第3話 射場
個人戦第一巡目。第三射場の四番が
喉の奥がギュッと締まり、心臓が早鐘を打っているのを感じていた。練習では後ろに4人を率いる
前の選手の弦が張りつめて、
慌てて
だめだ、と悠太郎は直感した。これでは中てられない。身体が硬い。二の腕の使うべき筋が上手く動かせない。息が吐けない。心拍が上がった気がする。駄目だ。雰囲気に飲み込まれたまま、自分が戻ってこれていない。
打ち起こし、肩が上がって窮屈に感じる。
ゆっくりと出来るだけ大きく弦を引き分けようと試みて、失敗に終わる。普段よりも弦の張りつめが甘い。駄目だ。
矢が飛ぶ。
28メートル先の的には掠りもせず、湿った
息が整っていなかった。
「はぁ……はぁ……はぁ……ふー……。すぅ」
一射目を外した。そのおかげだろうか。肩の力が一気に抜けたのを感じた。酸素が入ってくる。意識がはっきりした感覚がする。
(あ、いける、大丈夫だ)
今度は自分が立て直せたのを直感した。
後ろからしゃんっ、と音がして、間を置かず的場でタァン、と的を射抜いたのを聞いた。樹からの挑発のようだ。これは買ってやるしかないな。
二射目、
弓道は、一つ一つの動作にかける時間が長い。観客席も含めて会場は息の詰まるような静謐な空気が満ちている。身じろぎひとつ出来ない。唯一、行射中に声を出せるのは的に中った時のみ。
「よしっ!」
樹の一射目が中ったのを見て、客席の部員たちは声を揃えて言った。余韻が僅かに残っているのに重なって、他校の声が響く。射場が中り外れの世界なら、客席は声出し合戦だ。ここからの応援は声を出すことしか出来ないから。
悠太郎は残り三射をきっちり中てて退場していった。
最後の一射を引き分けながら、頭から雑念を締め出していた樹は知らずのうちに弦の引き具合がさっきまでよりも小さくなった感覚を覚えた。焦りか、それとも緊張か。これを中てれば皆中、四射四中で二巡目に有利になる。外すわけにはいかない。そう思えばおもうほど、筋肉が強張っていく気がした。
(押し手強いほうがいいかも。これならきっと下に行く)
意識を強めて離れた。
四射目、矢はガっ、と鈍い音をたてて不格好に的に刺さった。正確には的枠に刺さった。他の矢が的に垂直に刺さっているのに対し、最後の矢だけは入射角が斜めになっている。弓を倒して退場をしながら、深く長く息を吐き出す。
(押し過ぎたか。十二時なら許容範囲だけど、矢は外れた気がする)
射場から選手控えへ退場した時、背後で「よしっ」と声がした。ちょっと小さめで、不揃いの、部員たちの声だ。続いて拍手が響く。
「樹、ナイス皆中」
「……はぁ。ありがと。ゆうたも三中おめでと」
矢が的に刺さったかどうかは、的枠という木枠の内側に矢尻があるかどうかで判定される。的枠を通貫していなかったら、的に掠っていても枠に刺さっていても『外れ』とみなされる。樹の四射目は無事に貫通していたようだ。
「マジで心臓に悪かった……」
控え室に戻りながら、樹は胸をなでおろした。
『的あてゲーム』と言うんじゃない。 涼暮 憂灯-スズクレ ユウヒ @1435yuh
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。『的あてゲーム』と言うんじゃない。の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます