてやる。

 まさに神業だった。傍から見れば防戦一方に見えるが、相手の攻撃を全て無力化する完璧なマニューバ。


 俺の神懸かりな機動を目の当たりにしたQE-Xは、数秒前からまるで攻撃してこない。これ以上は無駄弾だと悟ったのか、それとも何か別の手立てを考えているのか。しかしどうでもよかった。何を撃たれても全て墜とせばいいだけのこと。事実、今の俺なら何だって出来そうだ。それこそ、銀色の悪魔QE-Xを墜とすことだって。


 だけど、今はヤツを墜とすことが目的じゃない。こんな2000光年離れた辺鄙な場所まで、戦争を仕掛けに来たんじゃない。俺はQE-Xコイツに、を見せにきたんだ。

 サブシートにちらりと目をやると、彼女は変わらず目を閉じたまま眠ったように動かないでいる。少しだけ、笑顔に見えるのは気のせいだろうか。




 ──すごいね、おにいちゃん。本当にすごいよ。ここまでわたしと、シンクロできるなんて。


 その時。声が聞こえた。直接、俺の脳内に。機体と神経接続されたホットラインだ。俺は声の主に問う。


「オカッパリフィア、なのか?」


 ──あはは、違うよー。わたしは、ミゼラリ。おねえちゃんには少し、ねむってもらってるの。


「どういうことだ」


 ──わたしは、わたしの身体機体にかえってきたの。ありがとね、おにいちゃん。わたしの意識を戻してくれて。


「意識? 戻る? 何言ってんだミゼラリ。わかるように言ってくれ」


 ──おにいちゃんも知ってるでしょ? それはわたしの本当の身体じゃないよ。借りていただけ。だから返すね。って言っても、本当の持ち主はもう、居ないみたいだけど。


「ミゼラリ、それって……」


 ──あとはわたしに、任せてほしいな。


 途端に、機体に急制動がかかる。

 電磁誘導網フラッパージャマー? いや違う。身体から、何かが抜けて行く感覚。これはそう、アレだ。もう何度も味わって、慣れてしまったそれ。

 機体を降りる時に感じる、神経接続解除──、その感覚に違いない。つまり。俺と57号機のコネクトが、切断されたということだ。



 何をどうしてもダメだった。HUDの表示はブラックアウトとなり、キャノピー越しに広がる深い青空しか見ることができない。

 機は俺との接続を解除し、オートパイロットのような緩慢な挙動で勝手に飛んでいる。いつQE-Xに撃たれてもおかしくないと思ったが、ヤツはまるで誘導するかのように俺の前へと機体を進めた。


 こっちに来い。そうとでも言うように、左右に小刻みなロールまでしている。意味がわからない。さっきまであれほど、殺意のこもった攻撃をしてきていたのに?

 どういうことだ。一体どういうことなんだ。


 機体はゆるりと減速し、重力に従って高度を下げて行く。計器は相変わらず狂ったままだ。今やマイナス3000mを表示している。すると、目の前に鏡のように光る水面みなもが映った。湖面、なのか? それくらいに凪いだ水面。目測であと100m。速度計の表示はもう、着陸可能なまでに減速をしていた。


 嘘だろ、おい。

 その水面にまず、ランディングギアを出したQE-Xが着水した。続いて俺が乗る57号機も同じように着水。そして、両機とも完全に停止する。その水面は浅く、どうやらその下に地表があるらしい。


 自機のキャノピーが独りでに開く。肌に風を感じる。

 ここが、アフィスドゥス星の地表。まさかこんなところにランディングするなんて。夢でも見ている気分だ。




   ──────────────



 未だ動かないミゼラリを抱いて、俺は開いたキャノピーから地表に降りてみた。透き通るように青い水。水深は50cmと言ったところだろうか。冷たくて気持ちがいい上に、まるで重さを感じない。不思議なことに、この水は飛行服を濡らさなかった。服を貫通して肌に触れている、そんな奇妙な感覚。地球上の水とはまるで違う物質であるようだ。

 HUDの付いたヘルメットを外す。途端に優しい風が頬を撫でた。地球と同じように、ここにも大気がある。アフィシオンが戦闘機のフォルムをしていた時点で、予想できたことではあるのだが。


 ミゼラリを抱いたまま、57号機を眺めてみる。所々、痛々しい傷が残る機体。右翼は先端が無くなっているし、ベイラーキャッチャーも根元から切断されていた。SCAのデルタゾーンに突入した時に出来た破損だろうか。

 俺は機体に触れてみる。ひんやりとした手触り。触れた場所から染み入るように、また声が聞こえた。



 ──おにいちゃん。わたしからあまり、離れないでね。声が届かなくなるかも知れないから。


「ミゼラリ? どういうことだよ、これ。一体なんのつもりなんだ?」


 ──ゆっくり説明しているじかんは、ないんだよ。とにかくその子を抱いて、おにいちゃんは地球に戻って。わたしたちがその手助けをするからね。


「待てよ、説明してくれ。どうしてこんなことになってんだ? QE-Xは、何故俺を墜とさなかった? いくらでもその機会はあっただろ」


 ──わたしはね、お母さんとコンタクトできたんだよ。お母さんも、わたしがわたしであることに気がついてくれた。本当は、お母さんから説明してもらうのがいちばんなんだけど。わたしたちは本来、言葉を持たない生き物だから。ごめんね。


 説明になっていない、とは言えなかった。それでもミゼラリ──と言っていいかわからないが、彼女をに見せてやるという、当初の目的は達成できたようだ。まさか、こんな結末になるとは予想できなかったけど。


 ──おにいちゃん、ありがとね。わたしはおにいちゃんのお陰で、故郷に戻ることができた。この星の空気を吸ったからなのかな。いろいろと思い出すこともできたよ。お母さんにもまた会えた。それがとても、嬉しいよ。


「そうか。まぁ、良かったな。俺もここまで来た甲斐があったってもんだ」


 ──うん、本当にありがとう。お母さんも、おにいちゃんにお礼を言ってるよ。でも、わたしたちはもう二度と関わるべきじゃない、とも言ってる。だから、これでお別れだね。


「あぁ、それでいい。俺も元々、こんな戦争には反対だ。俺はだだ自由気ままに空を飛んでいたい。それだけだからな」


 ──そっか。おにいちゃんらしいね。それじゃ、地球に送る準備をするね。その子をしっかり抱いておいてね。


「待て、ひとつだけ訊いていいか。この機に入っていた、オカッパリフィアの意識はどうなる? アイツも完全な空バカだから、そこに置いておくのはきっと迷惑がかかるぞ」


 誇張抜きのセリフだった。アイツの意識をそこに置いておくのは忍びない。あんなのと意識を共存できるヤツがいたら、病院に連れていかなければならないレベルだからな。


 ──あはは、それは大丈夫。おねえちゃんの意識は、もうその子の中に入ってるよ。だから一緒に帰ってね。意識と身体の相性が悪いのかな、しばらくは目覚めないと思うけど。


「そうか。世話かけるな」


 ──こちらこそ、だよ。ありがとう。それじゃあね、おにいちゃん。後ろを見てみて。


 外していたヘルメットを被り直して、言われた通りに向き直る。もう見慣れた極小型のショートカットアンカが、三角形の黒い口をぽっかりと開けていた。

 これに飛び込むと帰れるのだろう。もう終わりつつあるが、それでも俺たちの故郷には違いない地球へと。


「ありがとな。それじゃあ、また……ってワケにはいかないんだな。これでさよならだ、ミゼラリ」


 ──いろいろ、辛いこともあったけどね。その名前をくれたのは、本当に嬉しかったよ。それじゃあね、おにいちゃん。さようなら。


 SCAが低く唸る。ブラックホールのようなそれに、身体がゆっくりと吸い寄せられる。身体が半分ほど入った時、ミゼラリの最期の声が聞こえた。


 ──あぁ、そうだ。気をつけてね。お母さんは、仲間を何機も墜としたおにいちゃんがやっぱり、嫌いみたい。そこからなんとか、生き延びてみろだってさ。じゃあね!




【続く】

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