第二章 ひとりぼっちのお茶会①
「というわけで、今日からここがお前の部屋だ。エルヴィン」
わざとらしく
「新人にも一人部屋を用意してもらえるのね。良かったわ」
「それなりに歴史と実績のある
オリベールの王城に着いたエルは、
「部屋にはシャワーが付いてるから、それを使えばいい。けど大浴場を使いたい時は、さすがに
「ここのシャワーで十分よ。でも、色々と気を付けなくてはね」
騎士団には男性しかいない。改めて、女だとバレないように気を配らなければ、と思う。
「それにしても、
「だーいじょうぶだって。仮にも
コーディーに昔教わったのは、あくまでも
「そうね。足りないものはこれから学んでいけばいいんだもの。私、
「おー、その意気だ! ま、ここにいた方が俺の目も届くし、一番安全っちゃ安全だ」
コーディーは
「その他に必要な身の回りの品は、後で届けさせるよ。ってなわけで、ほい」
コーディーから
(これから私の、騎士としての一歩が始まるのね……)
深呼吸をし、気合いを入れ直す。
「しっかし、お前も思い切ったよなぁ。兄上たち、
それは少し、エルも気にはしている。でもここは、情に動かされてはいけないのだ。
「直接話すわけにいかないから、ちゃんと手紙を書いてきたわ。『お兄様が
「おぉ……、直球ゆえに限りなくダメージを
「それにお母様が、私はリトリア国内の
「見つからないことを願おう。こんな野郎だらけの場所にエルを引き
深刻な顔で言うコーディーに、エルは「そんなわけないじゃない」と笑う。
「いくらお兄様たちでも、そんな
「……あーなるほど、
「え? 聞こえなかったわ、何て言ったの?」
「いーや、何でもねぇよ」
「ねえ、殿下の
「難しく考えなくていいさ。あの方の
王子と騎士を
「わかったわ。力仕事を任されるよりは、少しはお役に立てるかもしれない」
「身構えなくていいって。逆に殿下に
そういえば、かなり警戒されていたようだったことを思い出す。
「……私、もしかして初対面で殿下に
「あー、あれは
「どういうこと?」
「
「……そうだったの。なら、私自身が嫌われたわけではないのね。安心したわ」
「そうでなくても、人嫌いというか、基本的に
「怖い顔? そうだったかしら?」
エルが首を
「ご機嫌がよろしくなさそうだとは思ったけれど、怖いとは一度も思わなかったわよ」
「……
「お顔立ちが整ってらっしゃるから、
「お、お前すごいな……。俺はお前を見くびっていたようだ。うん、お前なら心配ないや」
なぜコーディーが感心した様子なのかはわからなかったが、建物を出て広い庭のような空間に
騎士たちが演習を行うための場所だというそこでは、騎士団の面々が
「おーお前ら。今日から入った新入りのエルヴィン・アーストだ。よろしく
がっしりと
「団長、えーっと……、ずいぶん
「見た目はこんなだが、武術や
「はぁ……。そうですか……」
「こんなひ弱そうなガキを、
ストレートな物言いに、周りの騎士たちが
「
深々と頭を下げると、赤毛の男が
「この通りだ。やる気は十分あるってこと、
「団長の従兄弟……? ということは、リトリア国の貴族ですか?」
「そうだ。マリク、
マリクと言われた赤毛の男が、不服そうに「貴族の
「皆様、これからお世話になります。未熟者ではありますが、よろしくお願いいたします!」
力強く言い、顔を上げてニッコリと微笑む。すると、騎士たちが息を
(あら?)
その反応の理由がわからなかったが、なぜか皆が、目を見開いてエルの顔をまじまじと見ていた。マリクだけは
(……何かおかしかったかしら)
「ククッ……、あー
何を
「クロード殿下!」
エルが声をかけると、騎士たちがどよめいた。
(え? どうして皆さん、そんなに後ろに下がってしまったの?)
またもやよくわからなかったが、それよりもクロードが一瞬こちらを睨むように見た後、そのまま立ち去ろうとしてしまったので、エルは慌ててもう一度声をかけた。
「えっ、待ってください、殿下!」
「えぇぇぇ追いかけるのか!?」という騎士たちの声が聞こえたような気がしたが、エルは構わずクロードの元へ
「クロード殿下、お
「……何の用だ」
どうやらまだご機嫌はよろしくないようだ。だがエルは
「めでたく団服を着用させていただいたので、改めてご
「そんなのいらん」
「もしかしてお仕事中だったのでしょうか?」
「お前には関係ない」
「関係ありますよ。私はあなたの側付きの役目を
「そっ、側付きぃ!?」と後方で上がる声は耳に入らず、エルはにこやかに話し続ける。
「なので、何かお手伝い出来ることがあれば教えてください」
「そんなもの必要ない。俺のことは放っておけ、構うな」
「そんなことを仰らずに。
「だからいらんと言ってるだろう! あーもう、
クロードが凄味を
(うーん、
考え込んでいるうちに、クロードは背を向けて歩き出してしまった。エルは
「……おい、なぜ付いてくる」
「私の仕事ですから」
城内に入りしばらく歩くと、クロードが
「しつこいやつだな。何度言ったらわかる。そんなもの必要ない」
「今はまだ使いものにはなりませんが、教えていただければ、少しずつお役に立てるようになれると思うのです」
「だから、使いものになるならない以前の問題で、側付きなんていらないと……」
「殿下はいつも、
「人の話を聞け。……ったく、疲れるやつだな……」
「あ、お疲れのようでしたら、
「あーもういい、わかった。全く疲れてないから何もするな」
投げやりに言うクロードの後ろを、残念に思いながらエルは歩いていく。
(せっかく、お兄様たちからお
無言で前を歩くクロードは、とりあえず追い
(同じ王子でも、私の兄弟たちとはずいぶんタイプが違う方よね)
クロードは今年二十一
(何と言うか、
エルの兄弟の中には口数が少ない者もいたが、エルに対してはにこやかに話しかけてくれる人だった。だから、クロードのようなタイプと接するのは初めてだ。
(まだ一度も笑ったお顔を見ていないのよね。……このままだと、よろしくないわよね)
せっかく、隠れ場所として最適な場所に居着く機会を得られたのだ。追い出されたりしないように、ここでの生活を
まずは側付きの仕事をしっかり務めること。だがそれには、クロードと上手くやっていくことが
(何事も積み重ねが
そう考え、エルは
少しして、クロードの執務室に着いた。ずっと
「これを各所に渡してこい」
「え? あ、はい。えーと……、どちらへ?」
「書類の中に書いてある。全部渡し終わるまで帰って来るな」
そう言って、部屋を追い出される。
(……なるほど、側付きとして最初の仕事ということね)
書類に目を落とすと、確かにそれぞれ
(もしかして、この仕事を通して城内の構造を頭に入れろってことかしら? きっとそうだわ、宛先がバラバラだもの。全ての場所を回ったら、だいぶ詳しくなりそうね)
使用人に任せればいい雑用を
(でも、困ったわね。地図を借りるべきだったかしら)
初めて歩く城で、書類の文字だけを
(男らしく、
そう考え、メイドの前でピタリと足を止め、軽く頭を下げて
「すみません、お聞きしたいことがあるのですが、少々よろしいですか?」
「はっ、はいっ」
「私はクロード殿下の
「こ、この方でしたら、この
「そうなのですね。良かった、これで仕事を進めることが出来ます」
ふわりと微笑み、メイドの手を取る。そのまま持ち上げて、
「────っっっ!?」
「助かりました。ご親切にありがとうございます」
一通り聞いて去ろうとすると、
「あ、あの……! 騎士様のお名前を
「ああ、申し
「は、はいぃぃ……! エルヴィン様……!」
(エルヴィン様?)
様付けされたことに
「クロード殿下、お引き受けした仕事は全て
達成感に満ちた気持ちで執務室に戻ると、クロードが疑うような顔をエルに向けた。
「……終わったのか? もう?」
「はい。通りすがる方々が、それはもう親切に道を教えてくださいまして。そのおかげで、こうして時間をかけずに
「…………へぇ」
クロードはつまらなそうにして、手元の書類に視線を落としてしまう。
「使用人から役人の方まで、皆さん気さくな
「そんなわけないだろう、
クロードは
「本気でそう思ったのか? お前の頭はどうなってるんだ?」
「
「今日会ったばかりのくせに何がわかるって言うんだ。知ったような口をきくな」
「……確かにそうですね。私はまだ殿下のことをよく知りません。なので、少しずつでいいから教えてほしいです」
「断る」
キッパリと言われてしまったが、エルは全く諦める気がなかった。
(初日からいきなり親しくなろうなんて、難しいわよね。でも、毎日接していれば何か変わるはず。波風立てず、着実にここでの生活を続けていくためには、めげている
よーし、と心の中で奮起していると、クロードが
「なぜそこで顔を
「改めて、やる気に満ち
「……お前の思考回路は理解出来ない」
「もういい、今度はこれを配ってこい」
「かしこまりました!」
エルは元気よく返事をし、
一日を終え、自室に戻り団服を
(目まぐるしい一日だった……。でも不思議。疲れたけれど楽しい気持ちが勝っているわ)
大切に囲われ、
それに、未知の世界への期待も少なからずある。今まで経験出来なかった色々なことを、学んでいきたいという気持ちに突き動かされているのも確かだ。
(だけどみんなは……心配しているかしら)
毎日側にいてくれた十人の兄弟たちの顔を思い
(ううん、心配されないような私になるって決めたんじゃない。そう、私は変わるのよ)
団服の下、
自分と兄弟が変わるため。そのための男装と
(笑顔でみんなにまた会える日が来るように、今は私に出来ることを頑張らないと)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます