進学希望
諦めたの、が心に刺さって抜けなかった。
久しぶりに出た一限目の授業は数学で、ついさっき顔を合わせた担任が、淡々と授業を進めていた。
隣の席の男子が、何やら分厚い参考書を開いて、ルーズリーフに数式を綴っていた。彼はいつもこうだ。授業そっちのけで自分の受験に必要な勉強をする。目標がある。私はただテストの点数を取るためだけの勉強しかしていなかったから、彼とは見ている世界が違う気がしていた。
先生が「各自問題を解いて、周りの人と話し合ってもいい」と言った。ぽつり、ぽつりと話し声が散らばる。私は頬杖を突いたまま、ペンも持たず、隣の男子に話しかけた。
「ねぇ、諦めるってなんだと思う」
彼は手を止めてこちらを見て、首を傾げた。
「どうした」
「諦める、について君の意見を聞きたい」
ほう、と彼は腕組みをした。
「難しい話だね」
難しい、だろうか。彼の机にある分厚い参考書の方がよほど難しいだろうに。それとこれとは違う話だというのはわかりきっていたので、言葉にはしなかった。
「そうだな、俺がこうやって参考書を買ってまで受験のための勉強をしなくなったら、それは志望大学を諦めたってことになる」
あたりまえのことか、と呟き、彼はまた首を捻る。彼の手元のルーズリーフに綴られた数式の羅列を見ながら、ぽつり、と私は思いついたことを口にした。
「目標を達成しようとしなくなったら諦め、でいいのかな」
すると彼は妙に納得したような表情で、
「たぶんそうだ、俺はそう思う」
と頷くのだった。
先生が「そろそろ授業終わるから問題ちゃんと解けよー」と言った。彼はごく自然な動作で参考書に向き直った。私が小声でありがとう、と伝えると、ちらりとこちらに目を向け、ニヤリと笑った。不敵な笑みが彼によく似合っていた。その横顔を見ながら、彼はきっとこのまま目標に向かって努力することを辞めないのだろうと思った。そうして、志望大学に進んで、夢を叶えて、大人になっていく。
羨ましいな、と少し思った。
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