第36話 王都で結婚詐欺師を追う

 王都の真ん中で、俺たちの乗る箱馬車が急停車した


「どうした!?」


 窓から顔を出すと、御者席にいた赤髪剣士オリガと金髪神官ジュリアが、馬車から飛び降り駆け出すところだった。

 ジュリアが怒りを満面に湛え、俺に答えた。


「見つけた! あの結婚詐欺師! あそこよ!」


「えっ!?」


 ジュリアが指さす先を見ると、なるほどいかにもモテそうな若い男がいた。

 180cmを超える長身で細マッチョな体形、サラサラな金髪のイケメンだ。

 仕立ての良さそうな服を着て、腰に剣を刺している。


 赤髪剣士オリガが人を掻き分けて、結婚詐欺師に突っ込んで行く。


「貴様! そこを、動くな!」


「うおっ! やべえ!」


 結婚詐欺師がオリガに気が付いて逃走を始めた。

 走り逃げる姿さえイケメンなのが、腹立つ。


 男は俺たちから見て、街の奥へ真っ直ぐ逃げた。

 オリガとジュリアが後を追っている。

 俺は馬車の中に乗る全員に命じだ。


「みんな追うぞ! 捕まえろ!」


 冒険者ギルド長のラモンさんが、箱馬車の扉を開け、王都の石畳がめくり上がりそうな勢いで猛ダッシュする。


「よし! 俺は右手に回る! ロール! ついて来い!」


「ちょっと待ってよ!」


 ラモンさんと魔法使いのロールが右手に回った。

 なら、俺たちは左か?


「サラ!」


「ご主人様! 私たちは左から回り込みましょう!」


「よし!」


 箱馬車を飛び出して大通りから脇道へ入る。

 サラは走るのが早い。

 あっと言う間に俺との距離が20m空いた。


「サラ! 先に行け! あいつを捕まえろ!」


「わかりました!」


 足の遅い俺に合わせる必要は無い。

 今は、あの結婚詐欺師野郎を、捕まえる事が最優先だ。

 結婚詐欺師を捕まえ、バルデュック男爵の悪事の生き証人として突き出すのだ。


 し……しかし……、ダッシュはきつい。

 異世界に来る前よりも多少は運動するようになったけれど、冒険者だったオリガたちやサラにはついていけるほどではない。


「ふー、ふー、ダメだ……」


 どの位走ったのかはわからない。

 だけど、もう限界だ!

 石畳の上に俺は片膝をついた。


 四十歳独身貴族に、ダッシュは危険なのだよ。

 足の回転が追い付かなくて転倒してしまいそうだ。


 俺が休んでいると、すぐ先の路地から男が顔を出した。


 あっ!

 あいつ!

 結婚詐欺師だ!


「うおお!」


 俺はありったけの力を両足に込めた。

 しゃがみ込んだ低い姿勢から、結婚詐欺師にタックル。

 そのまま二人は、もつれるように道路を転がった。


「ぐあ! な!? なんだよ!?」


「逃がすか! この詐欺野郎!」


 俺の右手はしっかりと結婚詐欺師の服をつかんでいた。


「離せよ! この!」


「うおっ!」


 結婚詐欺師の放ったケリをもろに腹で受けてしまった。

 体が吹っ飛び、服をつかんでいた右手はあっさりと離れてしまう。


 だが!

 逃さない!


 四十歳独身貴族は粘着質なのだ!

 小僧! 大人のネチネチを教えてやる!


 俺は立ち上がると両手を広げて、結婚詐欺師の前に立ちふさがった。

 さあ、どうする?

 逃がさないぞ! 色男!


 結婚詐欺師が右へ行こうとすると、俺も右へ。

 左へ行こうとすれば、左へ。


 進路を妨害され、結婚詐欺師はイラついた声を出す。


「どけよ!」


「断る!」


 誰が、どくか!

 俺の華麗な横ステップで、オマエを逃がさない!

 カニのように舞い、カニのように刺す!


「くそっ!」


「あっ!?」


 やばい!

 結婚詐欺師が腰の剣を抜いた!

 シャリンと、剣を抜く音がやけに乾いて聞こえる。


 剣を構えた結婚詐欺師の発する雰囲気が凶悪に変わった。

 暴力の臭い……。もの凄い圧を感じる。

 やばい……、どうしよう……。


「お……お……」


「お? 何だ? どけよ!」


「お……お……。オーイ! ここだ! ここにいるぞ!」


 俺は震えながら声を張り上げた。

 喧嘩すらロクにした事がない俺だ。

 剣を持った男と素手で戦えるわけがない。

 出来るのは、仲間を呼ぶ事だ。


「クソッ! テメエ!」


「あわわわ!」


 結婚詐欺師が剣を振るって来た。

 俺は必死に剣を避ける。

 俺の体の右側を剣が通過し、空気が切り裂かれる音が聞こえた。


 こいつ、本気で俺を殺すつもりか!

 恐ろしい……。


 だが、勇気を振り絞って……。

 いや! 違う!

 嫉妬の炎を燃やすのだ!


 この結婚詐欺師の男は……。

 あの女冒険三人組と良い事をしたのだ。


 赤髪剣士オリガの引き締まった体をなめ回し、紫髪魔法使いロールの華奢な体を蹂躙し、そして、巨乳神官ジュリアの乳を揉みくさったのだ!


 マジ許すまじ!

 俺でさえ揉んでないのに!


 俺の中でメラメラと何かが燃え上がった。

 剣を構えた男は怖いが、ここは引くわけにはいかない!


「おい! どけって言ってるだろ! 殺すぞ!」


「いやだ! 揉んだヤツは、ここを通さん!」


「揉んだ? オマエ、何言ってんだ? オラ! どけよ!」


「ジ-ク! ジオン!」


 自分でも何を言っているのかわからないが、とにかく声を出して行こう!

 声を出せば体が動く!


 結婚詐欺師の横なぎの剣を、ギリギリで避けた。


 右! 左! 横! 突き!

 集中して何とか結婚詐欺師の剣を避ける。

 こんなパイ揉み野郎に負けて堪るか!


「ジーク! ジオン!」


「また、それかよ! 意味わかんねえ! 死ね!」


 だが、俺の華麗なカニステップワークも限界を迎えた。

 足の筋肉が疲労したのか、ふくらはぎがプルプル言い出したのだ。


 俺がバランスを崩して転倒した所へ、結婚詐欺師の剣が振り下ろされた。

 その時、人影が走り込んで来た。


 俺と結婚詐欺師の間に、一瞬で入り込み結婚詐欺師の剣を跳ね上げる。


「うおっ!」


「ご主人様! 大丈夫ですか?」


「サラ!」


 サラが合流した!

 助かった。

 サラがショートソードを構え、結婚詐欺師と対峙する。


「もう、逃げられないのです!」


「うるせえ! 俺は……」


 グボウ!

 結婚詐欺師の男の横っ面に、杖がめり込んだ。

 金髪神官ジュリアが路地から飛び出し、結婚詐欺師に一撃を見舞ったのだ。


 吹っ飛ぶ結婚詐欺師、追撃の巨乳……もとい、追撃するジュリア!


「こんのお!」


 体重の載ったトーキックが、結婚詐欺師の横っ腹にめり込む。


「はうあ!」


 ゴロゴロと石畳の上を転がる結婚詐欺師。

 転がった先には、赤髪剣士オリガがいた。


 オリガは、結婚詐欺師の胸倉をつかんで無理矢理立たせると、渾身の右ストレートを見舞った。


「よくも! この下衆!」


「むばあ!」


 言葉にならない声を発して、結婚詐欺師が吹っ飛ぶ。

 吹っ飛ぶ途中で火球が結婚詐欺師に着弾した。


 火球が飛んで来た方を見ると紫髪魔法使いのロールが杖をかかげていた。

 ロールの隣にいる冒険者ギルド長ラモンさんが叱りつける。


「バカ! 街中でファイヤーボールを打つな! 火事になったらどうする!」


「魔法じゃなきゃ良いんでしょ!」


 ロールは、杖を振りかぶり結婚詐欺師に突進し、杖をフルスイングした。

 杖が折れ、結婚詐欺師からベキリと鈍い音が聞こえた。


 普段物静かなロールの豹変に俺とサラは呆然とする。


「ご主人様……」


「どこか折れただろう……」


「止めますか……?」


「あれを? 嫌だよ!」


 結婚詐欺師は、美女三人に取り囲まれてボコボコにされている最中だ。

 あの中に入って行く度胸は俺にはない。


「天罰なのです……」


「そ……そうだな……」


 俺とサラは、ボコボコにされる結婚詐欺師が死なない事を祈った。

 冒険者ギルド長のラモンさんが、頭をかきながらぼやく。


「こりゃ、しばらく終わらねえな……」


「ですね……」


「まあ、あれですよ。この結婚詐欺師野郎は冒険者ギルドに連れて行って締めあげます。ミネヤマ様とサラさんは、明日の料理の準備をして下さい」


 ラモンさんが、締め上げる。

 それはつまり、洗いざらい白状させる為に尋問なり、拷問なりが行われるのだろうな。

 怖い、怖い。


 だが、とにかく結婚詐欺師は捕まえた。

 これで、バルデュック男爵の悪事に関する生き証人を確保だ!

 さあ、明日に備えよう!

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