レポート26:『仕組まれた戦い』

『とりあえず、今日からお前、PF《パワーフォワード》な』


 肩を叩きながら流れを確認する際、氷室に投げ掛けた第一声。


『は?』


 SF《スモールフォワード》というアウトサイドプレイヤーである氷室にポジションチェンジを要求し、氷室は口を開けて呆けていた。


『先輩が、PF《パワーフォワード》?』


 そこに富澤も瞬きを繰り返しており、二人の反応はある意味、似通っていた。


『なんで……っ!?』


『だってこっちパワー不足だもん』


『だからって……』


 多少不満はあるであろうが、劣っているのはパワーだけではない。

 高さで相手に勝てるのは氷室しかいない。


 高さでの勝負が多いのは、圧倒的にリバウンド勝負のゴール下であり、インサイド。


 しかし氷室の持ち味は、外からのシュートでもある。

 ならば、オールラウンドに活躍できるPFが氷室には合っている。


 やったことないからと、多少なりとも不安になる気持ちもわからなくもない。


 ただ、挑戦しない者に新たな未来の可能性が広がることはない。


 まずは視野を広げ、世界を知り、選択肢を増やす。

 そこから欲しいものを手に取り、慣れるまで試していく。


 何より、氷室の運動神経は、やったことないからで片づけられるほど、やわなものではないのだから。


 心配することは、何一つとしてありはしない。


『頼んだぞ』


『……』


 現状を冷静に理解しているからこそ、氷室は顔を顰めて口籠る。

 仕方ない、やるしかないと肩を竦めている。


 だが、氷室が凄いやつであることは、五市波高校ここに来た時から知っている。


 過大評価かもしれないが、それを1年間、最も間近で見てきたから。

 だからこそ、自信を持って言える。


 お前ならできる、と。


『んで? 外は富澤で、鏡夜がPG《ポイントガード》ってか?』


『ああ』


 思考を読まずとも氷室は察しがついているようで、話が早くて助かる。


『大丈夫なんですか……?』


 先ほど一対一ワン・オン・ワンをやっていながら、富澤は不安げな顔を見せる。


 それは実力を疑っているからではなく、上手く行く算段がついているのかという心配。


 その流れを説明しようとした時、氷室が富澤に肩を回していた。


『ま、見てろって。今にスゴイもん見られんぞ』


 無邪気に笑う氷室は、いったいどこまで見抜いているのだろうか。

 それが気になりつつも、ようやくこの試合の流れを話そうと思う。


『そんじゃ、作戦についてだが……全部で5つある』


『5つ?』


『多いですね……』


 驚嘆する二人には悪いが、勘違いのないように言っておく。


『言っとくが、5パターンじゃなくて、5段階だからな』


 そこに二人は揃って首を傾げる。


『5つ全てを完遂しなければ、俺たちに勝利はないってことだ』


 事の重大さを理解してくれてか、二人の顔はすぐさま真剣味を帯びる。


『流れとしては、俺が最初に2本決める。間に富澤を挟みながら、最後は氷室に全部やる』


 黙って聞く二人を目に続けて一つずつ深掘りして行こうと思う。


『先輩たちはおそらく、俺が初心者だと思い込んでいる。パスを出すだけの選手だと、ドライブで抜きに来てもぎこちない選手だと、決めつけている。だから1本目は俺が決める。これが作戦1』


 まずは相手の意表をつき、文字通り油断大敵の図をつくる。


『最初はきっと、まぐれだと思うだろう。そこへ続いて2本目を決めることで、まぐれではないことを証明し、敵の意識を俺に向けさせる。これが作戦2』


 生まれた疑心という名のボルテージを同じ動作を繰り返すことで、半信半疑のところまで持って行く。


『それにより相手は、また決めに来ると勘繰り、俺を止めに来るだろう。だからそこへ富澤にパスを出す。これが作戦3』


 相手が初心者ではない、油断のならないやつであると認識して初めて、ここでようやくパスという選択肢を織り込む。


 攻撃のバリエーションを増やし続けることで、相手を混乱させる。


 追い詰められれば、嫌でも焦る。


 プレイに焦りが生じれば、ミスをしやすくなり、ミスをすれば攻守交替の際にも精神的影響を及ぼし、引きずることで負の連鎖となる。


『あとは適当に騙し騙しやりながら、最後は力ずくだが、氷室に決めてもらう形になる。これが作戦4と5』


 どれだけ敵を攪乱かくらんできるか。

 そのキーマンは自分であり、どこまで通用するかは未知数。

 だから最後は力でねじ伏せるという、何とも強引かつ粗削りな作戦となっている。


『……とまぁ、こんな感じだ』


 人の心情を読み取り、当人の性格を肌で感じながら、今までに出会ってきた人物像で最も近い存在と照らし合わせ、分析し、判断することで未来を予測する。


 自分との相性を測りながら、その者に対する自分を構築する。



『―――』



 小さい頃から、怒られることが大嫌いだった。


 理不尽に怒鳴り散らす父を見て、怒られないために顔色を窺ってばかりいた。

 友達が喧嘩している姿を見て、息苦しくて、吐きそうで、気持ち悪かった。


 だからよく、笑うようになった。


 笑う門には福来る、まさにその通りだった。

 相手が不機嫌になる話題からは、面白おかしく戯けては遠ざけていた。

 それが一番、平和で居心地のいい空間を生み出していた。


 そうして、よく人を見るようになり、人に合わせるのが得意になった。 

 いつしか、素で人を欺く術を身に着けていた。


 そこから得たのは、空っぽの人間関係。


 付き纏う孤独という二文字が、心の奥底にいつも蔓延んでいる。

 ただのご機嫌取りの道化という、嫌な自分をつくりあげていた。


 人より少し貧乏な家で、父という頑固者の重圧に耐えて生きてきたから。

 その苦しみを知っているから、他人に怒れなくなってしまった。


 人の夢は叶わないと、憶測と偏見で物事を語り、口ばかり達者で何もしようとしない。

 否定ばかりする父を前に思うのはいつも、こんな親にはならないという強い信念だった。


 自分が親であったなら、どうすれば叶うのか、寄り添って考える。

 そういう共感という思考を持ち合わせるようになった。


 そしていつも面倒な親を相手にしていたせいか、常に冷静な自分を傍らに置いておくようになった。


 それでも、もう半分の自分は、泣き虫で弱虫で、苦しい思いをしている人を見ると、酷く同情してしまう。


 その不快感が嫌で、昔を思い出すからと、他人に手を差し伸べるようになった。


 考えていること、感じていることが、嫌でも理解できてしまう。


 こういう状況なら、そうせざるを得ないよね?

 そんな性格だったなら、きっとこうするんだろうな。


 そうやって、相手の姿見として、ありもしない自分を想像し、思考を重ねる。

 常に傍観者でいる自分がいるから、第三者の目線から物事を測れる。

 あとは、そこへ追いやるだけの技量があれば、思考を誘導できる。


 自制して生きてきたから、自分のことは自分が一番よく知っている。

 今までがあったからこそ、今の自分でいられる。


 それをちゃんとわかっているから、断言できる。


 このチームなら、やれるということを。


『この短時間で、そこまで……』


『針に糸を通すような作戦だな……』


 よく練られた作戦に二人は感嘆の息を漏らす。


『ま、閃いちまえば、こんなもんよ』


 状況に合わせた最善策の提示、条件に沿った発案はお手の物だった。


 小学生の頃に抱いた夢は漫画家で、中学まで実際に描いていた。

 そこで培ってきた想像力、人間観察で養ってきた分析能力が発揮されている。


 加えて、遊び半分で多少なりとも鍛えていた技量を使い勝利に貢献する。


 これから行う作戦は文字通り、全身全霊をかけた大勝負だった。


『俺はレイアップができない。ドライブも下手だが、騙し討ちなら得意だ。必ず出し抜いて見せる。だから後は任せたぞ、バスケ部』


『おう』


『はい』


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