第34話 最強の鉾(4)


「お前ッ!?」


「人間のわっぱ一人に何ができる。わしらの積年の恨みや思いは先祖から受け継がれ、わしらの歴史となってこの地にあふれているのだぞ。」


「~~~~ッくっ」


「この娘を助けたくば希叶石を渡せ!!」



ダヴィド将軍の咆哮はリゲイドめがけて襲い掛かっていく。



「リゲイド様っ!?」



右へ左へ、剣を振りながら体を舞わせるリゲイドの姿に、ラゼットの悲鳴が加担していた。



「ぅはははは、やれ!!そいつを殺せ、わしら幻獣魔族の力を思い知らせるがいい。」



ラゼットは死んでも渡さない。そう態度で表現したダヴィド将軍が、ラゼットをつかむ手とは逆の手で風を切る。途端、天空からリゲイドを襲うように、三つ目の飛竜がくちばしをあげて甲高い声をあげながら襲い掛かろうとしていた。



「ケケケケケケ、死ね、小僧ッ!!」



そして、唐突に輝くリゲイドの体に周囲の反応が立ち止まる。



「なっなんだ、この光は。」



ラゼットの体をつかむダヴィド将軍もリゲイドの体に起こった突然の変化に驚いて、声を震わせた。



「俺の名はリゲイド───」


「やっ殺れ、ジュニアロス!」


「───最強の矛、ギルフレアの名を受け継ぐもの。」


「そんなはずはない。ケケケケケケ。女神が人間に最強の矛の力をもう一度授けるはずなどッ!?」



散開する白色の光。リゲイドを中心とした光の渦は、一瞬にして周囲一帯を取り囲む幻獣魔族たちを切り刻み、最初からそこにダヴィド将軍とリゲイドしかいなかったような空間を作り出していた。

光の幻影。

リゲイドを守る光の剣は、リゲイドの意思に呼応するようにその手に握られている。



「おのれ…っ…貴様のような小僧に矛の力などあってたまるか。」



ダヴィド将軍の声がわなわなと震えていく。



「おのれ、よくもジュニアロスを。」


「ッ…ぁ…リゲイドさま、ッリゲイド様ぁ!?」



体が地面に打ち付けられるのと、キンとした耳鳴りに近い金属の交差音が聞こえてきたのはほぼ同時だった。

ラゼットは打ち付けられた体の痛みに顔をしかめながら顔をあげたその場所で、背中合わせに剣を抜き合ったふたつの影を目に移す。



「………くっ…なぜ…だ。」



ぐしゃり。

音を立てて膝をついたのは、ダヴィド将軍の方だった。



「なぜ、人間どもの味方をなさる。なぜだ、なぜ、わしらの願いを聞き入れてくださらんのだ。」



剣をその手から離し、天を仰ぎ見るようにダヴィド将軍は叫んでいる。



「希叶石、女神さま。わしらは、わしらの希望を…っ…おのれ人間、おのれぇぇぇえっっ。」



それはゆっくりと振り落とされていったように見えた。

最強の矛として希叶石の力を借りたリゲイドの光の剣が、ダヴィド将軍の叫びを絶つ。最後にリゲイドの方へと振り返ろうとしたその魔物は、周囲を染める血の海に沈むように、ついにその体を横たえた。



「ッ。」


「リゲイド様!?」



ラゼットは力を失ったように膝をついたリゲイドの元へと走り寄る。



「…っ…ラゼット。」


「リゲイド様。ああ、なぜ、ここに?」



その体は遠目で見ていた時にはわからないほど傷だらけで、ところどこの衣服は焼け焦げ、ここにいたるまでの戦闘の激しさを物語る風貌をしていた。

自分のために。

胸からこみ上げてくる熱いものが涙となってラゼットの瞳からこぼれおちる。



「これをお前に返しに来た。」


「これは?」



駆け寄ってきたラゼットの心配そうな顔に、いつも端正な顔を崩さないリゲイドの顔が苦笑に歪んだ。



「約束しただろ。痛っ、ずっと探していた。」


「なぜ、リゲイド様が?」



古い記憶の中で、手放した思い出の魔石。救いたいと思い、幸せになってほしいと願った名もなき少年への祈り。



「あの日、目を負傷していた少年は俺だ。」


「え?」


「あの日、俺はお前に絶望から救われた。あれから俺は強く生きることができた。ずっと、ずっと会いたかった。」



手に握らされるようにして戻ってきた滑らかな石に、感覚が思いを伝えてくる。

そして理解した。

祖母の言葉の意味を、自分の存在の意味を、祈りがみせる奇跡を。



「随分とつらく当たってすまなかった。」



負傷したリゲイドは、まるで小さな子供のように、しゅんとうなだれるようにして頭をさげる。

その仕草がなんだか可愛くて、ラゼットはふふっと、柔らかな笑みをこぼして言った。涙があふれて止まらなかった。



「許しません。」



焦ったようにリゲイドが顔を上げて、言葉を探すようにパクパクと空気を吐いている。



「これから先は、私の傍にずっといてくれると誓ってくれるまで許しません。」



世界はきっと、これから先も戦うことを止めはしないだろう。



「ああ、誓うよ。」



降参したように微笑んだリゲイドの誓いに答えるように、ラゼットはそっと目を閉じて、初めて重ねる思いに胸が温かくなるのを感じていた。

かつて世界を二分した伝説の地で、最強の盾と矛は再び手を取り合い新たなる伝説を生み出そうとしていた。

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