第4話 うたかたの桜

――昼遅く、私は自分のベッドで目覚めた。私を見つけた兄によると、私は一晩湖畔の草むらの上で寝ていて、風邪を引いたらしいの。 傍に置いていたベージュのショールは、私に掛かっていたものだと言われた。丸一日ベッドから出られなかったのだけれど、私に付き添っていた義姉さんによると、マライアは朝早く家に帰ったみたいで。急用が出来たから、私によろしくいっておいてほしいと義姉さんに伝えたみたい。その時のマライアがなんだかとても穏やかな笑顔だったと、義姉さんは事も無げに話した。私はただ天井を見つめることしか出来なかった。


 それからは、またいつも通りの生活が始まったわ。私の身体は新学期までに回復し、休暇が終わると学院に戻って行った。一つだけ違うことと言えば、マライアが休暇中に転校したこと。先生たちによると、彼女は元いた学校に戻っていったらしいの。一度彼女に手紙を出したけれど、帰って来たのは困惑した知らない誰かからの手紙だった。――サエを失くしてしまった。マライアも失くしてしまった。私がもっとしっかり握っていたら、失くしてしまうこともなかったでしょうに。


――湖の出来事やサエとマライアのこと、魔法みたいだけれど、私はあの夜のことは全部ホントウだと確信しているのよ。そして、ずっと後悔しているの。私に非はないですって?いいえ、私はこの不思議な出来事の当事者なのよ。ここまでに私が選んだ分かれ道は沢山あったわ。サエのことを蔑ろにせず、ずっと大切にしていたら・・・・・・自分のことばかりにならずにマライアのことを深く知ろうとしていたら・・・・・・何か違う結末になっていたのかもしれないわ。それが今より良いのか悪いのかは、私には分からないけれど。


 これで私の後悔のお話は終わりです。フフ、どうだったかしら。そして、私は学校を卒業した後日本に留学したという訳。勿論、サエの生まれ育った国だからよ。もう居ないし、もう遅いのかもしれないけれど、私は彼女のことをもっと沢山知りたいの。いくら遅くたっていいわ・・・・・・マライアじゃないサエ自身を愛しているのかですって?当然よ。サエも、マライアも――マライアだったサエも、私の大切な人。


 フフ、驚くことを言っても良いかしら?私、婚約者が居るのよ・・・・・・ええ、自分で了承したわ。帰国したら式を挙げて・・・・・・ええ、けれどね、私のようなちっぽけな女が世間の波に逆らって生きることは難しいのよ。日本に来るのだって、随分我儘を通してもらったのだから。大丈夫よ、家族も未来の夫も子供も、自分だって全部欺いて生きて見せるわ・・・・・・このショール、分かるかしら?彼女が最期に私にくれた物。サエってお葬式もお墓も無いでしょう?私、彼女が私の近くでずっといてくれている気がしてならないの。そして、ある日突然私の前に現れる。私をどこかに連れ去ってくれる。そう思いながら、ああ、この生活はその時までの夢みたいなものなんだと、そう思えてならないの。


 いつの間にか日が暮れてしまったわね。寮の門限があるから、そろそろお暇しなければ。このことを誰かに話せて良かった・・・・・・貴方も下宿生でしょう?駅までご一緒して下さらない?そうだわ、日比谷公園を通って行きましょうよ。きっと綺麗な桜が咲いているわ。




――以上がViola Meyers嬢との会話の全貌である。今後の執筆活動に役立てる為、ここに記す。

4月2日 喫茶ブランカにて

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

緑青の夢 常葉 @remykitten

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ