第95話

「いただきます」

「召し上がれ」


さくらの料理は、殆ど芸術的なので、あまり期待をしないで口に含んだ。


「!」


美味い。

とても、美味い。


普段は、大人しく食べる僕だが、思わずがっついた。

こんなに美味しい料理は、初めてだ。


「泰道くん、美味しそうに食べるね」

「美味しいですよ」

「ぼくもつくった甲斐があるよ。じゃあ、ぼくも・・・」


料理の名前は、わからない。

でも、美味しければそれでいい。


普段、少食な僕も、これなら食べられる。

あっという間になくなった。


「ご馳走様でした」

「お粗末さまでした」


大きくなったお腹を押さえる。


「あすかさんは、料理が好きなんですか?」

「もともとは、あまり好きではなかったんだ」

あすかさんが、真剣な顔をする。


「うちは共働きで、一番上の私が料理をするしか、なかったの・・・」

「フランスだと、大変でしたね」

「うん。でも、それなりに楽しかったよ」

少し笑みを浮かべた、あすかさん。


「それで、仕方なく料理をしていくうちに、いつの間にか好きになったんだ」

よくある話だが、納得する。


「みずほさんと、さくらは、やらなかったんですか?」

「あのふたりは、私にまかせっきりだったから、殆ど出来ないよ」

「でも、さおりは上手ですよね?豆腐だけですが・・・」

あすかさんは、笑顔で返答する。


「あの子は、フランス暮らしが長くて、日本料理の憧れが強いんだよ」

「豆腐は、日本料理の代名詞ですものね」

「それに、あの子は凝り性だからね。極めないと気に食わないんだ」

好きこそ物の上手なれとは言うが、いいことだ。


「さおりの、豆腐は美味しい?」

あすかさんが、尋ねる。

「ええ。あれだけのレパートリーを作れるのは、感動します」

「ありがとう。言っとくね」

「それは、いいです」

どうなるか、わからない。


「豆腐なら、安心していいわよ。さおりが飽きたみたい」

「そうなんですか・・・」

「次は何にしようか、考えてるよ。何がいい?」

そう言われても・・・


「ところで、ここは静養所とは関係あるんですか?」

「ううん。ただのレンタル」

「できるんですか?」

「うん。父さんの知り合いが経営してるんだ」


いろいろと、複雑だ。


「泰道くん、食休みにぼくと付き合ってよ」

「それは構いませんが、どこへですか?」

あすかさんは、悪戯っぽく笑う。


「行ってのお楽しみ」

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