第30話 サラボナー子爵とカレー

 貴族の訪問?

 ミネヤマ領に何の用だろう?


 家令のネリーが、すかさず申し出る。


「主、どちらかの貴族のご訪問と存じます。お召し替えを」


「いや、ネリー。俺はこのジャージと言う生地を商っている。宣伝になるから、いつもこのジャージ上下で人に会うようにしているんだ」


 ウソである。

 単に貴族服とか言うのが、お芝居の衣装みたいで嫌なだけなのだ。


「左様でしたか。では、私が先に参りますので、こちらでお待ちを」


 ネリーは、サンマルチノさんの所へ小走りに向かった。

 いやあ、すぐに対応してくれてネリーは適応力が高いな。


 俺と腕を組んでいたサラもパッと離れた。

 来客時には俺の後ろ、護衛としての立ち位置に戻るのだ。

 サラも頭の回転が速くて助かる。


 ネリーがサンマルチノさんと一言二言かわして戻って来た。


「主、サラボナー子爵が、領地の審査にいらっしゃったそうです」


「審査?」


「主は辺境開拓騎士爵でいらっしゃいます。騎士爵への陞爵の審査です」


「ああ! もう来たのか!」


 俺は現在『辺境開拓騎士爵』と言う仮免許みたいな貴族なのだ。


 そこから正式な貴族『騎士爵』にランクアップするには――


 ・戦時に自分を含めて五人の兵を出せる体制になる。

 ・上記が満たされれば、村や町として認められる。


 ――と言う条件が付される。


 つまりちゃんと辺境を開拓して、村や町を造れよ。

 兵隊が出せるくらいの人が住む村や町が造れましたか?

 と言う審査だな。


「サラボナー子爵って、誰だろう?」


 審査にいらしたサラボナー子爵と言う人は知らない。

 俺はふと思った事を口にした。

 するとネリーがさらさらと答える。


「サラボナー子爵は、王都に住まう法衣貴族です。爵位こそ子爵ですが、国王陛下と非常に懇意にしていらしております。国王派では中堅筆頭と言った人物ですね」


 凄いな!

 さすがに家令のお父さんに仕事を仕込まれただけの事はある。


「ありがとう、ネリー。法衣貴族と言うのは?」


「領地を持たず王宮から手当てを貰う貴族の事です。国の政務を行うのが仕事です」


 なるほどね。

 国家公務員がイメージ的には近いのかな。


「国王派なんてのがあるんだ?」


「はい。ロレイン王国貴族の最大派閥は国王派です。次いで王弟派、残りは中立です」


「ふーん、そうなのか、ありがとう。俺は外国貴族だから、そういう情報は助かる。これからもネリーが色々教えてくれるとありがたい」


「ははっ! 承知いたしました!」


 はたして貴族馬車から降りて来たサラボナー子爵は、辺境開拓騎士爵に叙任された時に、王宮の使いとしてきた人だった。


 領主の館は、まだ建設中なので、サラが経営する『森の定食屋さん』にご案内する事にした。


 定食屋さんと言っても建物はまだない。

 俺がホームセンターで買って来たコンクリートブロックを積み上げた仮設の竈が三つ並ぶ。

 竈の近くに、現地の木を切り倒して作った臨時のイスとテーブルが並んでいるだけの屋外臨時店舗だ。


 その中でも最初からあるレジャーテーブルは一等席なので、サラボナー子爵をレジャーテーブルに案内した。


 俺、サラボナー子爵、同行して来た商人ギルド長のサンマルチノさんが座り、護衛のサラと家令のネリーは、俺の後ろに立ったまま控えている。


 うん、なんかこう言うポジションになると俺が偉そうに見えるので良い。

 四十歳独身貴族は、本物の貴族に一歩一歩近づいているのだ。


 席に着くとサラボナー子爵がゆっくりと話し始めた。

 いかにも育ちの良さそうな落ち着いた話し方だ。


「ミネヤマ辺境騎士爵。ご領地の開発は順調のようですな」


 俺もなるたけ落ち着いた声で、余裕たっぷりの芝居をしながら答える。


「いえいえ。まだ子爵をお迎えできるような館が建っておらず、このような場所にご案内してお恥ずかしい限りです」


「なんの! お気になさらず! 軍を率いる時は、野営をいたしますからな」


「そう言って頂けると助かります」


 サラボナー子爵は、顎髭細身で四十歳くらい。

 育ちの良いお坊ちゃんが、そのまま大人になった感じだ。

 

 この人が国王派の中堅筆頭……。

 商人ギルド長のサンマルチノさんも良い人にツテを持っていたな。


 しばらく領地関連の話しをしていると、金髪神官ジュリアさん、赤髪の剣士オリガさん、紫髪の魔法使いロールさんカレーとパンを運んで来た。

 今日の三人の姿は、この世界の平民服にエプロンをつけた店員スタイルだ。


 結婚詐欺で奴隷落ちした女冒険者三人組だが、落ち込む事なくサラと一緒に店を切り盛りしてくれている。

 お陰でサラがぐったりと疲れる事も無くなったので、俺は感謝しているのだ。


 ちなみに、サラのガードがきつくて、三人には指一本も触れられていないぞ。

 高い金をだしたのに、何たる事であるか……。


 もちろん、サラには満足しているのだが、他の奴隷を買ってみると、『それはそれ』、『これはこれ』、『食後のデザートとラーメンにトッピング追加するのは別腹』と言う気分になるのだ。


 ふっ……四十歳独身貴族は貧乏性なのだよ。なんとなくもったいない気がするのだ。


 さて、オリガさんたち女冒険者三人組を買ったのは、この日の為でもあるのだ。

 俺はオリガさんたち三人に整列するように命じ、サラボナー子爵に紹介した。


「サラボナー子爵。この三人は元冒険者で、オリガ、ジュリア、ロールと申します。私と護衛のサラを合わせて、ミネヤマ領から五人従軍出来ます」


「大変結構ですな。街も既に立派な建物が出来上がりつつありますし、王宮に騎士爵への陞爵を申請いたしましょう」


「ありがとうございます!」


 良かった!

 この申請が通れば仮免貴族卒業だ!

 騎士爵になれば、俺の子供がこのミネヤマ領を継ぐ事が出来る。

 将来の事はわからないが、やれる事はやっておかないと。


 では、食事!

 と、なった所で、サラボナー子爵が不思議そうな顔でカレーを見ながら質問して来た。


「ところでミネヤマ辺境騎士爵。この料理は……?」


 サラボナー子爵は、見慣れない料理にキョトンとしている。

 俺はカレーをかき混ぜ、サラボナー子爵に具を見せながら説明をする。


「これはカレーと申しまして、ミネヤマ領の名物料理です! 辛いシチューで、非常に評判が良いのですよ! ジャガイモ、ニンジン、玉ねぎ、ピーマン、肉が入っております」


 肉の種類をサラに確認するとオーク肉だそうだ。


 最近、森の定食屋さんでは、日本ではなく、現地で野菜や肉を調達してサラたちが料理を作っている。

 その方が割安らしい。カレー粉だけは、俺がスーパーで買って渡している。


 日本の食材で作ったカレーと、それほど味の差は出ない。

 煮込み料理だからかと言うのもあるのだろう。


 最初は魔物『オーク』を使ったカレーに抵抗があったが、食べてみたら普通のカレーだった。

 オークカレーも、ポークカレーも似たようなもんだ。


 サラボナー子爵は、見た事のない料理を無邪気に喜んでくれた。


「ほう! 名物料理ですか! それでは早速いただくとしましょう。や……これは……! ホフ! ホフ!」


「パンにつけて頂くとさらによろしいかと」


「フム! フム! ホフ! ホフ! いやあ、これは何とも初体験の味ですな! 舌を刺激する鮮烈な辛さ! しかし、辛さのなかにもコクと味わいがある!」


「香辛料が入っていて、体も温まりますからね。私の国で人気のある料理ですよ」


「ほうほう! お国の料理ですか!」


 サラボナー子爵は、ガツガツとカレーを平らげ満足そうだ。

 うん、俺も美味かった。

 サラたちの料理の腕は確実に上がっているね。


「いや、すっかりご馳走になりましたな」


「子爵のお口に合いましたようで、ホッといたしました」


「それで私はこれから帰るのですが……。少々、お願いがありましてな……」


「何でしょう?」


「そのジャージなる生地を、分けていただけないでしょうか? いや、実は王都の貴族の間でジャージ生地が話題になっておりましてな。なかなか手に入らないのです」


「ああ、それならジャージ生地をお分けいたしましょう!」


 日本と違って、この世界ではギブ・アンド・テイク、ワイロみたいなお友達へのプレゼントは、当然の事だ。


 ジャージ生地で、サラボナー子爵のご機嫌が良くなるなら安い物だ。

 王宮で国王陛下に俺の騎士爵陞爵をプッシュしてくれるだろう。


 サラボナー子爵には、ジャージ生地と100万ゴルド、金貨十枚をお渡しした。

 これで騎士爵への陞爵間違いなしだろう!


 サラボナー子爵の帰り際、商人ギルド長のサンマルチノさんがそっと耳打ちして来た。


「バルデュック男爵が面会を希望されております」


「わかりました。明日の午前中にお伺いするとお伝え下さい」


 何だろうね?

 俺は特に用事はないのだけれど?

 また、何か文句を言われるのか?

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