レポート32:『三枚目の道化師』
ボールを持ち、あと2本決めればうちの勝ちということで、余裕をこきたかったのだが、生憎現実は、そうも言っていられない。
先輩らの真剣な表情、その目から伝わる確かな熱が、静かな闘志となって体育館中に充満している。
そんな圧を前に臆することなく張り合っている見方を眺め『運動部、
その中でも、未だ攻撃に参加できず、ディフェンスばかりでフラストレーションを溜めまくりのヤンキーが、いつにも増して大人しく、つられて冷静になる。
それを見て思い出すのは、先ほど氷室が放った『俺が暴れる』という一言。
作戦の要であり、頼みの綱であり、最後を飾る立役者であると同時に最後の砦でもある。
そして、それを叶えるためには三枚目の存在が必要不可欠。
人を欺き続けた道化師が、どれだけプロを翻弄できるか。
騙し出し抜き、主役に繋げるという大役を担わされ、ため息が零れる。
要するに氷室が活躍するためには、自分が先輩をどうにかして振り切らなければならないということ。
「簡単に言ってくれる……」
残り2本が、どれだけ悪戦苦闘の道なのか。
氷室はそれをわかっているのだろうか。
油断も隙も無い先輩を抜くか、パスを出すか。
それができなければ、氷室にパスを出すどころか、勝つことさえ儘ならない。
もしかしなくとも、もう先輩たちにフェイクの類は通用しなくなってきている。
慣れれば大したことはない。
人を脅かすというのは、不意にやるから強烈なインパクトがある。
だが自分には先輩たちに勝る武器において、騙す以外の選択肢はない。
それが先輩たちにもわかっているから、使えば使うほどインパクトは少なく、効果はどんどん薄くなる。
つまりは、隙がないところから隙を生み出し、そこを突いてきた攻撃が、回数を重ねる度に慣れられて、抜きづらくなっている。
冷静な思考を持ち合わせた先輩をどれだけ出し抜けるか。
経験者を未経験者が凌駕しなければならない戦いなど、苦戦も必死。
とりあえず、この場面で使えそうな技、通用しないような技が、あと幾つあっただろうか。
ゴールを見上げて、考えてみる。
――そういえば、あれやってなかったな……。
今までずっと、抜きに行くことばかり考えていた。
ゴールに視線を向けては、シュートモーションに入る。
その動作を繰り返していた。
先輩たちにはもう、ゴールに視線を向けただけではシュートはしないという認識で納まっている。
それを証拠に離陸せず、こちらの様子を窺っている。
おそらくはドライブもきっと、つたなく素人であると格付けが済んでいる。
ならば、無理に抜きに行くこともないだろうと、考えることをやめにする。
「―――」
ドリブルをやめ、ボールを右脇に抱える。
違和感を持つ先輩らの視線を他所に左手でピースサインを送る。
その後、2回ほど指折り曲げては合図する。
そこに氷室と富澤は、すぐさまハーフラインへと全力でダッシュする。
「……っ!」
ゴールから近ければ近いほど、シュートが入る確率は高い。
この勝負の勝利条件もシュートを決めた本数であるため、大体の選手は確実に決めるために切り込むことを考える。
だからこそ先輩たちは、3Pラインより内側を守っており、ゴールへの侵入、外からのシュートを警戒していた。
それが、ハーフコートにおけるバスケットのセオリーであるから。
けれど、自分が提示したのは、あくまでもハーフコートの試合。
誰も3Pラインより遠くからの攻撃がないとは言っていない。
故にゴールから垂直に離れていく二人を久保先輩と多田野先輩は茫然と見逃している。
良くも悪くも、こちらのチームにはシューターが二人いる。
しかも、二人が得意なのは3Pラインより外側のアウトサイドシュート。
おかげで、どちらにもパスを出すことができ、どちらにパスを出すのかは、黒木先輩にはぎりぎりまでわからない。
案の定、背後から現れる後輩たちの姿に翻弄されている。
「富澤!」
氷室よりも早く、自分の真横の位置で立ち止まった富澤にパスを出そうと肘を伸ばし、同時に地を蹴る。
「させるか!」
諸々の視線と、富澤が氷室より早く反応していたことから、黒木先輩はそれを読み、身体全体でパスコースを塞いでくる。
しかし、目の前に現れた黒木先輩に自分は何一つとして動揺してはいない。
なぜならここで、大きな落とし穴が二つあるから。
どうして合図を出しながら、運動神経の良い氷室が富澤よりも反応が遅かったのか。
どうして富澤にパスをするだけなのに自分は地面を蹴ったのか。
そんなものは言わずとも知れている。
全ては仕組まれたものであるから。
その一言に尽きる。
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