レポート31:『変貌』
いつにも増して静かな空気に息を呑む。
黒木先輩がボールを持って、そろそろ10秒が経過する。
ドリブルの遅い姿からは、一見無気力に感じられるが、取れそうな気がしない。
今ここで取りに行けば、空いたスペースに切り込んでシュートを決められる。
頭というより、本能が叫んでいる。
一体、先輩は何を考えているのだろうか。
「ぇ……」
今、何が起こったのだろうか。
それが一瞬、わからなくなる。
瞬きをした直後、黒木先輩は既に宙を舞っている。
今さっきまで突いていたボールが、黒木先輩の頭上に掲げられている。
ただ単純なジャンプシュートに気づく暇もなく、身動き一つ取れずに背後からはボールがネットを潜る音と、床に叩きつけられる音が聞こえてくる。
着陸する先輩を目に気づいたのは、プレーを重ねる度に集中力が増しているという事実と、プレーのキレが確実に良くなっているということ。
笑えない冗談だった。
「もっと真剣にかかって来いよ」
低い声音で、落ち着きのある態度で、発言する黒木先輩に瞬きを繰り返す。
まさか不真面目な先輩から真剣という言葉を貰うなんて思いもよらない。
この数分間で、どんな心境の変化をしたら、そんな態度を取れるのだろうか。
それが不思議でたまらなかった。
「その台詞、追いついてから言ってください」
勝負を仕掛けたのはこちらでも、かかってくるのは先輩たちの方で、こっちは先輩たちにシュート1本分リードしている。
「ふ」
『そんな点差、すぐにでもひっくり返してやる』と言わんばかりに鼻で笑う黒木先輩にフードの下では苦笑いが零れていた。
本領を発揮し始める先輩は、さすがバスケ部だと称賛するより、やはりバスケ部なのだと引け目を感じてしまう。
自分は未経験者で、そんなのは当たり前のことで、周知たる事実で、負けて当然の相手だと
自分が劣っていることは百も承知で勝負を吹っ掛けたのだから。
今更嘆いても仕方ない。
『フー』と息を吐いて、気を取り直す。
兎にも角にも、自分は立てた作戦を遂行して、初志貫徹するだけである。
そうして勝負は3対2となって、4回戦へと突入していた。
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