第24話
その店に新しく入って来たオバサンがいた。ここは、若い子もいるが、オバサン達が多い。平均は40代だろう。30代と20代がその次ぎた。 (私は当時、20代半ばだった。それまでは昼間働いていたから。) だからその人は、40代でもニューフェイスだった。そして、水商売は初めてだった。 基本、こうしたオバサン達は晩御飯を食べて来ない。一食分を抜かして、店で、客の席で食べるのだ。 指名がある場合は、同伴で、外で自分の客と食べたりする。指名がない場合は、付いたテーブルで食べる。自分が場内で付いた席や、フリーの席で(ハシゴをして)だ。 フリーの場合は指名に切り替えてもらったりもして。 それで、客や指名のホステスが何か注文した物を食べる。 指名の女は、皆お腹が空いているのを知っているから、唐揚げやカツサンドだとかのお腹に貯まる物を、客に聞いたりして頼む。 同伴をしていなくて、自分の客が来て指名になった場合は、やはり食べたいからそうした物を頼んで食べる。客には、一応何が良いか聞いたりする。 又、場内の女が、指名されている自分の友達に、何が食べたいだとかをねだったりする。大体、そんな感じだ。 とにかく、大半の彼女達は食べて来ないからとてもお腹を空かしていて、ガツガツしていた…。 そして、この新人の和子さんも人一倍そうだった!! 一応は新人だから、色々なテーブルに黒服が連れて来る。そして席に着くと挨拶もそこそこに、テーブルにある食べ物を物色!!もう会話も何もない。 いきなり、そこにある物をガツガツと食べまくる。他のホステスがその客と話したり盛り上げているから、自分はこれぞ幸い、とばかりに食べまくるのだ。 見た目は綺麗でもないし、スタイルも良くない。ずんぐりとして小太りで、だから何も目立たない。 だから客も、特に話したいだとか思わず、又一寸話しても別に面白くも何ともない。 だから結局、もっと話ができるだとか目立つ女と口をきく。 綺麗だとか若いとまだ華になるから良いのだが、彼女の存在は、只そこにいるだけの物になる。 それでもたまに客が気を使って話かけたりすると、そっけなく返事をしたり、受け答えが短くてつまらない。 ずっと「そうですねー。」で終わったりする。 又は、食べるのに夢中で聞こえなかったりする。それで返事をしないから、客は頭に来る。指名のホステスや、他のオバサンホステスが見かねて注意したりする。 こんな事ばかりを(来ていた殆ど)毎日 やっているのだから、客もホステスも段々と腹が立って来る。誰も、席になど来てほしくない。嫌がる。来ると嫌な顔をする。 本人は、知ってか知らないか、それでも食べまくる。とにかく、酷い。只、タダ飯を食べに来ている様だった。 私も他の若い子達も、呆れて馬鹿にしながら悪口を言ったりした。 そしてある時だ。私が着いたテーブルではないからその現場を見てはいないが、後から、そこに着いていた女の子に聞いた話がある。こんなエピソードがあったそうだ。 ↓ ↓ その客はいつも来ると、冬場の時は、おでんを注文した。それをゆっくりと食べながら飲む。味わいながら。 皆、ホステス達もおでんを少し摘む。と言っても、そんなに沢山皿に盛ってある訳ではないから、そこにいる全員が摘む訳ではない。だが、他のテーブルにも"場内"があったり、"指名"がある場合もあるから、他で食べたりもする。その客は割と細かくてうるさい人だったらしく、皆も一応気を付けていたとかだ。 その席に、和子さんが連れて来られたのだ!彼女は挨拶をしてからそこにあるおでんを見て、嬉しそうに声を上げた。 「わぁー、おでんがある!!」 皆、まずいと思ったらしい。当然だ。 そして、誰がが止めようとした途端に、いきなりその皿に、もう一つだけあった具の玉子を箸でサッと摘むと、口にねじ込んだ。 「いっただっきまーす!!」、と大声で叫びながら。 「アッ?!」 客の爺さんが悲鳴をあげた。顔面が怒りの為に強張った。 実はこの爺さん、玉子が大好物だったそうだ。しかも、煮卵が!! (煮卵サン、良かったね?Mr.Eggことエッグ刑事!) とにかく、この爺さんの顔は引きつり、見る見るうちに真っ赤になった。そして怒鳴った。 「な、何だ、この女は〜〜〜っ?!」 皆が彼女に注意したり責めたりした。彼女もやっと事の重大さに気付き、困りながら何度も謝った。 実はこの客、いつも好物のおでんの煮卵を最後に残して、それをチビチビと少しずつ崩して食べながら飲むのが、お決まりだったそうだ。 だから指名のオバサン含めそこに呼ばれている全ての(場内の)ホステス達はそれを熟知していて、絶対に玉子には手を出さなかったそうだ。笑 それを、初めて付いた知らない女に、いきなりアッと言う間に分捕られた! そしてケチだから、和子さんに玉子を取られて食べられたからと言って、もう一皿おでんを追加して玉子を食べる事は絶対にしなかった。自分には自分の、使う予算があっていつもそれを厳守していたらしい。又、しざるを得なかったのかもしれない…。 この、煮卵略奪事件に寄り、和子さんの評判はもっと地に落ち、尚更嫌われた。 彼女には、"掃除機の和子"、といつしか仇名が着いた。(それからは多少注意をする様になったものの)何でも口に入れるその様は、丸で何でも吸い取る掃除機の如く…。 そして、いつしか彼女は消えた。クビになったのだ。確か数カ月のうちに…。 客は着かないし、他のホステスの所にヘルプで着いても、話をろくにしないしできない。まだ年が若ければ、それでも何とかなる…。何せ40代の女達が圧倒的に多いのだから。だが、彼女も40代で、見た目もパッとしない。だから仕方が無いのだろう。 だがこれはある意味、笑えた話では無い。 彼女は昼間働いていた。そしてその給料ではやっていけなかったのだ。 恐らく娘も一人いた筈だ。最初に会った時に、待機席で一寸話したからだ。 だから仕方なく、飲み屋で働く事にしたのだろう。(当時は、離婚したり夫が死んだオバサンには凄く多かったから。) だからお金を浮かす為に、やはり他のオバサン達の様に晩御飯を食べて来ない。指名客もいないから、同伴でご飯を奢ってもらえない。 それで空腹で、手当たり次第に、着いたテーブルの食べ物やツマミを貪り食っていたのだ。 だからと言って同情をせず、幾ら何でも浅ましすぎる、と言えばそうなのだろう。 彼女は、オニギリの一つや二つを来る前に食べて来たら良かったのだ。そうすればもっと余裕を持ちながら、そこまでがっつかずにテーブルの物を食べられたのだ。 オニギリでも買うだとか、勿体ないなら家で握ってくるだとか、それをバッグに入れておいて、急いで入店前に食べる。 夏以外はそんなに直ぐには腐らない。でなければ、食パンなら腐らないだろう。 何でも良いから安く食べられる物を考えて、それを更衣室ででも良いから食べて店に出れば良かったのだ。 そうして一寸工夫して、後はもう少し会話を長続きさせるだとかして、相手に合わせれば、もっといられたかもしれない? "掃除機の和子"、なんて言う仇名も着けられずに…。 続く!
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