レポート28:『お前もイケメンかよ』
折り返し地点の3回戦。
5本先取の勝負は2対1で、こちらが優勢。
ただドリブルを突き、先輩たちの表情を窺ってみるに全員が真剣な眼差しで、こちらを見ている。
完璧なディフェンスで富澤と氷室の動きを封じている。
あんなにも鬱陶しそうに歯を食い縛って苛立つ氷室は久しく見る。
富澤も、圧倒されながらも必死に足掻いてはいるが、早々に逃れられはしないだろう。
パスを貰いに来ようとすることもできず、シュートを決めようにも得意な場所への位置取りもできない。
走って振り払うこともできなくはないが、簡単にはいかない。
本気になると人は、ここまで闘争心を剥き出しに頑張れるのだと思うと感慨深い。
「そんなこと考えてる場合でもない、か……」
もしかしなくとも、この形は
やられっぱなしでは終われないと、黒木先輩の意地がそうさせている。
――TEAMにI、〝私〟という
ふと、とある漫画で聞いた誰かの名言が脳裏を過ぎる。
チームワークで大切なのは、自分が目立つことではなく、協力すること。
そしてWINという勝利の中には、勝者である自分、Iという文字がある。
英語版の言葉遊びみたいなものだが、意味合い的には確か、そんな感じだったように思う。
それがとても印象的でよく覚えている。
その言葉と、現状とを比べてみると、先輩たちのプレーに苦笑してしまう。
確かにチームにIという文字はないのだろうが、黒木先輩に合わせ、多田野先輩と久保先輩が動いている。
黒木先輩だけがワンマンプレーを継続し、固執している。
今までと違うのは、確かな協力という態勢が成されているということ。
独断ではない。
自分勝手に動くわけじゃない。
彼なら止めてくれるという絶対的な信頼を置かれ、託されている。
冷静な判断と共に助けてくれる人がいて初めて成される構図。
一対一であれば負けることはないという勝算、油断はないという真剣な面持ち。
予想してはいても、想定以上に厄介な戦いになりそうだと唾を飲み込む。
「―――」
ふっと息を吐いて、身体の力を抜き、体勢を低くする。
ドリブルは苦手、レイアップシュートはできない。
先ほどもドライブで抜きに行ってはいても、下手なものを誤魔化すためにドリブルを突いた回数は少ない。
自分にできる技と言えば、見様見真似で磨き続けたジャンプシュートで、ドライブの練習はあまりやったことはない。
「さて、どうしたもんかねぇ……」
どんなに様子を窺ってみても、相手に隙が生まれる気配はない。
ここはもう、一か八か。
勝負に出るしかないだろう。
「……っ!」
ゴールを見やり、ボールを両手で支えようとシュートモーションに入る。
それを先輩は防がんと高いジャンプを披露する。
だがこちらはまだ、ボールを持っていない。
だから『上手くいって良かった』と、ドリブルを再開し、先輩が宙に浮いている間に中へと切り込む。
――シュート・ヘジテイション。
ドリブルを止めて、シュートを打つように見せかけて突破する技術。
ドライブテクニックと言うよりは、シュートフェイクの類で、今まで連続で決めた本数と、本気で打つつもりだったからこそ、より一層引きつけやすい状態で、先輩の目を欺くことができた。
今度は完全にボールを持ち、シュートモーションに入った時、目の前にすかさず久保先輩がヘルプに入る。
同じ過ちは繰り返さないと言わんばかりに久保先輩は多田野先輩のように跳んではいない。
おそらくは、打ったと同時に跳躍し、シュートを叩き落とすつもりなのだろう。
背後からはスキール音が聞こえ、着地した黒木先輩が、二対一でシュートを止めんと動き出している。
「へい!」
そこへフリーになった氷室から声が掛かり、パスを出そうと身構える。
しかし、黒木先輩がすぐそこまで迫って来ている。
先輩ら全員の視線が瞬時に『氷室輝迅』へと集中している。
「……っ!」
すると視界の隅で、一人の後輩が足音もなく全力疾走している姿が見える。
多田野先輩から大幅に距離を置き、背後のフリースローラインでスピードを落としている。
ふっと笑みが零れ、氷室に向け伸ばし掛けた肘を曲げ、地を蹴り、宙を舞う。
「んにゃろ……っ!?」
久保先輩が跳躍し、その巨体が前方を覆う。
氷室の前には黒木先輩が割って入り、少しでもパスをする素振りを見せようもんなら、カットするぞと圧をかけてくる。
「ん? ……あ、あれ!?」
今更気づいたのか、ふと背後を見た多田野先輩の慌てふためく声がする。
どうやらこちらのプレーに気を向けすぎたようで、富澤の居場所を確認すると全力で後を追っていた。
「
それを嘲笑うように呟きながら、左手で支え、右手で持っていたボールを抛る。
けれどボールは、ゴールとは反対の方向へ放物線を描き、バウンドする。
「……っ!」
右手で押し出すシュートとは違い、通常とは異なるスナップの利かせ方をしたことで、ボールには逆の回転が掛かり、後方へと飛んでいる。
多田野先輩が向かっているということで、ボールはやや左寄りになるよう抛っている。
「―――」
半歩ずれることで、富澤は難なく跳ねたボールを胸元でキャッチする。
それが富澤へ向けた最大限の配慮で、誰にも捕まらない位置取りで富澤は安心してシュートを放てる。
「なに……っ!」
3Pラインよりも近いからこそ、富澤の成功率からシュートが外れる可能性は低い。
多田野先輩が追いつく頃には、案の定、何の心配もなくボールはネットを潜っていた。
「嘘だろ……」
互いに地に足を着け、久保先輩の驚愕の表情が目に映る。
横には、黒木先輩の顰めた顔、氷室の怖い笑みがある。
しかしこの場で最も印象的だったのは、唖然とする多田野先輩の顔よりも、シュートを決めた後に残った富澤の余韻に浸る顔で。
それを目にした瞬間、自然と笑みが零れていた。
栗色の髪の隙間から見える、エメラルド色に輝くつぶらな瞳。
顔の全体像が把握でき、それが印象深く、一つ思う。
お前もイケメンかよ、と。
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