二位
職員室を出て、スマホを見た。八時六分。みんなが登校してくるピークにはまだ早い。そう思いながら、教室の扉を開けた。
教室には、男子生徒がひとり、席に座って教科書を開こうとしているところだった。細身で、ひ弱そうな男子。
ちら、と目が合う。
そして何も言わず、何もせず、お互いに目を逸らした。
彼は確か、去年も同じクラスで、テストではいつも二位だった。私に負けるのはどんな気持ちだったのだろう。そして、そんな相手が、今ではすっかり教室に来ることも減り、テストではライバルがひとり減ったというのは、どんな、気持ちなのだろう。
彼の横を通り過ぎ、一瞬迷って、自分の席に鞄を置いた。夏休み明け、自分の席をすっかり忘れて「どこだっけ!」と友達と笑い合っていたのを思い出した。
机の中にはプリントが溜まっていた。国語の漢字テスト、数学の演習プリント、進路希望調査……
進路、か。
一通りプリントに目を通し、進路希望調査のプリントだけ小さく畳んで鞄の外ポケットに押し込んだ。
ふと目をやると、先ほどの彼がこちらを見ていたのがわかった。
「なに?」
至ってにこやかに話しかけるよう努力したが、失敗した。いつも通り不機嫌な声が出てしまった。だが彼はそれをさして気にも留めず、淡々と切り返す。
「芹沢さんは、もう諦めたの?」
つ、と心の奥底に指をさされた気分だった。
諦めた、というのは。聞き返そうとして言葉が出ない。
私は、諦めたのだろうか。何かを。諦めるほど何かを目指していたのだろうか。
「どうだろう」
ぽつり、と答えた。
「諦めたんだと思う?」
彼は分厚い現代文の教科書を机に置いて、しばし思案した。
「まぁ、ライバルが減って俺の順位が一つ上がるのはありがたいことだけど。物足りなさはあるなぁ」
「答えになってないなぁ」
それでも彼はふむふむ、と一人で納得したように、再び教科書を開いた。
彼にまだ何か尋ねたくて、口を開きかけた時、廊下を歩く足音が聞こえた。扉のすりガラスに人影が写る。私は口を噤んで、席に座った。
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