第一章 国を賭けた逃走劇の始まり
リトリア王国の現王家で
生まれてから十六年間、毎日そうやって過ごしてきた。それがエルの日常だった。
そしてもちろん、その日もいつもと変わらない一日が始まろうとしていた。
「エル~! 私の
「おはよう、私のエル!」
「おはようございます。アルバートお兄様」
「ああ、今日も変わらず愛らしいな! ピンクのドレスも、長くて美しい金髪を
「くぅ~! 朝一でこの天使の
「もう、お兄様ったら。
「うむ、困ったような顔も可愛い! たった一人の
アルバートはエルを
「私の方こそ、お兄様の妹として生まれついたことに、毎日感謝しています。こんなに大切にしてくださって、エルセリーヌはリトリア王国一の幸せ者です」
「エル……! そんな
「さて、今朝はこれをプレゼントだ。お前のその美しい金髪に
「わあ、
「そうやって全力で喜んでくれる私のエルは本当に可愛い! 私は本当に──……」
しかし、アルバートの
「ちょっと、何してるんですか、アルバート兄上!」
入って来るなりエルからアルバートを引っぺがしたのは、二番目の兄王子フェンリルだ。
「まったく、ちょっと目を
「おはようございます、フェンリルお兄様」
眼鏡の
「ふむ。ついさっきまで、どうやったらアルバート兄上をそこの窓から投げ捨てられるかなと考えていたが、お前の花のごとき笑顔を見たら
「フェンリル!? お前、お兄様に対して何てことをしようとしているんだ!?」
「フェ、フェンリルお兄様! そんな
「はは、
「……もう。お兄様ったら、冗談にしても
「フェンリル兄上……、エルはこんなに
その声と共に入室してきたのは、黒髪の少年だ。
「まあ、ジョシュラン。おはよう」
「おはよう……エル……。今日も大好き……」
「ありがとう、私も大好きよ。それにしても、また
「うん……、だから、まだ眠くて……。エル、抱き
言いながら抱きしめてくる弟の背中を、よしよしと撫でてあげる。
「いいわよ。ちょっとだけね」
「よくな──────い!!」
アルバートが叫び、引き離されたジョシュランが
「これだから末っ子は……! 可愛く
「ちっ……」
ジョシュランの舌打ちが聞こえなかったエルは、
「ア、アルバートお兄様、乱暴しないでくださいな」
「ああエル、
熱弁しながら
「さ、
フェンリルに
「さて、古代語学習の
「はい。お兄様にお借りした本は昨日全て読み終わりました。
「さすがだ、エル! 可愛いだけじゃなく飲み
「ちょっと、今は私が話してるんですからアルバート兄上は
「本当ですか? 私、こうして毎日来てくださるみんなの期待に、
「もちろんだよ」
満面の
ちなみに、当番が三部制に分かれている理由は、全員
なぜなら、エルには九人の兄と一人の弟──あわせて十人もの兄弟がいるから。
「えへへ、嬉しいです。私、王女としてお役に立てるよう、もっと
「お前はそのままでいいんだよ。こうして当番とかこつけて会いに来──……、いや、
「私なんかでみんなを癒すことが出来るなら、いくらでもご協力します」
ニッコリと笑うと、兄弟たちはなぜか顔を
「うぅ、眩しい……! 私のエルは本当に良い子だなぁ……! 本当に可愛い!」
「ええ。エルが良い子で可愛いということに関しては全力で同意です。……ですが、その『私のエル』っていうのいいかげんやめてもらえませんかね、兄上」
フェンリルが深呼吸して眼鏡を直しながら、冷静な
「兄上もそろそろ、そんなことを言っていられなくなるでしょう?」
意味深な言葉に、アルバートはハッと表情を変えた。フェンリルがほくそ笑む。
「いつまでも抜け駆けや自分勝手な行動ばかりするなら、こっちにだって考えがあります」
「フェ、フェンリル、お前……、何を考えている……?」
何が始まったのかわからないが、長男次男のただならぬ様子に、エルは息を
「アルバート兄上、いいんですね? ここで言ってしまいますよ?」
「ま、待て、やめるんだ、それを言っては──……!」
「母上が昨日、今度の
「わ────!! やめろ──────!!」
「縁談!?」
予想外の言葉が飛び出し、エルはアルバートの
「アルバートお兄様、縁談があるのですか?
「ほら────! エルにお祝いされてしまった────!!」
エルは嬉しくなって
「え? お、お兄様、どうしたのですか?」
「あぁぁ、やめてくれ、おめでとうなんて言わないでくれぇぇぇ……」
さっぱりわけのわからないエルは
「うぅ、エルの前でその話はしない決まりだろう! これは重大な規律
「日々規律違反ポイントを積み上げている兄上に、文句を言う権利はありませんよ」
規律違反とは何のことだろう。よくわからないが、それよりも気になることがあった。
「あのぅ、アルバートお兄様は、ご
結婚、とエルが口にした
「そんなはずないさ、エル。兄上ともあろうお方が、結婚しないわけにはいかないからね」
「も、もうやめろ、フェンリル。それ以上敵意を示すなら、こちらだって
「どうぞご自由に。どう
その言葉に、アルバートが開きかけていた口を苦しそうに閉じた。
フェンリルの言う通りだ。ひと月前、父である先代国王が
「一国を背負う王が、まさか
ぐうの
「今まではのらりくらりと
「そ、それを言うならお前たちもだろう! 全員独身のくせに!」
(あれ? そういえば、そうだわ)
その時エルは、ようやく気付いた。──この兄弟、
(ちょ、ちょっと待って。みんな独身だわ。……えぇ!?)
二十五
なぜ今まで気付かなかったのだろう。兄弟に囲まれるのが当たり前の日々を過ごし、一度も疑問に思わなかった自分に
「私はまだいいんですよ、次男ですから」「いいや、お前たちだって責任は同じだ!」などと言い合い始めた兄弟を前に、エルは急に
(王家の人間が誰も結婚していないなんて……よろしくないのでは!?)
もちろん自分も
「アルバートお兄様、どうして結婚なさらないのです?」
「や、やめてくれエル──! お前の口からその二文字は聞きたくない! お、お兄様が結婚なんてしてしまったら、お前だって
「それは……、寂しいのはもちろんですが、いつかはするでしょう?」
「ほら、エルもこう言っていますよ。観念してください、兄上」
「もう、アルバートお兄様だけじゃないですよ。みんなもいつかは結婚なさるでしょう?」
エルがあとの二人にも向き直って言うと、彼らは目を見開き固まった。
「え? ど、どうしたのですか、二人とも」
すると、ジョシュランが耳を
「う、うわぁ……。まさかの、流れ
「くっ……、まさか私たちまでダメージを
「ははは、それ見たことか! みんなして私を
アルバートがやけくそ気味に笑うが、エルはそれどころではなかった。
「もう、はぐらかさないでください! 本当にどなたもご結婚の予定はないのですか?」
「エル、このことは、非常に、とーっても重大かつ
至って
「いえ、そんなことで嫌いになったりはしませんが……、お兄様、ちゃんと私の話を」
「わかってくれ。これも全て、お前を大切に
「かいさーん!」
「えぇっ、お兄様!?」
高らかに告げられた長男による解散の一声で、兄弟たちは風のように去って行った。
残されたエルは、ただ
(こ、このままにしておいては駄目よね!? だってこれじゃ、跡継ぎがいないことに……)
それはまずいだろう。今までそのことに思い至らなかった自分に
(そういえば、今度は逃げないように……と言っていたわね)
ということは、いつも縁談から逃げているということだ。なぜ逃げているのだろう。
モヤモヤと考え始めた時、女官長が慌ただしくエルの部屋へやって来た。
「ああ、
「アルバートお兄様なら今までここにいたけれど、逃げて行ってしまったの」
「逃げ……!? ああ、王太后陛下から何が何でもお連れするよう言われてますのに……!」
今にも
「待って、私が行くわ。ちょうど、王太后陛下──お母様に話があったの」
そうしてエルは、全てを知っているであろう人物の元へ向かった。
「ええ、その通りよ、エル。あの
「やっぱりそうなのですね? でも、どうしてなのですか?」
ナタリアはエルにちらりと視線を
「あなたを何よりも優先し
「えぇっ!?」
想像もしていなかった理由に、思わず
「あなたも十分わかっているでしょう? あの子らがどれだけあなたに
「執着……」
「兄弟の誰かが四六時中べったりしていることに、疑問を感じたことはなくて?」
言われてみれば、いついかなる時も、エルの側には兄弟の誰かがいた。そしてなにかと構われまくる時間を過ごしてきた。しかし疑問に感じたことはない。
「それは、みんなが私に〝王女としての嗜み〟を教えてくれていたからでは……?」
「それはあの子たちが取って付けた言い分よ。
「そうだったのですか!?」
予想外の真実に
「もしかして、お兄様方の私に対する愛情表現は……ちょっと度が過ぎるのでしょうか」
「ちょっとどころではなく、異常ね。まったく、あのエル
「エ、エル溺愛隊? なんですか、それは」
「息子たちによってあなたを溺愛し守るために結成された、ただのシスコン軍団よ」
「そ、そんなものが……あったのですね……」
自分は本当に、色々なことを知らなすぎたようだ。
「まあ、最初は目を
そういえばそんなことがあった。エルが五歳になってすぐ、不届き者に
「あの時、二十分で犯人確保というスピード解決に導いたのは、アルバートを筆頭にした王子たちだったわ。彼らの恐るべき行動力と完璧な指揮系統は、いまだに伝説となり語り継がれているほどなのよ。そしてそれを機に、『エルのことは自分たちが守る!』と張り切りだして、溺愛隊なんてものを
「はぁ……」
「でもいいかげん、あの子たちの
その言葉に、エルの背中に
「それは……、アルバートお兄様が、現国王陛下だからですね?」
「そう。それをきつく言ったら、『結婚なんかよりエルを守ることの方が大事なんです!!』などと大馬鹿なことを言って逃げたのよ、あのシスコン息子は……」
「えぇ~~~~~~~……!?」
(お、お兄様、なんてことを……)
それほど自分を大事に思ってくれているのは嬉しいが、この場合は全く嬉しくない。
「さらに、その発言を城内の一部の者が聞きつけてしまい、大変なことになっていてね」
妹を溺愛している王子たちのことは皆理解していたが、さすがにその発言は問題であった。それ以降、アルバートを非難する声が、
「王家が断絶すれば国は
「いけません……そんなこと……」
エルの身体はいつの間にか
けれどそれが今、
(……私が……いるから?)
そうだ。兄弟たちの結婚を
「私……、ここにいてはいけませんね」
ポツリと
「私は一度、お兄様たちから離れなくてはいけません。私がいると、みんなずっとこのままでしょうから。どこか遠く……お兄様たちから離れた場所へ行かないと」
「……彼らから身を
真剣に頷くエルを、ナタリアは
「はい。私のせいで国が荒れることも、みんなが悪く言われるのも
「でも、
母の言う通りだ。せめて長男が結婚に前向きになってくれるまで、
(絶対に私だと見つからないようにするには……どうしたら?)
二人して黙り、しばし考え込む。
(みんなの行動原理は、私を守ろうとしてくれていることにあるのよね。……なら、守られる存在じゃなくなればいいのかしら)
助けてもらうばかりのかよわい王女ではなく、自分で自分の身を守れるような存在なら。
そこまで考え、
「そうだわ! お母様、私、全くの別人に……。──そう、男の人になります!」
「……は?」
「私が
何か言おうとしていた母に背を向け、エルはそのまま急いで退室し、自室に駆け込んだ。そして
(この国もお兄様たちも、大切な存在なの。私のせいで駄目にさせるわけにはいかない)
ほとんど勢いで飛び出したが、これはエルの中で
(今までたくさん愛され、守られてきたんだもの。なら私だって、私に出来るやり方で国とお兄様たちを守りたい)
迷いはなかった。
一息吐き、
(しばしのお別れよ。エルセリーヌ)
大好きなみんなのため。エルは、鏡に映る自分に対し、力強く微笑んだ。
翌日の昼、エルは
髪を切った後、エルは再び母の元を訪ねたのだが、その姿を見て母はエルの本気の覚悟を受け取ってくれたようだった。そうして提案してくれたのが、男子としてオリベールにいる
コーディーは、現在オリベールの王城で
「ここが、オリベールの王都……」
王都まで乗せてくれた荷馬車を降りたエルは、初めて踏むオリベールの土に少々興奮しながらも、
(さすが、大陸一の歴史を
王城の城下にあたるこの町は、立派な石造りの家や店、行き交う人々で
(
男装して逃亡するにあたり、
(ゆっくりしている暇はないわ。早く行きま──……)
歩き出そうとした時、ドン、と誰かがぶつかってきた。
「ご、ごめんなさい!」
「いえ、すみません……。ちょっと
ぶつかってきた男性は、そのまましゃがみ込んでしまった。よく見ると、顔色がとても悪い。心配になったエルも
「
「あ、ありがとうございます……」
よろよろと立ち上がる男性に手を差し出す。しかし次の瞬間、思いがけない力で
「いたた……」
何が起きたのかわからずに見上げると、ついさっきまで具合が悪そうにしていた男がニヤリと笑い、エルを見下ろしていた。そして、その手に自分が持っていたはずのバッグが握りしめられていることに気付く。
「えっ、それ私の……」
エルが呟くと同時に、男は背を向けて駆け出した。
(えぇっ!?
行商人のおじさんにされた、スリの話を思い出す。まさか本当にスリに
「待って……!」
あのバッグの中には、母が渡してくれた大事な書状があるのだ。エルは必死に追いかけるが、男女の
(あぁもう、もっと体力をつけておくんだった……!)
路地裏に入り込み、足がもつれて転びそうになったその時、何者かの腕が伸びてきてエルの腰を支えた。
「えっ……」
エルを力強く支えてくれたのは、見知らぬ青年だった。
「ここで待っていろ」
青年は短くそう言い残し、スリの男を追って行った。困惑したままその後ろ姿を
(あ、
あっという間にロープで手足を
「あ、あの、助かりました。ありがとうございます」
顔を上げた青年と目が合う。
(わぁ……、
「ちゃんと中身が全部あるか、一応見ておけよ」
「はい! あの、よろしければ、何かお礼をさせてください」
「そんなの気にしなくていい。
青年はぶっきらぼうに答えながらも、「
「あー良かった。急に走り出すからどこへ行ったのかと……。おや、もしかして例のスリを
聞き覚えのある声に、まさか、とエルは目を
「コーディー!!」
「えっ? ……あー! エル!?」
探していた従兄弟の姿に、エルは喜びも
「おっどろいたなー、まさかこんなところで会うなんて」
「会えて良かった、コーディー。お久しぶり!」
「いやー、聞いてはいたが……そうか、本当に来たのか……。うん、久しぶりだな、エル」
長かった金髪を知っているコーディーは、
「……おい、コーディー。お前の知り合いなのか?」
その時、背後から青年の低い声が聞こえた。振り向くと、彼は
(いけない、ついコーディーに気を取られてしまったわ。恩人に失礼なことを)
そのせいで
「失礼いたしました。私はコーディーの親戚であるアースト伯爵家
「……伯爵……」
何度も心の中で練習した
「先程の剣
「……お前、嫡男と言ったか? 男なのか?」
エルの質問には答えずに、青年は疑わしげにエルを見て言った。それだけでなく、やはりどうにも
(どうしましょう、怒らせてしまった上に疑われている……!)
睨まれていることよりも疑いの
「あー、そう、そうなんですよ。男には一見見えないですが、れっきとした男です。うん、一応。──それからエル、こちらは確かに騎士団の団員だが、ただの騎士じゃないんだ。このオリベール王国の王太子、クロード・ゼス・オリベール
「えぇっ!」
隣国オリベールの王子のことは、もちろん知っている。外交で他国の王族と対面する機会がなかったため、会うのは初めてなのだが。
よく見てみると、彼が着用しているのは、コーディーが着ている騎士団の団服であろう服装とは違った。動きやすいようにデザインされているようだが、質の
「そうだったのですね。王太子殿下とは知らず、失礼いたしました」
改めて頭を下げるが、クロードはエルをひと睨みして顔を
(名乗ってから様子がおかしいわ。何がいけなかったのかしら……)
自分が気分を害させてしまったのかと反省し、エルはクロードの前に進み出た。
「……あのっ、王太子殿下でありながら騎士としての務めも果たされているなんて、
「……は?」
空気を変えようとしたら、
「ちょうど自分の
「……何だ、いきなり」
「えっと、つまり、私もあなたのように立派な志を持って生きたいと思ったのです」
「なぜそんな
「殿下のお志は素敵だと思ったからです!」
「おい、近い! 一体何なんだお前は!」
「あ、すみません。気持ちが高ぶってしまいまして」
その時、コーディーが
「くっ、ふふ……。いやー、すみません。コントみたいで、つい。エル、気にしなくていいぞ。殿下は初対面の相手には、
「余計なことを
クロードは再び不機嫌なオーラを
「付き合ってられない。俺は先に
エルが呼び止める間もなく、クロードはスタスタと立ち去ってしまう。
「コーディー?」
「なるほど、こいつはなかなか
そしてコーディーは、クロードの背中に向かって呼びかけた。
「殿下─! こいつ、今日から騎士団に入団することになってるんですが、せっかくなんで殿下の
(え!? ……な、何言ってるの────!?)
突然の
「コ、コーディー、そんな話聞いてないわ。どうして私が騎士団に入ることに!?」
「今決めた。良い案じゃないか? 王太后様の話によると、兄上たちから逃げてきたんだろう? まさか可愛い妹姫が男所帯の騎士団にいるなんて思わないだろうし、隠れるにはうってつけじゃないかね。ほら、せっかくそうやって男の格好してるわけだし」
「それは……そうかもしれないけどっ、でもそんな……」
しかし、コーディーの言うことには一理あった。確かに、隠れ先としては理想の場所かもしれない。そこまで
思考を追いつかせようと考えを
「……今何と言った? 俺の聞き間違いでなければ、そのチビを側に置けと聞こえたが」
(チ、チビ……? まぁでも、そうよね……)
暴言に怒るどころか、その通りだとエルは思った。どう見ても騎士団にいそうなタイプではない。コーディーの提案には無理がありすぎるのではないだろうか。だがコーディーは、クロードの負のオーラなど気にもせずにカラリと笑う。
「ええ、言いました。一応これでも俺の大事な親戚なんですよ。あなたの側にいれば目にも付きやすいし、なんとなく安心するかなーと思いまして」
「ふざけるな。俺は子どものお守りなんてご
クロードの周りに冷気が立ち込め始めているような気がした。とにかく怒っている。
「こんな頼りなさそうなやつが騎士団に入団だと? 簡単にスリに遭うような、注意力の
エルを上から見下ろし、クロードは言い捨てる。エルはしゅんと
「そ、それは仰る通りですね。お
素直に
「まぁそうつんけんせずに。ここは一つ、オリベール王国騎士団団長、コーディー・ライソンたっての
「……お前がその改まった口調と締まりのない顔で何か提案してくる時は、ろくでもないことを
「あはは、嫌だなぁ殿下ってば! わかってるんだったらわざわざ突っかかってこなくてもいいじゃないですか」
(認めるのね!?)
なんとも軽いノリの従兄弟の返しに、エルは心の中でツッコミを入れた。
「少しは否定しろ。俺は断固
「そう言わずに。ほら、エルだって殿下の剣捌きを見ただろ? この方の側にいたら、色々と学べると思うぞ」
そう言われ、エルは必死に脳内で状況を整理する。
(予想外の展開になってしまったけれど、コーディーの言う通り、騎士団に入団というのは良い方法ではあるのよね。自分の身を守る
覚悟を決め、睨みを
「はい! 私は、守るべきもののために、騎士としてお努めしたいと思っております。なので、お側で色々と学ばせてください!」
「いや、だから俺は……」
「よく言った! 騎士団長の俺が許しちゃうから、お前も今日からオリベールの騎士だ!」
「やったぁ! ありがとう、コーディー!」
「俺は許してない!」
クロードの訴えは、スリの男を引っ立てて鼻歌交じりに歩き出したコーディーには届かなかった。クロードはしばらく文句を言い続けていたが、コーディーの強い意志を曲げることは不可能だと思ったのか、最後に
「あの、これからよろしくお願いします。クロード殿下」
エルは親しみを込めた笑顔を向けたが、返ってきたのはやはり
「………………」
無言の睨みの中に、彼のどんな想いが秘められていたのかわからない。
かくしてエルの逃亡生活は、不機嫌そうな王子との出会いと共に、幕を開けたのだった。
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