レポート27:『ヒリついた空気』
一通りの回想を終え、現状を鑑みて確信に至る。
「このまま作戦通りに行くぞ」
「おう」
「はい」
ただそれだけを伝え合い、情報の修正はなく第2ラウンドは開始される。
こちらのポジションは変えず、相手もまたポジションを変えることはなかった。
ドリブルしながら、再び黒木先輩と対峙する。
おそらく先輩らは、先ほどのプレーがまぐれだと思っているということで、作戦通り、その隙を突かせてもらおうと思う。
先輩の頭の中でフード野郎の位置づけは、粋った初心者と言ったところか。
未経験者がそれなりの動きをしているだけというのが先輩らの見解だろう。
実際、その推察に間違いはない。
だからそれを今から嘘にする。
「また……っ!」
今度は本気で黒木先輩の右横を先手同様ダックインで抜きに行く。
当然、黒木先輩は壁となって立ち塞がってくる。
だから右手でボールを掴み、身体を反転して黒木先輩の左横を通過する。
「な……っ」
ロールターンという技に黒木先輩はまんまと引っ掛かってくれる。
立ち止まり、シュートモーションに入る。
黒木先輩の重心は完全に右に傾かせたことで、コンマ数秒の隙が生じている。
追いつかれないうちにすかさずシュートを決めなければならない。
左手でボールを支え、ゴールに向かい放とうと構える。
そこへ多田野先輩がヘルプに入り、ゴールとの間に跳んで割り込むことで、シュートコースを遮ってくる。
――予想通り。
まぐれとは言え、こちらはシュートを1本決めている。
対し相手は、攻守交替していながら、点を決めることができなかった。
だからこそ、念には念をということで、黒木先輩が抜かれた時には、残りの二人がヘルプに入り、止めようという算段だった。
故に氷室には、抜きに行った先で近くにいる久保先輩をヘルプに来させないよう全力で抑えることを指示していた。
すると残りは、多田野先輩だけとなり、ヘルプに入ることになるが、防ぐにも多少距離があり、シュートに追いつくには跳んでコースを塞ぐしかない。
それを読んでいたからこそ、ボールは敢えて、手から離してはいない。
「……っ!」
落下しながら目を見開く様子から、多田野先輩は今『打たない、だと……っ!?』とでも思っているのだろう。
沈んでいく先輩を眺め、徐々にゴールが視界に入る。
ここで、シュートを放つタイミングをワンテンポ遅らせたことで、黒木先輩が後ろからシュートを叩き落としてくる可能性が出てくる。
そうなった場合、フリーになった富澤が、黒木先輩を近づけぬようスクリーンアウトという壁技で遮り、動きを封じるよう命じてある。
「この……っ!」
黒木先輩がやってこないということは、富澤がちゃんと仕事をしているということで、先輩の声が確かに聞こえたことで、頬が綻ぶ。
低身長プレイヤーが、自分よりでかい相手に勝つためには、高さを補うだけのバネ、小柄な体を活かした高速なプレーで圧倒するしかない。
壁も何もない状態で決めることが、最も高確率で点を取得できることであり、フリーになったからには絶対に決める。
それができなければ、そこに居場所はないから。
誰よりも不利な条件で、誰よりも劣っている状況下で、それでも勝ちたいと願うなら、誰よりも勝っている武器で挑むしかない。
自分が何のためにいるのか、証明するために。
「――シュッ」
軽く力を込め、スナップを利かせたシュートを放つ。
サポートエリアの角を目掛けて放ったボールは、ありがたいことにネットを潜っていた。
「っし」
作戦通り、2本目のシュートを決めることに成功し、一安心する。
近距離シュートなのだから、外さなくて当然だろうと思うかもしれない。
それでも未経験者で、シュート成功率五分五分の自分にとっては上出来の代物だった。
外さなかったからこそ、先輩たちの頭には嫌でも刻み込まれる。
今までのドライブと、今のところ外すことのないシュートから、脳裏には『あいつは油断のならない敵だ』と刷り込ませる。
相手の印象が変わるということは、相手に対する位置付けが変わるということ。
次からはもう、必死に止めに来ることだろう。
なんせ、5本先取した方が勝ちというゲームで、先輩たちは未だ1本も先取できていないのだから。
こちらは後3本先取すればいいだけで、先輩たちに余裕はない。
良く言えば、焦りが生じてミスをしやすく、悪く言えば、死に物狂いで襲い掛かってくる。
そういう試合の流れがつくられている。
「くそ……っ」
苛立つ黒木先輩を眺めてみれば、先輩たちは揃って目の色を変えていた。
熱が籠った鋭い視線。
ギラギラと、ヒリヒリと、ピリついた空気を肌は確かに感じ取る。
もう先輩の中で、フード野郎の階級は初心者ではなく、一端のプレイヤーに格付けされたことだろう。
油断大敵というのは、こちらも同様で、自分だけが未だ先輩らのプレーを知りはしない。
本気で向かってくる先輩たちを相手にどこまで対処できるか。
それが問われる攻守交替。
ここから先輩たちの逆襲が始まる。
そういう予感がしていた。
「フー……」
小さく息を漏らし、先輩は冷静に二人を一瞥する。
もう一人で抜きに来ることはないと、言いたげな視線。
きっとパスを出すのであろうと、誰もが思う。
けれど自分は知っている。
一瞬を操るスポーツにおいて、視線は相手の思考に少しだけ隙を作る、最も有効なフェイクであるということを。
その一瞬を生み出すことで、そこを突いてくる生き物であると。
「……っ!」
ただわかっていても、止められるかどうかは別の話。
やはりバスケを専門としているプレイヤーの素早いドライブには追いつけない。
二度も氷室の方へ突っ込んでいることから、先輩は負けず嫌いなのだとわかる。
今の黒木先輩は冷静で、広い視野を持ち合わせている。
普通にシュートを決めに行ったところで、高さで氷室には勝てないとわかっているから。
リズムを刻み、レイアップシュートを放つのかと思えば、それはシュートですらない。
氷室が横からブロックに跳んで来ようとも、ボールに触れることはない。
何故なら、ゴールから少し離れたところから、掬い上げるようにボールを抛っている。
しかも、スクープシュートという、ボールを宙に浮かせて放つ技と見せかけながら、尚且つ氷室が届かない距離から、ボールは平然とゴールの前を通り過ぎている。
放物線を描き、ボールの軌道からわかるのは、ここに来て富澤の高さを突いてきた、多田野先輩へのパスだったということ。
「へーい!」
「く……っ」
そんな高いパスを富澤がカットできるはずもなく、嘲笑うようにジャンプシュートを放つ先輩を止められるはずもなく。
まるで大人対子供の図のように多田野先輩のフォームが乱されることはなく、先輩のシュートはゴールに吸い込まれるように決まっていた。
「ウェーイ!」
両手を掲げて喜ぶ多田野先輩を目に『やられたと』と眉を寄せる。
「ほらよ」
そこへボールを拾う黒木先輩からパスを貰い、その表情にもまた顔を顰める。
やってやったという安堵と、落ち着いた姿勢から、やはりこちらのワンマンプレーはもう通じないだろうと。
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