第34話 荒れる陞爵の儀式

「おおお! おう! ファンタジック!」


 俺は思わず叫んでしまった。

 転移門を抜けたロレイン王国王都の街並みは、バルデュックの街と大して変わらなかった。


 しかし、王宮は素晴らしい!

 街を抜けると大きな池が見え、対岸に白壁に青い屋根の大きな城が立っていたのだ。あれが王宮だ!

 水面に城が映り込み、なんともファンタジックな眺めに俺はお上りさん気分で、テンションが上がりっぱなし!


 サラも箱馬車の窓から顔を出して、はしゃいでいる。


「ご主人様! 凄いのです! 大きなお城なのです!」


「本当だね! サラ! 大きなお城なだねえ!」


「池も大きいのです! 鴨さんがいます!」


「本当だね! サラ! 鴨さんだねえ!」


「美味しそうなのです!」


「本当だ……えっ!?」


 思わぬ所で文化的なギャップが出てしまった。

 そうか、サラは池の鴨が食材に見えるのか……。

 王宮の近くの鴨だからな、実食はしないぞ!


 はしゃぐ俺とサラに、商人ギルド長のサンマルチノさんが解説をしてくれる。


「この辺りは、ロレイン=エ=シェールと呼ばれる地域でございまして、ロレイン川とシェール川が流れています。池や湖が多い美しい地域で、水鳥も多く生息しています」


「ほう、水辺の地域でしたか。水面に映るお城が素敵ですね!」


「ロレイン=エ=シェールには、水辺の美しい城が多ございます。絵のモデルにも良くなるのです。ほらっ! そこに画家がいますよ!」


 サンマルチノさんの指さす方を見ると、池の畔にイーゼルを立ててお城の絵を描く画家が見えた。

 油絵かな? 大きめのカンバスに、美しい青色がのっている。


 風景画を描く画家がいる。

 ふむ、さすがは王都!

 文化レベルが高いな。


 やがて馬車は、池の端から石造りの橋を渡った。

 さあ、いよいよ王宮だ。


 *


 王宮の謁見の間。

 俺は跪き、ロレイン王国国王陛下に謁見した。

 俺の目の前、一段高い所に王様が玉座に腰かけ、俺の左右は貴族の先輩たちが居並ぶ。

 サラたち同行者は貴族ではないので、謁見の間には入れず前室で俺の様子を眺めている。


 非常にフォーマルな場であるが、俺は相変わらずの黒ジャージ姿だ。

 こうなったら初志貫徹なのだ!

 ジャージを商う者として、宣伝になるからな。

 貴族服を着るのが、面倒だからではないぞ。


 サラボナー子爵が推薦人として、俺の横に立つ。

 陞爵しょうしゃくの時は推薦人が、陞爵する人物の人柄や功績を謁見の間に立ち会う人たちにアピールするのが慣例だそうだ。


 先ほどからサラボナー子爵の演説が始まっていて、俺は褒め殺し状態にあっている。


「――ですからして、ミネヤマ辺境開拓騎士爵は、騎士爵への陞爵に相応しい人物であります」


 長い演説がやっと終わりそうだ。

 いや、儀式とは言え褒め殺しにあうのは、こそばゆい。


 俺の気持ちなどお構いなしに、儀式は続く。

 サラボナー子爵が両手を大きく広げて、謁見の間にいる貴族に問いかけた。


「では、皆さんに問います! ミネヤマ辺境開拓騎士爵を騎士爵へ陞爵する事に、ご異議がございましょうか?」


「異議なし!」

「異議なし!」

「異議なし!」


 謁見の間、左右に控える貴族から、俺の陞爵を認める声が上がる。

 まっ、サラボナー子爵の仕込みだろうけど。

 こう言う儀式は、段取りや形が大事なのだ。


「では、我らロレイン王国貴族一同は、ミネヤマ辺境開拓騎士爵の騎士爵への陞爵を、謹んで国王陛下に言上いたし――」


「い……異議あり! 異議があるぞ! その男は騎士爵に相応しくない! ミネヤマの陞爵に反対するぞ!」


 サラボナー子爵の口上が終わろうとした瞬間に、俺の右側から声が上がった。

 あれ? こんな段取りあったか?

 事前にサラボナー子爵から、一通りの流れは説明を受けたが……。


 顔を上げてサラボナー子爵を見ると、目を見開き驚いている。

 どうやら『異議あり!』は、予定にはない動きだったようだ。


 サラボナー子爵の視線の先にいるのは――。

 バルデュック男爵!

 あいつか!


 でっぷりとした体を貴族服に無理矢理詰め込んだ四重顎。

 周りをきょろきょろと見回しながら、わめきたて出した。


「そ、その男は成り上がり者で無礼な奴だ! ワシは隣の領主だから知っているぞ!」


 バルデュック男爵は一方的に俺の悪口を言い始めた。

 ある事、無い事、と言うよりは、無い事ばかりだ。


 しまいには、三人の女冒険者を罠にはめて奴隷にしたと言い出した。

 それはお前がやった事だろう!


 さすがに俺も聞くに堪えなくなり、立ち上がって反論する事にした。


「バルデュック男爵! 口から出まかせは止めにして貰いたい! 三人の女冒険者を罠にはめたのは、あなただろう!」


「な、何を言うか! そこの前室に三人の女奴隷がいる。その男が奴隷にしたのだ! その三人が証拠だ!」


 バルデュック男爵が指さした先は、控えの間の前室。

 大きな扉は開かれていて、そこから貴族の付き人や護衛が顔をのぞかせている。

 その中に、オリガさんたち三人の姿が見えた。


 クソッ! 目茶苦茶な事を言いやがって!


「バルデュック男爵! 結婚詐欺師を使って、三人を破産させて奴隷落ちさせたのは、あなただろう!」


「な、な、な、な、何の事かなあ~。結婚詐欺師なんて知らないなあ~」


「つい先日も、オリガたち三人の奴隷を自分に寄越せと言ったではありませんか!」


「ふ、ふん! その申し出を、オマエは断ったではないか! 三人の女奴隷を気に入っているからだろう? この下衆め!」


「この……!」


「こ、国王陛下! このミネヤマなる男は、野蛮で粗野で下品な男です! 騎士爵への陞爵など、とんでも無い事です!」


 バルデュック男爵は、ついに国王陛下に直接訴えかけた。

 謁見の間は、ざわつき収拾がつかない。


 ここで頼りになるのは、味方のサラボナー子爵だ。

 俺は小声でサラボナー子爵に話しかける。


「サラボナー子爵、これは……一体……?」


「うむむむ……。予定にない事ですな。恐らくは、王弟派の横槍でしょう」


「王弟派の?」


「ええ。ミネヤマ辺境開拓騎士爵、貴殿は陞爵をしたら国王派入りすると言う事でよろしいですよね?」


 その話しは、商人ギルド長サンマルチノさんを通じて、了解の返事を送ってある。


 派閥と言うと面倒な部分もあるが、派閥に属していれば色々な厄介事や圧力から守って貰える。

 新人貴族の俺には、派閥に所属するメリットは大きい。


 どうせ派閥に属するなら、国内最大派閥で力のある国王派が良い。

 国王派中堅筆頭のサラボナー子爵と面識もあるしね。


「はい。そのつもりです」


「そこの右側、一番奥に立っているのが王弟アンリ殿下です。ほら……してやったりと言う顔をしています……」


 言われた方向を見ると、一際豪奢な赤い貴族服を着た中年男がいた。

 あれが、王弟アンリか?

 ニヤニヤ笑いやがって!


「私のような下っ端の陞爵を邪魔して、王弟殿下に何の得が?」


「国王派の邪魔をしたいのでしょう。国王陛下のメンツを潰す事にもなりますし……。ああ、ちなみにバルデュック男爵は、王弟派です……」


 クソッ!

 いきなり面倒な宮廷内の派閥争いに巻き込まれた!


 バルデュック男爵の言い分は私怨だが、それをこの場でわめき散らして、大事おおごとにしようって訳か……。


 謁見の間の左側から、俺を推す声が聞こえる。


「私は賛成するぞ!」

「そうだ! ミネヤマ殿を騎士爵に!」


 左側は国王派が固まっているらしい。

 一方で右側からは、反対の声、そして罵声が上がる。


「ふざけるな! 成り上がり者が!」

「色事師など、ロレイン王国には不要だ!」


 色事師……。

 まあ、男なら一度はそんな嫉妬交じりの罵声を浴びてみたい気もするが……。

 こんな大事な場面ではねえ……。


 謁見の間がヒートアップして、俺とサラボナー子爵はどうして良いかわからないでいた。

 すると王弟アンリが一歩進み出て、国王に発言した。


「国王陛下! わたくしもミネヤマ辺境開拓騎士爵の陞爵には反対でございます!」


 謁見の間が静まり返る。

 王弟アンリは、気の強そうな赤髪の中年男だ。

 わがままな子供が、そのまま大人になったような印象を受けた。

 王弟アンリは、身振り手振りを交えてまくし立てる。


「女冒険者三人を罠にはめて奴隷にするなど、随分と下品な振舞ではありませんか! 果たして、ロレイン王国貴族に相応しいか? ノン! ノンですぞ!」


 うっさいな! 指を一本立てて、ノン、ノン、とかやめろ!

 それは、お前の派閥のバルデュック男爵がやったんだよ!

 知ってて、言っているだろ!


 俺は、はらわたが煮えくり返っていた。

 その女冒険者に俺は指一本触れられていないのだ!

 それなのに! それなのに!

 こんな風に責められるなんて!

 理不尽! 理不尽だ!

 こんな事なら、せめて一撫でしておけば良かった!


 睨み合う国王陛下と王弟アンリ。

 国王陛下は、品の良いおっとりした感じのおじいちゃん陛下で、金髪に金の口髭。

 やさしげな細い目をしているが、全身から発する威厳はさすが一国の王だ。


 国王陛下が、首を横に傾げゆったりとした口調で俺に問うた。


「ミネヤマ辺境開拓騎士爵よ。王弟は、ああ申しておるが……どうか?」


 目線を上げると、優し気な王様の顔が見えた。

 どうやら、俺を糾弾する気はないらしい。


 よし!

 落ち着け……、こういう時はあせってベラベラしゃべったらダメだ。

 ゆっくり、一言、一言、丁寧に話せば大丈夫!

 四十歳独身貴族は、社会経験が豊富なのだ。

 乗り切れるはず!


「恐れながら、申し上げます。女冒険者三人を罠にはめ、奴隷落ちさせたのはバルデュック男爵でございます」


 会場が再びざわつく。

 バルデュック男爵が何か叫び出したが、王様の一にらみで静かになった。

 王様の俺への質問は続く。


「ふむ。それは真かな?」


「はい。真実です。先日、私がバルデュック男爵と面会した際に、バルデュック男爵が口を滑らせ判明したのです。バルデュック男爵が結婚詐欺師を雇い、三人の女冒険者を破産させました」


「ほう」


「その結婚詐欺師は逃亡中です。冒険者ギルドと商人ギルドが、行方を追っております」


「つまり、冒険者ギルドと商人ギルドが、ミネヤマ辺境開拓騎士爵の言を真実と認めたと?」


「左様でございます、陛下。本日、冒険者ギルド長、商人ギルド長、そして罠にかかって奴隷に落とされた女冒険者三人が同行しており、そこの前室に控えております」


「なんと!」


 よーし!

 再び俺のターン!

 冒険者ギルド長、商人ギルド長、女冒険者のカードを召喚!


 俺の落ち着いた語り口も良かったのだろう。

 謁見の間は、俺に味方する声が多くなった。


 たっぷりと間をとって、俺の旗色が良くなった所で、国王陛下が王弟アンリに聞いた。


「アンリよ。ミネヤマ辺境開拓騎士爵は、こう申しておる。どうやら、証人や当事者も来ておるようだし、証言をさせるか?」


「それには及びますまい。ここは貴族の場、汚らわしき平民が口を聞いてよい場ではございません! ミネヤマ辺境開拓騎士爵に問う! その結婚詐欺師とやらは、捕まったのか? ここにいるのか?」


 王弟アンリの攻撃が俺に向いた。

 俺に吹いていた風が止んだな。

 俺は背中に汗をかきながらも、顔に出さないように努めた。


「いいえ」


「なんと! その結婚詐欺師とやらは捕まっておらぬのか!? ならば証人はいないに等しい! バルデュック男爵が、仕掛けた罠と証明できる者はおらぬではないか! とんだ言いがかりだ!」


 くそっ! ひっくり返された!

 カード召喚は、ブロックされてしまった。


 控えの間では、バルデュック男爵を擁護する声が優勢になって来た。

 まずい流れだ。


 流れに乗って王弟アンリが王様に詰め寄る。


「国王陛下! お聞きになった通りです! このような品の無い男は、我が国の貴族として相応しくありません!」


「ふむ……。品がないは言い過ぎではないか? ミネヤマ辺境開拓騎士爵の受け答えは、見事であったと思うが? それに彼は外国の貴族であると聞くぞ」


「サラボナー子爵の口上は、聞いておりました。ニッボンとか言いましたかな? そのような国は聞きませんな! どこぞの蛮族、野卑な国でございましょう! 文化国である我が国に相応しき人物とは思えませんな!」


 あ! この野郎!

 日本の事をバカにしやがったな!


「王弟殿下! お待ちください! 母国をバカにされては、黙ってはおられませんぞ! 我が母国日本は、文化的で、人々は礼儀正しく、美しい国です!」


「文化的だと? 笑わせるな! その方が身にまとう服を見れば文化のレベルが知れる!」


「この服はジャージと言う生地で出来ております。ジャージ生地は、宮廷にも献上させていただいた優れた生地です。日本は文化レベルが高いから、ロレイン王国にないジャージ生地を生産出来るのです」


「ふん! そのような事で文化的と認める訳にはいかんぞ!」


 俺と王弟アンリがにらみ合う。

 謁見の間は、どよめき、不穏な空気が満ちる。

 すると王様が、のんびりとした声で仲裁に入った。


「ふむ。アンリよ。要はミネヤマ辺境開拓騎士爵が、我が国の貴族たるに相応しい文化的な人物と分かれば良いのだな?」


「むっ……、うーん、まあ、そうですな」


「よろしい。ならばミネヤマ辺境開拓騎士爵に命ずる」


 えっ!? 俺に命令!? 王命ってヤツか!?


「ミネヤマ辺境開拓騎士爵。そちは明日の晩餐会で、料理を披露せよ」


「えっ!? 料理ですか!?」


 意外な言葉に俺はフリーズしてしまった。

 料理? なぜ料理なのか?


「うむ。そちの領地には、珍しい料理があるとサラボナー子爵より聞いた。ならば、その料理でみなを唸らせてみよ。料理は、その国の文化の象徴。そちの料理が皆を満足させれば、騎士爵への陞爵に文句も出まい」


「はっ……ははっ!」


 なぜ、そうなるかは理解出来たような、出来ないような……。


 俺の領地の名物料理ってカレーだよな?

 単に王様がカレーを食べたいだけじゃ……。


 チラリと王様を見ると『食べたい……食べたい……食べたい……』と顔に書いてある。


 それで良いのか? ロレイン王国!

 それらしい理由をつけているけど、王様はカレーが食べたいだけだぞ!


 ま、まあ、それでみんなが納得してくれて、騎士爵に陞爵してもらえるなら、カレーぐらい作るけど。


 最後に、王弟アンリが、俺を怒鳴りつけた。


「ふんっ! 我らロレイン王国貴族は、ちょっとやそっとの料理では満足せぬぞ!」

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