第6話 異世界バルデュックの街

 月曜日、俺は有給休暇の申請を出した。

 そして年下上司に嫌味をネチネチと言われている。


「いや、峰山さんね。有給とか……。ねえ……」


「急で申し訳ないのですが、去年も有給がとれませんでしたので。お願いします!」


「そうじゃなくてさ。有給休暇何て、あってないような物じゃない。有給をとらずに働くのが、職場に対する礼儀だと思うけどね」


 そんな礼儀は知らない。

 どうもなあ。この上司は優秀な事は、優秀だけれど、自分の考えを部下に押し付ける所があるよな。


 上司なりの仕事へのこだわりとか、マイ仕事道みたいなのがあるのだろうけれど、俺もそれに倣えと言うのは迷惑だよな。


「それはそうかもしれませんが、ずっと有休を取っていませんし。お願いできませんでしょうか? GW中も結構仕事に出てきましたし、まだ代休もいただいてません」


「うーん。GW中の出勤は自主的な物でしょ? それは代休の対象にはしたくないな。自己研鑽って言葉を知っているかな?」


 クドクドクドクドと上司の語りが続く。

 こうなりゃ最後の手段だ。


「あー、どうしても難しいなら。私が人事部に直接掛け合いましょうか?」


「チッ! そこまでしなくても良いですよ。まあ、今回は特別に許可しましょう」


 ふん!

 俺が人事に行ったら、オマエが部下に有給を取らせないようにした事がバレるからな。

 何が特別だよ!

 こっちは四十歳独身貴族様だぞ!


「ありがとうございます!」


 まあ、良い。

 今日の所は頭を下げてやるぜ。

 急な有給申請だしな。


 こうして俺は、土曜日から水曜日まで五連休を勝ち取った。

 異世界の街に行くからな。

 スケジュールには余裕を持っておかないと。


 一日歩かなきゃならいから、リュックだの水筒だのも準備しなくちゃ。

 かなり楽しみだ!



 ――そして土曜日。早朝にドアが叩かれた。


 ドンドンドン!

 ドンドンドン!

 

「ミネヤマ殿! お迎えに上がりました!」


 あっ! この声は!

 最初に出会ったオリガさんの声だ!


 俺は早起きしていたので、すぐに出掛けられる。

 ドアを開けると、オリガさんたち女性三人と男性が三人迎えに来ていた。


「奴隷商人のブッチギーネさんから、護衛の依頼を受けました。バルデュックの街まで私たちが護衛します。こちらの三人は奴隷商人のブッチギーネさんがつけてくれた人です。二人は護衛、一人は荷物持ちです」


「よろしく」


 俺のテンションは低い。

 何故なら俺は知ってしまったのだ。

 オリガさんたちは、将来を約束した男とパコパコしているのだ。


 このビッチどもめ!

 俺の純情ハートをもてあそびやがって!

 四十歳独身貴族は、拗らせやすいのだぞ。


 彼女たちの水筒に水の補充を無言で行う。

 そしてすぐ出発だ。


 今日、俺の服装は、黒のジャージ上下に履き慣れたスニーカーだ。

 見た目より楽さを重視した。

 一日歩くなんて小学校の遠足以来じゃないか?

 だが、奴隷を買う為にはなんのそのである。


 そして、左腕に母からもらったローズクォーツのブレスレットをつける。

 このブレスレットは今まで使っていなかった。


 けれど、この世界でパワーストーンは魔道具の素材になる高級品だ。

 もし、お金が足りなくなったら現地でこれを売れば良い。


 それに母によれば、ローズクォーツは恋愛運アップらしい。

 可愛い奴隷に出会えるようにと願をかけておこう。


 先頭はオリガさんが歩き、一列になって進む。

 俺は真ん中だ。

 ここが一番安全らしい。


 着替えや金貨が入った俺のリュックは、荷物持ちの若い男性が背負ってくれた。

 手ぶらで歩けるのは非常に助かる。


 四十歳独身貴族は、若い頃に比べて体力が落ちているのだ。

 見栄を張っても仕方がない。

 持ってもらえる荷物は、素直にお願いしよう。


 水筒だけタスキにかけて、ちょいちょい水分を補給して歩く。

 異世界の森の中、獣道のような細い道を進む。

 下草が踏みしめられただけの道だ。


 魔物の襲撃を警戒して進むので歩く速度はあまり早くない。

 これなら普段運動をしない俺でもついて行けそうだ。


「この木のマークが目印です。矢印が指している方がバルデュックの街です」


「なるほど」


 俺のすぐ前を歩く革鎧を着た若い男性が説明してくれる。

 弓矢を持っているので、彼は弓士だろう。


 木の幹に大きく矢印が掘り込まれている。

 矢印は日本と同じだから、わかりやすい。

 万が一はぐれた時の為に、このマークは覚えておこう。


 歩く事一時間。

 そろそろ飽きて来た。

 と思ったら、隊列が止まった。


 先頭のオリガがしゃがみ、全員それにならう。

 何かハンドサインを送っている。


 数字の一?

 頭に角?

 長い耳?


「ホーンラビットですね……。ちょっと前へ行って来ます」


 俺の前にいた男性弓士が小声でそう告げ、そっと前方に出た。

 あのハンドサインは、『敵が一匹』、『魔物ホーンラビットが出た』と言う意味か。


 しばらくすると『キュウ!』と言う鳴き声が聞こえた。

 そして隊列が進みだした。


 どうやらホーンラビットを倒したらしい。

 血を流して倒れるホーンラビットは、日本で見たウサギより二回りは大きい。

 頭に鋭い角が一本生えている。

 あの角で刺されたら、やばいな。


 荷物持ちの男性がホーンラビットを手早くズタ袋に放り込み行動再開だ。


 その後、時々休憩を挟みながら、一時間に一回程度のペースでホーンラビットに遭遇しながら進んだ。

 ホーンラビットは全て護衛が倒してくれたので、特に危険は感じなかった。


 朝六時に俺の家を出発し、歩く事十時間。

 夕方四時にやっとバルデュックの街が見えた。


「あれがバルデュックの街が!」


 足元が履き慣れたスニーカーとは言え、こんなに歩く事は普段ないので足が痛い。

 がんばって歩いたので、達成感がハンパない!


 俺たちは魔の森を抜け丘の上に立っているので、バルデュックの街が一望できる。

 バルデュックの街は城壁に囲まれた城塞都市だ。


 ただ、規模がデカイ!

 日本の街よりも大きいと思う。


「デカイ街だな……。よくあれだけの城壁を造ったもんだ……」


「魔物の襲撃に備えてですよ。城壁は今も増築しています」


 弓士のお兄ちゃんが教えてくれた。

 彼は奴隷商人ブッチギーネが護衛につけてくれた人で、道中色々教えてくれている。


 城壁に近づくと門が見えて来た。

 長い槍を持った門番が四人、のんびりとした雰囲気で番をしている。


 先頭のオリガさんが片手を上げて挨拶をするとあっさりと通してくれた。

 弓士によると奴隷商人のブッチギーネが門番たちに話を通しておいてくれたそうだ。

 そうでないと身分証の確認やら手続きしないと街に入れないらしい。


 城壁を通ると日本とは違う街並みが広がっていた。


「ほう! なかなか素敵な街だね!」


 俺が褒めると護衛の連中は胸を反らしてちょっと得意げだ。

 道路は石畳で舗装されていて歩きやすい。

 ゴミは落ちていなくて、なかなか清潔だ。

 家は二階建て、三階建てで、赤レンガ+木造建築だ。


 それよりも圧倒されるのは、街の住人だ。


「いろんな種族の人がいるね……」


 人間以外の種族が沢山いる。

 予想はしていたけれど、実際に目にするとかなり衝撃だ。

 弓士が教えてくれる。


「そうですね。あのヒゲもじゃはドワーフ。そこの剣士は竜人。左の店の前でリンゴを買っているのはエルフですね」


「ほう」


 リンゴを買っているエルフのお姉さんは、期待にたがわず美人である。

 四十歳独身貴族は、美人が大好きだ。


 あなたのマナは光り輝いていますよ!

 僕のマラにエンチャントしてくれませんか?


 大通りをしばらく歩くと一軒の宿屋に着いた。

 宿屋と言うよりはホテルだな。

 床には絨毯が敷いてあって、内装は木だけど高級感がある。


「今夜はこちらでお休みください。翌朝お迎えに上がります」


「うん。ありがとう。ご苦労様でした」


その日は疲れもあって、すぐに寝た。

ちなみに夕食は、何かの肉ステーキとパンに生野菜サラダ。

肉自体は美味いが、味付けが塩コショウで物足りなかったな。

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