第33話 最強の鉾(3)
恨みと憎しみを募らせた魔族の末裔たちは、闇に支配される獣の群れのように咆哮をあげ、大地をならし、戦闘への意気込みに世界を揺り動かしていた。
「人間どもを一匹残らず始末してくれる。」
ダヴィド将軍の怒号に、祈りの塔は狂喜に揺れる。
「今度は人間どもから希望という名の光を奪ってくれようぞ。」
その阿鼻叫喚の中で、ラゼットは世界の成り立ちに起こった悲劇に言葉を失っていた。
荒廃した塔は、今はもうかつての崇高な面影はどこにもない。女神を失った魔族の悲しみは、荒れ狂う波のように塔からあふれ、祈りによって守られていた防御壁を失った人間の世界へと襲い掛かろうとしている。
「希叶石を貴様が持たぬのであればそれでよい。」
「キャァアあっ!?」
「貴様の命と希叶石。人間がどう天秤にかけるのか、その目で見るがよい。」
ラゼットの体はダヴィド将軍に掴まれて、津波のようにオルギス王国に流れていく幻獣魔族の群れを見つめていた。
人間が何十人と束になってもかなわないだろう屈強な魔物相手に、オルギス王国からは牽制の声や砲弾が聞こえてくる。目を閉じなくても容易に想像できるほど、人々の恐怖と混乱が届いてくるようだった。
「やめて、オルギスの人たちを殺さないで。」
ラゼットは片手で簡単に自分の腰をつかみ、それを杖のように頭上高くに掲げるダヴィド将軍に揺さぶられる。肉食獣のように鋭利な爪をもつダヴィド将軍の手の表面は、ラゼットが抵抗しようと、ビクともしない鱗でおおわれていた。
人間には到底持てない強靭な皮膚。
彼らのような種族相手に、人間がつくる槍や弓や砲弾が通じるようには思えない。
「離してッ!フラン…っ…アキーム…ぃや」
雪崩に飲み込まれるように、幻獣魔族にのまれようとしているオルギス王国。
火の手が上がり、血が舞い散り、世界を闇で覆いつくそうと黒煙が高く昇っていく。
「いやぁぁああぁああ」
ラゼットは自分を守るために命をとして戦おうとする人たちを想像して泣き叫んだ。彼らは決して諦めはしないだろう。他の大国が地の果てまで逃げたとしても、オルギスの名を背負う彼らは自らの命を投げ出したりしないだろう。
「くっ…ぅ…ぁッ」
「かつてわしらを脅かした最強の矛はもう存在しない。」
ワニのような大きな口で、再びダヴィド将軍が咆哮をとどろかせる。
ますます勢いづいた異形の大群は、オルギス王国に向かって一人残らず突進しようとしていた。けれどそのとき、きっとダヴィド将軍でさえ予期していなかったことに違いない。
特攻隊長とも呼べる巨大な鳥が舞っていた前方の進軍がわずかに止まったように見えた。
「どうした、何をしている。祈りの盾はこちらにある、オルギスを滅ぼすのだ!」
それでも大群は一定の場所から動こうとしない。
祈りの防御壁が破壊されてからいったいどれほどの時間がたち、どれほどの被害が出ているのかわからないが、オルギス王国へ侵略をしていた幻獣魔族たちが虚を突かれたようにその進軍を止めていた。
「ギャアアアッァッァツ」
そのうち、断末魔のような叫び声が徐々に近づいてくる。
「どうした、何をしている…っ…何が起こっているのだ!?」
ダヴィド将軍の焦燥の声の中、ついに現れたのは亜麻色の髪をした人間。
進軍が止まっただけではなく、その大群の波をかき分けるようにして一人の青年がどんどん近づいてくる。なぎ倒すような力技は彼の持つ剣を赤く染め、その後ろからオルギス王国の兵士たちが津波のように続いていた。
「人間ごときに遅れをとるな!」
なぜ、こちら側が侵略されているのだと理解の追い付かないダヴィド将軍の声が大地に響く。
「オルギスの盾は、わしらの手の内にあるのだぞ!?」
徐々に迫ってくる亜麻色の髪の戦士に幻獣魔族たちが倒されていく。
そうして祈りの塔までついにやってきたオルギス兵の先駆者は、息を切らして顔をあげた。
亜麻色の髪、紺碧の瞳をもつ双眼がギロリと塔を見上げて立ち止まる。ダヴィド将軍とラゼットの声が重なったのはそんな時だった。
「誰だ貴様は!?」
「リゲイド様!」
突然現れたリゲイドの存在にオルギス王国の存在を忘れたのか、すべての幻獣魔族たちがリゲイドを目で追っていた。
たった一人で敵陣の先頭を切り進んできた青年。
人間の若者一人に何ができるのかと、これから続く惨殺の序章としては楽しめそうだと、彼らはそう思っていたのかもしれない。
「返してもらうぞ。」
しんと静まり返った空気の中で、リゲイドの声が孤高に響く。
「ラゼットを離せ。」
ダヴィデ将軍をにらむ海のように深い紺碧の瞳が、見たことのない冷酷な色を宿している。
あきらかな怒り。
それは、魔人でさえ畏怖するほどの凶器。
「ふっふははっはははは。」
「きゃァ…~~くっ…ぁ」
ダヴィド将軍はそれを跳ね返すほどの大きな声で笑うと、ラゼットをつかんだ手を大きく掲げ、天に捧げる供物のように力を込める。ミシミシとラゼットの体はイヤな音をあげ、苦しみにもだえる音が漏れた。
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