YプロリレーNo,14

薮坂

2000光年のアフィシオン 最終話01

第一話:

https://kakuyomu.jp/works/1177354054890555572

第二話:

https://kakuyomu.jp/works/1177354054890620812

第三話:

https://kakuyomu.jp/works/1177354054890623821

第四話:

https://kakuyomu.jp/works/1177354054890651852

第五話:

https://kakuyomu.jp/works/1177354054890658871

第六話:

https://kakuyomu.jp/works/1177354054890674081

第七話:

https://kakuyomu.jp/works/1177354054890732551

第八話:

https://kakuyomu.jp/works/1177354054890737795

第九話:

https://kakuyomu.jp/works/1177354054890786260

第十話:

https://kakuyomu.jp/works/1177354054890813009

第十一話:

https://kakuyomu.jp/works/1177354054890826909

第十二話:

https://kakuyomu.jp/works/1177354054890922475

第十三話:

https://kakuyomu.jp/works/1177354054891006644



   ──────────────




 ──接近警報!


 自機のアラートが強く吹鳴し、俺はと我に返った。眼前には例の銀翼。QE-Xと呼称される、異次元のマニューバを誇る機体だ。H U Dヘッドアップディスプレイには自機がスパイクされた旨のアイコンが踊っている。ヤツのミサイルシーカに自機が捉えられたサイン。


 いつの間に? いや、俺はいつからQE-Xコイツと交戦しているんだ? 必死に思い出そうとするが、全く思い出せない。記憶が欠落しているのか。だが意識喪失クリアアウトにはなっていないハズだ。57号機とはこれ以上深くシンクロできない。57号機には文字通り、すでにオカッパリフィアがいるからだ。それに、ショートカットアンカS C Aに突入した記憶は鮮明に持っている。

 しかし、目の前の状況が飲み込めないのもまた事実だ。一体どうして。俺はコイツQE-Xにここまで追い込まれているのか。


「オカッパリフィア! 状況を説明してくれ!」


 目一杯の声で叫ぶ。だが反応はホワイトノイズだけ。代わりに顕著な反応を示したのは、目の前のQE-X。その機首からノーモーションで放たれる鋭いレーザー。まずい、躱さなければ!

 必死に機体をロールさせるが、ミサイル攻撃を想定していた俺は致命的に一手遅れてしまう。光の速度で直進するそれに、あっさりと自機の右翼を貫かれる。クソッ、やられた!


 そのレーザーは極限までに収束されていた。「破壊する」というよりは「切断する」ような攻撃。被弾した右翼の先端が分断される。まるで熱したナイフで切られたバター。機体と神経接続された俺の右肩がちりりと痛む。均衡を失った自機は、酔っ払いのダンスのように宙を舞う。


 ──クソッ、機体を立て直さなければ!

 揚力を失った右翼をカバーするように、双発エンジンノズルの推力を上げる。もちろん片方だけだ。デリケートなコントロールを要求されるマニューバだが、出来なくはない。そう、出来なくはないのだが。

 この状態で、あの悪魔のようなマニューバに対抗できるのか? 冗談じゃねぇぞ。


「オカッパリフィア! 応答しろ! リフィア!」


 再度呼びかけるが、まるでダメだ。通信系に不具合があるのか、それとも。何らかの事情で、オカッパリフィアの意識が機と分断されたのか。ダメだ、何もわからない。それを確認する術も時間も、今はありそうにない。


 手詰まり。その文字が脳内を駆け巡る。誰か、この状況を知る者は居ないのか。

 そうだ、ミゼラリは? コクピットに固着されたサブシートに目をやると、そこに彼女が座っているのが見て取れた。ミゼラリは目を閉じて、微動だにしない。気絶、しているのだろうか?


「ミゼラリ! 無事だったら返事をしてくれ!」


 しかしこちらも反応はない。長い睫毛を閉じたまま、お姫様プリンシペッサは動かない。


 ちくしょう、旗色が悪すぎる。今までで一番最悪だ。あのブリニクル空域の撤退戦よりも、打つ手が見つからない。まだ状況が、まるでわからないのだ。

 しかし、とにかくだ。生き残るためにまずは、QE-Xから距離を取る必要がある。それは間違いのない絶対条件。

 高速ロールからの垂直ダイヴ、スライスバック。高度を速度に変換する得意のマニューバに持ち込もうとした、その時だった。


 待て。地面は、どっちだ。

 そもそもに地面はあるのか。

 この星、アフィスドゥス星に。

 上下左右、遮るものが何もないこの星の空に。

 視界が全て真っ青に溶ける、この空虚な空に。

 天地という概念は、あるのか。


 ──空間識失調バーティゴ。戦闘中に一番陥ってはならない、最悪の失調状態。天地の認識を失い、自分が今どちらに向かって飛んでいるのか、全くわからなくなる。

 こんな時どうするか。航空士官学校アカデミ時代、叩き込まれた通りに身体が反応した。ここで自分の勘に頼るヤツはすぐに死ぬ、と教官から徹底的に教えられたのだ。ここでは計器が絶対だ。特に、こんな風に閉ざされた空の中では。


 俺は即座に計器類を確認して──、そして絶句した。

 速度、Maマッハ 4.23。高度、2529m。そんなバカな。あり得ない!

 GPSも確認したが、コネクション・ロスト。こちらも自機の位置を完全に見失っている。

 何故だ、と間抜けなセリフを吐く前に理解した。あぁそうか。それは当たり前のこと。ここはもう、地球ではない。だって、あの漆黒のショートカットアンカを抜けてきたんじゃないか。その記憶は確かにある。

 それじゃあ、俺は今から。一体何を頼りに飛べばいいって言うんだよ。


 自動的に機体を水平に戻すオートパイロットは使えない。この焦げ付くような状況で、機の態勢を戻すなんて愚の骨頂だ。ここでゆっくりとニュートラルに戻したら、確実に撃ち抜かれるだろう。もちろん、後ろに張り付く銀色の悪魔に。


 墜ちているのか揚がっているのか。わからないまま俺は飛ぶ。もう勘でさえない。ただ自分が思うままに飛ぶ。

 ナイフエッジからインメルマン・ターン。ハンマーヘッド、ピッチング。フック、そしてブレイク。俺の持てる技の全て。それを総動員させて振り切ろうとしても。背後の悪魔は、全く離れてくれようとしない。


 自機内にアラート。ロックオン、されたサイン。目の前のHUDが赤く染まる。

 ここで撃たれるのを待つだけならどんなに楽だろうか。ミサイルかレーザーか、ヤツから撃たれたそれを受け入れるだけだ。もういっそ、諦めてしまおうか。あの機体QE-Xはバケモノだ。人間が敵うはずがない。

 急激なコンバットマニューバは、パイロットに強烈なGを強いる。しかし戦闘機それ自体が生命体ならば、きっとGなんて些事なのだろう。空を飛ぶ鳥はきっと、いちいちGなんか気にしてない。

 そもそも、条件が違いすぎる。やっぱり、人間が敵うはずないのだ。


 ──ごめんな。

 そう独りごちてみる。不思議だった。俺は誰に謝っているのだろう。そうだ、一体誰に?


『……絶対にすぐ帰ってくるんだぞ』


 あぁ、そうだ。あいつと約束したんだ。俺の唯一の幼馴染。身体はもう、死んでしまったけれど。それでもあのふざけた縫いぐるみになってでも、俺の傍に居続けてくれているあいつ。


 ──フラン。

 

 その名を呼んでみる。心地よい響きだった。胸を甘く締め付けられるような、甘美な感覚。そうだ。俺は帰らないと。あいつの元に、何としても。


 ──吹かせ。エンジンを、限界まで。

 ──飛ばせ。風を捉えて、彼方まで。


 たとえこの身が捩れても。

 フランとの約束は、絶対に破れない。



 その時。出し抜けに視界がクリアになった。いや、と言った方が適切だろうか。

 HUDには「connected principessa」の文字。意味などわからない。ただ、360°、全方位がクリアに見える。それだけで充分すぎるアドバンテージだった。

 目の前の進むべき道も。背後から追り来るQE-Xも。そして頭上方向へと何かの欠片までも。完璧に、見える。

 あれは、切断された機体の右翼。その先端。それが頭上に墜ちて行くということは。重力が上方向に──、つまり機体は背面飛行で上昇しているということだった。


 瞬時に機体を180°ロール。水平飛行。ピッチダウン、スライスバック。計器類は狂ったまま、もうアテにはならないだろう。勘で飛ぶのも危険すぎる。だから。



 ──俺は約束を、胸に抱いて飛ぶだけだ。



【続く】

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