第29話 建設中のミネヤマ領の街

 家令として新たに加わったネリーを連れて、俺の街を案内する。

 サラは俺と腕を組み、べったりとくっついたままだ。


 そんなに警戒しなくても、俺はネリーに手を出さないよ。

 たぶんな……。


「主、かなり開拓が進んでいらっしゃいますね」


 ネリーが街を建設中のだだっ広いスペースを見て、目を見張った。

 無理もない。

 ミネヤマ領は最近王宮に認められたばかりの辺境騎士爵領だ。

 それなのに、魔の森の中に広いスペースが確保されている。

 そりゃ、驚くよね。


 以前から、俺の家を中心に、魔の森が徐々に消失していた。


 最初は玄関の前に駐車場くらいのスペースがあるだけだった。

 それが家の周りにも広がり、駐車場スペースから広場ほどのスペースになり、どこまで広がるのかと思っていた。


 そして、ついに魔の森が消えて行く不思議現象は、先日ストップしたのだ。


 俺の家を中心に空き地が円状に広がっている。

 その円は俺の家の東側にあるダンジョンの手前までだ。

 距離にすると半径約1kmと言った所で、丁度街が一つすっぽり入るくらいの広さだ。


 俺たちはまずダンジョンの入り口に近い所、街の東側へ歩いて来た。

 ネリーにダンジョンの入り口を指さしながら説明する。


「この街の東の外れがここだね。そこに見えるのがダンジョンの入り口だ」


「ほう……あれが……」


 街の東端からは魔の森が広がり、その中を人一人が歩ける程度の小道が10mほどある。

 小道の先がダンジョンの入り口だ。


 ダンジョンの入り口は、南米の遺跡のような石造りの祠で、地下へ向けて階段が伸びているのが、ここからでも見える。

 ネリーは興味深そうにダンジョンの入り口を眺めている。


「ネリーは、ダンジョンを見るのは初めて?」


「はい。私が住んでいたボーフォート子爵領には、ありませんでした」


 へえ、そうなのか。

 ダンジョンはあちこちにある物なのだろうと思っていた。

 珍しいのかな?


「ダンジョンって、どこにでもある訳じゃないんだ?」


「ダンジョンは、魔の森の中や、魔の森の近くにしかございません」


「ふうん。魔の森の持つパワーとか……、そう言うのが影響しているのかな?」


「その通りです。魔の森の地中には莫大な魔力があると言われています。その魔力が、ダンジョンを形成すると言う説があります」


 ほうほう。そうなのか。

 ギュッと腕を組んでいるサラにも話しを振る。


「サラは、そのダンジョンの話しを聞いた事ある?」


「ありますよ。他にも神様が作ったとか色々な説があるのですよ。私は神様が作った説を信じています」


 なるほどね。

 ダンジョンが生成されるメカニズムは、はっきりと解明されていないのか。


 この世界のダンジョンは、ゲームみたいに魔物が自然発生する地下迷宮らしい。

 まあ、そんな不思議なダンジョンのメカニズムを人の手で解明するのは難しそうだ。


 「それから、そこが仮設の冒険者ギルドだ」


 ダンジョンの入り口に近い街の東側に、冒険者ギルドミネヤマ領支部の仮設事務所がある。

 大きな天幕を広げてテーブルを並べただけだが、それでもここはれっきとした冒険者ギルドなのだ。

 天幕の後ろには、建設中の建物が見える。


「もう、冒険者ギルドがあるのですか!?」


「うん。街道が通る前から隣町の副ギルド長と付き合いがあってね。すぐに支部を開いてもらったんだ。ああ、ギルド長がいるから紹介するよ」


 ミネヤマ領の冒険者ギルド長はラモンさんだ。

 お隣のバルデュックの街の冒険者副ギルド長をしていた人で、ちゃんとした格好をしていてもがっちりした体格を隠しきれない。


 ラモンさんに挨拶をして、ネリーを紹介する。


「ラモンさん。こちら新しく家令になったネリーです」


「ネリーと申します。どうぞよろしく」


「ラモンです。こちらこそよろしく」


 ミネヤマ領の冒険者ギルドは、まだスタッフが三人しかいない。

 ギルド長のラモンさん自ら大きな肉切り包丁を振るって、魔物を解体している。


 ネリーは、他のスタッフたちに質問し解体された魔物素材の毛皮などを手に取って見ている。


 ネリーが俺から離れると、ラモンさんが小声で話しかけて来た。


「ミネヤマ様。あの家令……相当やりますね……」


「えっ!? いや、まだヤってないけど!?」


「ご主人様!」


 サラに思い切り腕をつねられた。

 いや、だってさ。本当に、まだ今日あったばかりで俺は手を出していないよ。


 ラモンさんは、ちょっと困った顔をして話しを続けた。


「あー、そうではなくてですね。あのネリーさんは、相当腕が立ちます」


「腕が立つ? 戦闘力があると言う意味でしょうか?」


「はい。歩き方、体さばきに隙がありません。見る人が見れば、わかりますよ」


 そう言う物なのか?

 改めてネリーを見る。


 言われてみれば、かがんだり、立ったりする動きが非常にスムーズで、歩き方も美しさがあるし、アスリートっぽい雰囲気を漂わせている。


「ご主人様。私もラモンさんと同じに感じました。彼女は強いですよ」


「そうか……」


 ネリーが戻って来たので、武術の心得があるのか質問してみる。

 するとネリーは、さも当然とばかりに答えた。


「家令は主人の側に仕えます。いざと言う時に主を守るだけの武力は、幼少の頃より鍛えられ、それなりに身に着けております」


「そ……そうなの。頼もしいね……」


 どうやらこの世界の家令は、ヨーロッパの家令や執事とは趣が異なるらしい。

 お茶を淹れるんじゃなくて、戦闘をこなすのか。

 ネリーにちょっかい出す時は気を付けよう。

 逆撃を食らっては堪らない。


 まあ、あきらめた訳ではないが……。

 あの小柄な体を拘束してジワジワ、チロチロ責めたらどうなるのかなと想像してしまう。

 ネリーのような真面目タイプの女性が、その仮面を脱いだ所が見て見たいのだ。

 オフィスでのOL拘束プレイ的な……アリだな……。


「……ご主人様は、また、何かいやらしい事を考えていますね」


 底冷えするような、サラの声が聞こえたので思考を中断した。

 また、コブラツイストをかけられては堪らない。

 慌てて話題を変える。


「冒険者ギルドは、売り上げの五分を税金として納めてもらう事になっている」


「なるほど。売り上げの五分ですか! ダンジョンがある領地は栄えると言いますが、本当ですね。さすがは主です!」


「おっ……おう!」


 何か分からないがネリーに褒められた。

 良い気分だ!


 しかし、ダンジョンはそんなに領地を富ませるのか。

 俺は荒事は希望していないので、ダンジョンにはあまり興味がなかったのだけれど、これからは少しは興味を持たないといけないな。


「では、この付近は鍛冶職人など冒険者に関する職を持つ者を住まわせますか?」


「そうだね! そういう方向で! ダンジョンに近い東側地域は、冒険者エリアにしたいんだ」


「かしこまりました。武器防具を作る鍛冶職人や冒険者を相手に商売する商人をこの付近に住まわせるようにいたしましょう」


 打てば響くとはこの事だろうか。

 すぐにネリーの方から提案をしてくれた。

 強くて、優秀で、美人なネリー。


 これでちょっとエッチな要素が加われば文句ない。

 今度、スカート丈の短いOLスーツでもプレゼントしてみよう。

 サラの隙をうかがうのだ。


 冒険者ギルドを離れ、街の中心へ向かう。


 街道からダンジョンの入り口の方へ向かって、馬車がすれ違える幅の大通りを一本通してある。

 この大通り沿いが、ミネヤマ領の一等地だ。


 大通りから枝分かれして、舗装中の道路が碁盤の目状に広がる。

 あちこちで土魔法使いが作業中だ。


「主、この街の通りは、かなり幅がありますね」


「うん。馬車がすれ違えるようにしてある」


 俺は日本人だから、道路と言えば自動車が通れるのが当たり前と言う感覚がある。

 だが、この世界では、人がなんとか通れる細道でも道路なのだ。

 ダメじゃないけど、それじゃあ不便だよね。

 そこで、俺の街は俺の感覚を基準にして、道路事情の良い街を目指している。


 大通りから一本入った所は、人が住めるようにあちこちに井戸を掘らせてある。


「それから井戸は、土魔法使いに水脈のある所を探らせてドンドン掘らせているから」


 井戸は土魔法使いが魔法で土を寄せて穴を形成し、穴の周りを石化させてある。

 木製の屋根と釣瓶の昔ながらの井戸だ。

 これがこの世界の標準らしい。


 大通りで建設中の大きな建物を見て、ネリーが足を止めた。 


「主、あの建物は? かなり大きい建物のようですが?」


「あれは建設中の風呂屋。ダンジョン温泉だよ」


「温泉ですか!」


 なんと! ミネヤマ領には、温泉が湧いたのだ!


 井戸を掘る土魔術師から聞いた面白い話なのだけれど、ダンジョンの近くは温泉が湧くそうだ。

 なんでもダンジョンのエネルギーが地下水を温めると言う説があるらしい。


 その説の真偽のほどはわからないが、この世界では、ダンジョンそばに湧いた温泉は『ダンジョン温泉』と呼ばれ冒険者や地元民に重宝されるらしい。

 ちなみに、日本と同じように火山の側に湧く普通の温泉も存在すそうだ。


「仮設の入浴施設は出来ているから、狭くても良ければネリーも温泉を使ってくれ」


「ありがとうございます。では、今晩から早速使わせていただきます」


「うむ」


 サラの隙を見て、風呂を覗きに行こうと心に決めたミネヤマであった。


「街の衛生も向上すると思うから、なるたけ安い料金でみんなに入って貰えるようにしたい」


「かしこまりました。料金の設定と人員を手配いたします」


「頼むよ」


 風呂屋は、かなり前から建設していたので、もう一週間程度で完成する。

 冒険者には、女性もいるからね。

 うちの奴隷三人組もいるし。

 身綺麗にする場所は、提供しないと。


 歩いているうちに俺の家の近くまで戻って来た。

 俺の家の前は、領主の館を建設中だ。


 領主館を建てるのは、ドワーフの大工だ。

 ドワーフ大工は、人族の大工に比べて作業は早い。

 しかし、ドワーフ大工は人気があるので、なかなか人数が揃わないと言う事情がある。

 そこで領主館や優先順位の高い施設の建設に、ドワーフ大工を投入している。


 領主館から、すこし北に行った所に街の広場があり、広場の横が商業エリアだ。


「主、この辺りが市場ですか?」


「うん。領主館が街の中心だから、領主館の近くを商業エリアに設定した。まだ、区分けは出来ていないので、適当に商売してもらっているよ」


 市場は商人が思い思いに天幕を広げ、布をしいて臨時の店を出している。

 小麦や野菜などの食料品、服やタオルなどの日用品など、生活必需品が多い。


 活気があるけれど、かなり無秩序状態になっているのが問題だ。

 戦後の闇市は、こんな感じだったのかもしれない。


「なるほど……。私の方で少し整理をいたしましょう。商人ギルドの方は?」


「サンマルチノさんと言う人にお願いしている」


 バルデュックの街の商人ギルド長サンマルチノさんに、俺の街の商人ギルド長も兼任してもらう事になった。

 何かと調整が多いだろうから、これは適任だと思う。


「ああ、サンマルチノさんが丁度来たな」


 サンマルチノさんが使っている小型の幌馬車がこちらに向かって来るのが見えた。

 しかし、その後ろに貴族用の箱馬車がついている。

 来客かな?

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