第12話

私が生まれ育った家の隣には、母よりも少し年上の女性が一人で住んでいた。何処か料理屋の仲居をしていたらしいが、その前には、洋服の生地を売っている店に努めていたらしい。                  生地を売りながら、お針子さんが何人かいて、洋服を作り、それも売る。そうした店が昔はあったが、このオバサンもそうした店に働いていたそうだ。そして、そこの主人である男性と男女の中になり、その後辞めた。そして中居として働き始めた。       このオバサンが家の隣に越してきた時には、私は小学校の、多分二年生位だったと思う。                  そのオバサンは普通に私の母達とも口をきいていたし、極普通のオバサンだった。   彼女は、見た目は丸で綺麗ではない。色白で太っている。身長も割とある。      なら、顔は良いのか?全然そんな事は無い。うんと悪くは無いが、タラコ唇で目、鼻、口と三拍子全てのパーツが大きい。悪く言えばグロテスクだ。イメージとしては、動物ならカバと言ったところだ。         だが、頭が良くて、世渡り上手だとか、そうしたタイプだったと思う。        私がもう少し大きくなると、彼女が愛人だと言うのはハッキリと知っていたし、近所の人達も皆それを知っていたらしい。     そして私も、何とも思わなかった。むしろ、良いかもしれないと思ったりした。    何故か?それは、定期的にその家の玄関前には鰻だとか寿司の、空になり、綺麗に洗った器がいつも二人分出してあったからだ。月に何度か。多い時には毎週。        まだ子供にとって、これはとても魅力的だ。自分も、年中そうした物を食べたいと思う。                  ある時、中学生位の時に、母と、愛人だとか何かの話になった。何故だろう。ドラマが何かの話からか、よく分からない。     そして私が、「Kさんだって愛人やってるんだから!!」と言った。          母が、「何よ、あんた。そんなのを羨ましがるんじゃないよ。」と言う。       「だって、ああして年中鰻やお寿司が食べられるんだからさ。」           「馬鹿だね、あんた。」         「何で馬鹿なの?」           「だって、近所中に分っちゃうんだよ、何を食べたか。」              「良いじゃん、別に。」         「アッ、昨日鰻食べたな?寿司、出前取ったな?じゃあダンナ来たんだな!精力付けて、頑張ったんだな。そんな風に分かっちゃうんだよ?」                「エーッ?!嫌だぁ、そんなの。」    「そうでしょ、嫌でしょ??だって、背中に貼り紙してるみたいなもんなんだよ。私は昨日、セックスしましたって。それを近所中に宣伝して、歩いてるみたいなもんなんだからね。」                 「アハハハハハ!!」          「ねっ、嫌でしょう、そんなの?私は昨日、セックスしました。鰻食べてから、セックスしました。そう言ってるみたいなもんなんだから!!笑」              「アハハハハ。嫌だよ、そんなの!」   「それで、ダンナが次の日に早く帰ってから、朝、家の前なんか掃いてたらサラリーマンが通ってさ。近所の男で、"おはようございます"、なんて挨拶するから自分もして。そうしたら通り過ぎてから、"エヘヘ、あの女、あんなすました顔して挨拶してても、昨日男と寝たんだな!やったんだな!エヘヘヘヘ!!"、なんて思われて喜んで、内心笑ったりされるんだよ。だって!!、ハッキリと分ってるんだから!昨日、来て泊まってたのが。それで、男なんて直ぐにそんな事を想像して喜ぶんだから。」          「ウワァッ、最悪!」          「ねっ、そうでしょ。だったら幾ら鰻だ、寿司だなんて言っても、一つも良くなんて無いんだよ。大体、そんな物も取らなかったら怒っちゃうもん!せっかく来てるのに何だ?!なんて言って。」             「アッ、そうか?! 笑」        こうしてわざと、確かに本当かもしれないが?!、面白可笑しく話して、愛人が羨ましいだなんて考える、まだ十代前半の子供を嗜める母だったのだ。笑!          この話は思い出すと、(愛人は悪いとかじゃないが)、何かユーモラスで好きだ。    ♡ ♡ ♡

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