第35話 新たなる伝説

柔らかなシーツが肌にまとわりついてくる。

もうすぐ体中の酸素がすべて二酸化炭素に変わってしまうんじゃないかと思えるほどの濃厚な息使いに、朦朧とした頭がラゼットの意識を奪おうとしてくる。



「~~っ…ァ…やっ…リゲイドさ…ま」



恥ずかしいだとか、怖いだとか、一晩中すがりついた相手に揺らされているからか、ラゼットの声は甘い吐息となってシーツのこすれる音にかき消されていた。



「ラゼット、もっとこっちに来いよ。」


「ァッあ…ッダメ…っそれ、ァア」


「ダメじゃねぇだろ。全然。」


「ッ!?」



足の指先まで硬直するような快楽を突き付けられて平然と保っていられるほど、心は強くできていない。

体を密着させるように重なってきておきながら、腰ばかりを自由に動かすリゲイドの奇行に、ラゼットの体は悲鳴をあげて痙攣していた。



「はぁ…っ…はぁ…はぁ」



体中からあふれ出した愛蜜に濡れ、こすれ、淫らな音に部屋が懐柔されていく。



「り…ッ…ぁ…アアッ」



足を深く折り曲げられ、腰を深く埋め込んできたリゲイドに、ラゼットはまたのけぞるようにして体をひねった。



「やッ…ぁ…リゲイドさま…そ…ッぁあ」


「触れて欲しいっつったのはラゼットだろ?」


「違…あれは…そういう意味じゃな…ッあ」


「じゃあ、どういう意味か言ってみろよ。」


「~~~ッ、ぁ…ァアッ」



いつの願いを叶えてくれようとしているのか、もう十分に応えてくれているリゲイドの質問には答えられそうにない。

ラゼットは終わらない律動の連続に身もだえながら、快楽の手ほどきを解いてくれない夫の愛に溺れていく。



「これでもう、世継ぎ問題に悩まなくてすむだろ?」


「ッ!?」



顔が赤くなったのは、人知れず悩んでいた悩みを言い当てられたからではない。

唇が触れるほどの間近な距離で、リゲイドに微笑まれたことが一番大きな要因だった。



「なっ悩んでいません。」



情事からようやく解放されたラゼットは、シーツの波に埋もれる相手に背を向ける。

くすくすと含み笑いをこぼされるのは心外だが、その顔を殴ってやろうと振り向きかけたところで、コンコンと部屋をノックする音が聞こえてきた。



「え、ちょ、やっ。」



ラゼットが慌てふためくのも無理はない。



「おはようございます。ラゼット様、そして、リゲイドさ・ま。」



にっこりと氷点下の空気と共に部屋に顔を見せたのは片腕を負傷した従者。



「返事もしていないのに入ってくるな。」



しっしっとリゲイドが焦るラゼットを抱きしめるようにして、フランを追い出そうと試みる。

リゲイドに抱きしめられたラゼットの顔はその胸板の感触にのぼせそうになっていたが、見えないところで聞こえる音の端々にフランの不機嫌さがにじみ出ていた。



「いつまでそうなさっているんですか。リゲイド様もそろそろ執務にお戻りください。」


「やだね。俺はラゼットとこうしていたい。」



ガシャンとカップが少々乱暴に置かれている気がするのは、決して気のせいではないだろう。



「手をかけて育ててきたんですよ。乱暴に扱うことは許しません。」


「~~ん…ッ」



急に抱きしめる力が強くなったせいで、フランとリゲイドの会話が遠くなる。



「どこが乱暴なんだよ。俺ほど女を優しく扱う男はいないってのに。」


「よく言いますよ。一晩中、聞かされる身にもなってもらいたいものです。」


「聞かなきゃいいだけじゃねぇか、変態だなお前。」


「今まで散々、ラゼット様を泣かせておいてよくそんなことが言えますね。」


「鳴かせるの間違いじゃねぇのかっておい、生身の人間相手に刃物はねぇだろ!!」


「っぷはぁ…はぁ…はぁ。」



死ぬかと思った。

呼吸を突然停止させられたラゼットは、なぜか両手を上げて降参しているリゲイドを見上げて首をかしげる。



「ラゼット様を泣かせたら許しませんよ。」



どうやらフランの睨みに負けを認めたようだが、リゲイドはじっと自分を見つめてくるラゼットに気づいて、またよしよしとその体を抱きしめた。



「嫉妬にかられた男ってのは見苦しいぜ、フラン。」



クスクスと笑うリゲイドの声がドキドキと安定した心拍音に重なるように聞こえてくる。

昨夜、一晩中この肌の感触と匂いに溺れていたのだと思うと、またラゼットの顔が赤く染まっていった。



「な、ラゼット?」


「えっ、え、ええ。」



突然顔を覗き込まれるように話題を振られて、混乱したラゼットは話の脈絡もわからないままうなずく。

額にキスをおとして離れていくリゲイドの温もりに名残り惜しさを感じたが、ラゼットはその目の端にフランをとらえて気まずそうに顔をそらした。

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