第4話 呪い呪われ

 「初めまして、朝川空あさがわそらと申します。本日は依頼を受けてくださりありがとうございます」

 寂れた喫茶店の一角、呪術師の少年は四人に頭を下げた。聞いていた通りまだほんの子供だというのに、下手な大人より礼儀正しい。

 「こちらこそ、ありがとうございます。どのような仕事か、教えて頂けるかしら」

 鹿乃子がそう言うと、空は頷き、肩掛けからいくつかの紙束取り出した。すでにある程度の準備や調査は済ませているようだ。

 「数日前、山のある家で火事が起こりました。五人家族で、真ん中の子は生き残って、見物人に保護されたのですが…その後、見物人共々何者かに食い殺されてしまったそうです。今回はそれが何の仕業であるかの確認と、妖魔だった場合討伐のお手伝いをしていただくことが細かな依頼内容です」

 少年はそっと前髪をかきあげ、左目の眼帯をずらす。そこに瞳は無く、ただぽっかりと虚ろな眼窩があるのみだった。

 「僕はまだ左目しか犠牲にしておりませんので。支援ならお任せ下さい」

 そうにっこりと微笑む空に、紋三郎はどこか不気味なものを感じた。



 「この辺りのはずなんですが…」

 空が困ったように辺りを見渡す。辿ってきた道が荒らされていて、他の道を探すしかなかったから仕方ない。血の臭いも僅かだが濃くなっているし、ここ周辺で間違いはないはずだ。

 「…近づいてはいるでしょうけど、焼け跡は見つかりませんね」

 「そうで…上!」

 「え?!」

 紋三郎の言葉に振り返った幸人が、鋭く叫んだ。とっさにひらりと跳ねて、奇襲を仕掛けてきた妖魔をかわす。妖魔もしなやかに着地すると、大地を揺るがすような雄叫びを上げた。がさがさ、と辺りの茂みが音を立てる。

 「囲まれたわ…空くんを中心に、守るように戦って!」

 普段とは違う、荒々しい炎のような鹿乃子の声。各々が武器を構える。

 血塗れの口をがぱっと開いて、異常な速さで妖魔が迫ってくる。紋三郎は構えた刀を勢いよく振り抜き、術力の刃で妖魔の腹を斬り裂いた。悲痛とも怒りともとれる叫びが響く。

 と、そこに現れたのは。

 「な…もう一体!」

 「きっと殺された子供か誰かが、妖魔になってしまったんですよ…!」

 術力を纏った拳で妖魔を捌きながら幸人が言った。冗談ではない、一体の相手がギリギリだ。先程傷を追わせた妖魔も、何事もなかったかのように立ち上がっている。

 まずい、まずい、殺られる…!

 「…右小指」

 その時、空の小さな、しかし確かな声が聞こえた。…呪術だ!

 とたんに、乱入してきた妖魔は呻き、地面に身体を打ち付けだした。首の辺りを手で押さえながらのたうち回る。

 「今のうちに先程のを片付けて下さい。こいつは僕が仕留めます」

 指を一本失ったというのに、空の声はひどく落ち着いていた。紋三郎は指示通り、深手を負わせた妖魔に再び刃を向ける。

 こちらへ襲いかかるその瞬間、ゆら、と妖魔が体勢を崩した。新人とはいえ、こんな好機を見逃すようでは退魔術師失格だ。紋三郎は妖魔の首に狙いを定め、勢いよく一突きにした。

 「…これで終わり」

 返り血で真っ赤に染まった円が呟く。その言葉通り、もう妖魔の気配は感じられない。

 「見れば分かると思うけれど、この妖魔たちみんな焦げてるわね。火事で亡くなって妖魔になったのだから、子供を殺したのはこいつらね」

 「そうですね、突然出てきた方は大きさからして殺された子供でしょう」

 鹿乃子と幸人がそう分析した。経験を積んでいるだけあって、全く息を切らしていない。

 「皆さん、お疲れ様でした。元々僕が受けた依頼のお手伝いをしていただいたので、報酬は後日お渡しします」

 妖魔の死体がごろりと転がる中で、全く以て平静に空は言った。その余りに屈託のない笑顔が、逆に怖かった。



 「いらしていただけたのですね。こちらが報酬となります」

 「ありがとうございます」

 最初に空に会った喫茶店へ報酬を受け取りにいったのは、紋三郎一人だけだった。他の三人はなにやら用事があるらしい。鹿乃子から花ももらっているし、心配することは何もなかった。

 「…それでは、またご縁がありましたら、よろしくお願いいたします」

 「はい…あの、」

 この場を離れようとする空を、紋三郎がひき止める。どうしても、聞きたいことがあった。なんですか、と空が振り返える。

 「…怖く、ないんですか。死ぬの」

 「あはは、あなたこそ。妖魔と体術で戦っているのに」

 「そうじゃなくて…その、呪術師は、戦ったらいつか絶対に死ぬのに…怖くないんですか」

 空は少しの間黙り込み、やがてふわりと微笑んだ。この世の全てを憂うような、全てを悟るような、そんな笑顔だった。

 「こうでもしないと、家族が死んでしまうので。働き手だった父を亡くして…僕は長男なんです。どんな手だろうと稼がなきゃいけないから、怖いとか怖くないとかじゃないですよ」

 「…それでいいんですか」

 「ええ」と空は言った。こんなに寂しげで諦めたような顔を見たのは、紋三郎は初めてだった。

 「産んでもらっただけで十分幸福なので。嫌ではないですよ。嫌ではないです、嫌じゃないです」

 何かを否定するようにかぶりを振ってから、にこっと空は笑った。

 「悲しいですけどね!」

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