第35話 唐揚げに何をかけるか?

 荒れ模様の謁見の間から、王宮内に用意してもらった控室に来た。

 ミネヤマ領から同行して来た七人も一緒だ。

 家令のネリー、護衛のサラ、元女冒険者三人組、商人ギルド長のサンマルチノさん、冒険者ギルド長のラモンさん。


 それと、サラボナー子爵も一緒に来てくれた。


「ミネヤマ辺境開拓騎士爵。お疲れ様でした」


「サラボナー子爵、付き添いありがとうございました。しかし……、あまりの展開に驚いているのですが……。今日の私の陞爵は延期と言う事ですよね?」


「そうですな。しかし、ご安心なされよ。明日の晩餐会でミネヤマ辺境開拓騎士爵の料理。カレーを振舞えば何も問題はございますまい!」


「はあ……カレー……」


 もう一度言うぞ……。

 それで良いのか!

 ロレイン王国!

 ま、まあ、カレーを振舞うくらいは……。


 サラボナー子爵は、ニコニコと笑いながら続ける。


「他にも何か美味しい料理があれば、それをお出しいただければ陞爵は間違いありませんぞ!」


「あの……確認ですが……。ホントは、国王陛下が美味しい物を食べたいだけじゃ?」


 俺はじっとりとした目でサラボナー子爵を見た。

 するとサラボナー子爵は、さっと視線を外す。


「頼みましたぞ! ミネヤマ騎士爵! いや、まだ辺境開拓騎士爵でしたな!」


「いや! 誤魔化されませんよ! 今! 目を逸らしましたよね! ちょっと! 王様が食いしん坊なだけですよね!?」


「頼みましたぞ!」


 結局、サラボナー子爵に押し切られて、俺は明日の晩餐会で料理を提供する事になった。


「サラボナー子爵。料理を提供するのは良いですが、足りない物があるので一度ミネヤマ領に戻らなくてはなりません」


「ふむ……そうなると、今日の予定は……」


 腕時計を見ると、ちょうど三時だ。

 これからミネヤマ領に戻って、日本へ行ってカレー粉を買ってとなると今日中に戻るのは厳しい。

 明日の戻りだろう。


「今日、明日の予定はキャンセルですね……」


「ううむ……困りましたな。国王派を始めとした貴族に挨拶の予定でしたが……」


「贈り物は、山ほど用意したのですが……」


「むっ!? 何かお持ちになっているのですか?」


「ええ。ジャージ生地を、プレゼント用に」


 新しくお友達開拓をする為に、ジャージ生地を沢山馬車に積んで来たのだ。

 この世界はワイロ、もとい、贈り物大好き社会みたいだからな。

 小さな領地の新興貴族ミネヤマ家としては、後ろ盾になってくれるお友達が沢山欲しいのよ。


「ふむ。それは良いお心がけですな。よろしい! それでは私が対応をいたしましょう。ミネヤマ殿の代理として対応いたしましょう」


「お願いできますか?」


「ええ。お任せいただきましょう!」



 *



 貴族の先輩方へのご挨拶、と言う名の贈り物攻勢をサラボナー子爵にお願いして、俺はミネヤマ領にある俺の部屋へ戻る事にした。


 家令のネリーと商人ギルド長のサンマルチノさんにサラボナー子爵のサポートをお願いしたので、まあ、王都の方は大丈夫だろう。


 要はワイロが行き渡れば――もとい、プレゼントが行き渡れば、それで良いのだ。

 新人貴族のミネヤマと仲良くしておけば、良いことがあるぞ! と思わせれば、今後俺の貴族生活がやりやすくなる。

 面倒な事を先輩貴族のサラボナー子爵に丸投げできたわけで、結果オーライだ。


 王宮を出て、箱馬車に乗ってミネヤマ領へ向かう。

 御者席に、御者と赤髪の剣士オリガと金髪神官ジュリアが乗る。


 箱馬車の中には、俺、護衛のサラ、冒険者ギルド長のラモンさん、紫髪魔法使いロールが乗っている。

 ロールは『森の定食屋さん』で、料理担当だ。

 馬車の中で、明日の晩餐会の打ち合わせが始まった。


「ご主人様、明日の料理はどうしますか?」


「まあ、カレーで良いだろう。ロールたちも手伝ってくれるな?」


「はい。カレーでしたら、材料もバルデュックの街ですぐに調達できます」


「よし! カレー粉は、俺が調達して来る」


 晩餐会に出すとなるとカレー粉は多めに必要だな。

 何件かスーパーをハシゴすれば、集められるだろう。


 俺は楽観しているのだが、冒険者ギルド長のラモンさんは腕を組み心配そうな顔をしている。


「うーん、それだけで良いですかね?」


「ラモンさん? どう言う事です?」


「いやね。サラさんたちのカレーは私も食べた事がありますよ。あれは旨いですよ。貴族も満足だと思いますよ。ただ、一品だけだと、ちょっと物足りない気がするんですよ」


「そう……ですか?」


「貴族の晩餐会と言えば、色々な料理が出るそうですから。カレー一品だけだとちょっと印象が薄いかなと」


「なるほど……」


 ふむ。

 ラモンさんの言う事もわかるな。

 そうすると他の料理も何か作るか?


 俺が考えていると、サラが元気よく手を上げた。


「ご主人様! そこで唐揚げですよ!」


 出た!

 サラの大好物!

 鶏のから揚げ!


「サラは、唐揚げ好きだよな。まだ、森の定食屋では出してないよな? 大丈夫か?」


「大丈夫ですよ! みんなに練習させているのですよ!」


 サラの鼻息がフンスと荒い。

 ロールさんもサラに同意する。


「あれは美味しいですよ! ロレイン王国にない料理ですから、喜ばれると思いますよ!」


「そうか、それなら唐揚げも出すか。レモンをつけて」


 俺がレモンと言った瞬間、サラの顔が曇った。


「ご主人様……。唐揚げには、マヨネーズだとあれほど……!」


 いかん!

 地雷を踏んでしまった!


 永遠の問題であり、究極の問題でもある、『唐揚げに何をかけるか問題』だ。

 この問題は難解さにおいて、フェルマーの最終定理すら及ばず、意味不明さにおいてヴォイニッチ手稿すら及ばない。


 答えは千変万毛だ。


 かつて……。

 大学時代に秋田出身の友人は俺に問うた。


『峰山、唐揚げにソースをかけて良いか?』


 唐揚げにソースだと?

 ヤツは中濃ソースを掲げてさらに問うて来た。


『峰山は東京出身だから、やっぱり唐揚げには醤油なのか? ソースはダメか?』


 唐揚げに醤油だと?

 唐揚げ粉には、既にススパイシーな味がついているのだ。

 レモンをサラっとかけあっさりと頂く事こそが至高にして、不動であると当時の俺は確信していた。


 だが、秋田の友人の勧め通りソースをかけた唐揚げを食した瞬間、俺の脳髄に稲妻が走った。

 唐揚げにソース!

 これはこれでありだ……。


 そう、唐揚げの神が俺を導いたのだ。

 唐揚げの奥深い世界へようこそ……と。


 唐揚げに――


 レモンがけ。

 醤油がけ。

 ソースがけ。

 ケチャップがけ。

 タルタルソースがけ。

 ネギポン酢がけ。

 おろし醤油がけ。

 七味唐辛子がけ。

 山椒がけ。

 柚子コショウがけ。

 ラー油がけ。

 焼き肉のタレがけ。

 ゴマ味噌がけ。

 なぞの粉がけ。

 そして、俺の名前と真夜と同じマヨネーズがけ。


 恐らく世界には、まだ俺の見ぬ『唐揚げ○○がけ』があるだろう。

 だが、良い。

 今日の所はサラに譲っておこう。


「そうだな。唐揚げにはマヨネーズだな。マヨネーズも忘れないようにするよ」


「それで良いのです!」


 譲る所は譲るのが、円満の秘訣さ。


 かつてドイツ軍の難攻不落の暗号『エニグマ』でさえ、イギリス軍とアラン・チューリングによって解読されたのだ。


 唐揚げに何をかけるのか?

 この謎が解読される日が来ると俺は信じる。


 だが、フィッシュ・アンド・チップス!

 オマエはダメだ!


 王都の街中で、急に馬車が停まった。

 まだ転移門に着いてない。


 外から赤髪剣士オリガと金髪神官ジュリアの声が聞こえた。


『おい! 待て!』


『あいつよ!』

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