第14話 信頼できる者(4)
そのうち勝負がついたアキームの戦意がわずかに薄れると、パンパンっと疲れたようにリゲイドは服のほこりをはらった。
「ん?」
またひそひそと場内がざわめき始めたことに気づいて、リゲイドは顔を上げる。
その視線や声が集まる先に顔を向けてみると、腰まで伸びた長い白雪の髪を輝かせながら手を振るラゼットの姿がそこにはあった。そのすぐ横には、銀灰の髪に深碧の瞳をしたいけすかない優男が立っている。
「皆の者、訓練に戻れ。」
勝者をアキームだと勘違いした兵士たちは士気を高めたのか、アキームの統率の声に反応して、各々に訓練に戻っていく。
「ふんっ。」
呆れたように薄く鼻で笑ったあと、リゲイドは興味をなくしたようにその場に背を向けて歩き始めた。
「ラゼット様!」
対照的に自分の横をわき目もふらずに通り抜けていく軍人が一人。
「アキーム!」
天使のように柔らかく響く声が駆け寄ってくる男の名前を包みこむ。
それが自分ではないことをリゲイドは何も思わないのか。仲良く集まる三人に背を向けたまま、訓練を再開させ始めた兵士の群れを縫うように城の中へと消えていった。
「はぁ。」
人のいない閑静な廊下までくると、知らずと安堵の息がリゲイドの口からこぼれ落ちる。
慣れない場所で想像以上に神経がはっていたらしい。疲れたように首に手を当てながら、リゲイドの頭には先ほどの光景がこびりついていた。
「忘れられた友好、か。」
自分が最強の矛である以上、なるべくしてなった夫婦としての相手。最強の盾、ラゼット姫。
昨夜、その甘く切ない声を聞いたことが今では遠い昔のことのように感じるほど、その存在はリゲイドの中でも遠い人物のままだった。
十五年前。レルムメモリアと呼ばれる悲劇がオルギス国に訪れたとき、当時の盾であったラゼットの祖母は、進行してくる幻獣魔族相手に一人で祈りを捧げ続け、この地を守ったと言われている。
ギルフレアの王は矛をともなって参戦すると言いながら、自国の問題を優先して結局参戦しないままオルギスの祈りを見殺しにした。その後、ギルフレアとオルギスの関係が悪化していったのは想像に容易い。
「ていのいい人質だな。」
今回の婚姻は、安易に盾と矛を結びつけたわけではない。
友好条約を復活させるために両国の王が水面下で仕組んだことは明白で、そのためリゲイドは二十歳という若さで他国で死ぬという人生を決められてしまった。
「ったく、勘弁してくれよ。」
友人も知人も誰もいない。見知らぬ土地でただ一人。
婿養子という形で、いまだギルフレア帝国にいい顔をしない国民の王となるために暮らしていくことが義務付けられたとはいえ、王位はまだ譲ってもらっていない。いや、王位自体本当に継承されるのかどうかもわからない。
「あー。まじでやってらんねぇ。」
考えただけでも吐きそうだった。
唯一の便りであるはずの姫君は、幼少期から傍に仕えているフランとアキームという美男子の二人に守られている。夜以外はああして一定の距離以上近づけさせてももらえないだろう。他の一般人と同じように。
「面倒くせぇなぁ。」
そうしてリゲイドは亜麻色の髪をくしゃくしゃとかき回す。
「ま、今は逆に好都合か。」
ニヤリと微笑んだのは何のためか。
「俺はこんなところで立ち止まってるわけにはいかねぇんだよ。」
そうして人知れず風の通りがいい柱にもたれかかったところで、リゲイドはポケットから小さな石を取り出した。
滑らかな白色をした楕円の石。
この世で唯一、自分の宝物だといえるほど大事にしている石。
「やっとここまで来たんだ。」
ぎゅっと片手で簡単に包み込めるほどの小さな石に、リゲイドは息を吹き込むように顔を寄せる。
「負けてたまるか。」
そう念を込めるように小声でつぶやくこと数秒。柔らかな風が通り抜けていったのを感じて、リゲイドはその石から顔を上げた。
薄い紫色の光が風に乗ってリゲイドの体を通過していく。実際には、国全体が紫色の温かな光の波を受けてゆらゆらとうねっているような気配が漂っていた。
「オルギスの国王も自分の娘に対してえげつねぇな。」
ラゼットが祈りを捧げているのだということはすぐにわかった。
わかっていて、リゲイドはその光の派生元となっている塔のてっぺんをにらみつける。
「だけど俺は、お前を守るとは言えない。」
たとえ初夜の次の日の朝に、祈りを捧げることを義務付けられた哀れな王女だとしても。
そうしてしばらく白い石を握りしめたままリゲイドは塔の先を見つめていたが、やがて興味をなくしたかのように、静かにどこかへと消えていった。
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