レポート25:『ほんと、どこの主人公ですか。この野郎』
続く後半戦。
攻守交替ということで、今度は先輩たちを抑える側となり、特にマークチェンジということもなく、試合は開始する。
ボールを突きながら不敵な笑みを零す様から、ありがたいことに先輩は未だ侮ってくれている。
どうせ頭の中では『凄いのは攻撃だけだろう』とか考えているのだと思う。
もしくは単純に『今度はこっちの番だ』と粋がっている。
そう思ってくれているならよし。
その油断を存分に活かさせてもらう。
「……っ!」
先輩が右手で突いているボールに左手を伸ばし、飛びつく。
先輩はすかさず左手に持ち替え、ドライブで切り込んでくる。
やはりとでも言うべきか。
先輩はPF《パワーフォワード》ということで、インサイドに侵入する。
そして『お返しだ』と言わんばかりに立ち止まり、シュートモーションに入る。
先輩が単細胞のワンマンプレイヤーでよかったと、心底思う。
おかげで、まんまと氷室がいる方へと誘導されている。
「ぬうぅああっ!!」
放ったシュートは、近距離であるためにループが低い。
だからこそ、反応が多少遅れようとも、高さのある氷室であれば――届く。
「な……っ」
普通なら、放たれたシュートは諦めて、呆けていることしかできない。
しかし、先輩と共に練習を重ね、呼吸を合わせたことのある氷室なら。
その運動神経と体格の良さで、凡人では届かないところまで届いてしまう。
中学時代、不良で放課後はゲームセンターなどで遊び惚けていたことは聞いている。
前時代の遺物とさえ思える、裏路地での喧嘩に明け暮れていたことも聞いている。
そんな氷室が高校生になって初めて部活に入り、3か月でレギュラー入りを果たした。
喧嘩で培った腕力、俊敏性、体力、判断力、直感は伊達じゃない。
頭がキレるうえ、その体格を含め、氷室は運動神経が良いとわかる。
何より、初めてレギュラー入りした試合で30得点などまともじゃない。
単純に計算して、3Pシュート10本。
数字で見れば容易いように思える。
けれどそれを1本も外すことなく、尚且つ相手が死に物狂いで襲い掛かる試合で、シュートを決められる選手など、全国でもどれだけいたことか。
そんなものは考えるまでもなく、数える程度しかいない。
そのくせ、容姿と人望まで優れているというのだから、嫌味な男である。
「ほんと、どこの漫画の主人公ですか。この野郎……」
ひとり呟きながら、ふっと笑みが零れる。
「うっし!」
満面の笑みで着地する氷室と、それを睨みつける不機嫌な先輩の姿。
これほど人が人を妬ましく思う構図など、間近で見ることはそうそうない。
ましてや、自分がその当事者に含まれているなど、身の毛がよだつ思いである。
「作戦通りだな」
「ああ」
第1ラウンドを征し、ボールを手渡してくる富澤を交え、三人で集まる。
攻守交替をするひと時の合間に相手も秘かに会話しているのが目に映る。
「まさか、本当に決まるなんて……」
驚きを隠せない富澤に氷室は腹を抱えて「ナハハ」と高笑いする。
「言ったろ? 人を騙したら日本一だって」
楽しそうに笑う氷室に呆れてものが言えない。
お気楽なことで、こちらには笑えるほどの余裕はない。
一度ミスれば、流れを持って行かれる。
ボロを出せば、それだけで勝機を失ってしまう。
ギリギリの采配に手汗と息苦しさと鼓動の高鳴りが半端ない。
これを緊張と呼ぶのかはわからないが、身体は平然と動くため違うのだと思うことにする。
「こいつより人を欺くのが上手いやつ、俺は知らねぇ」
「―――」
急にそんなことをかっこよく言われても、反応に困る。
氷室の声音からして、冗談ではなく本気で言っているのだから、ほんと何を言えばいいのやら。
確かに人を見る目があることだけは自負している。
それは単なる自惚れではなく、ただの感覚的な話。
目の前の情報と経験則を照らし合わせ、最後は勘に委ねる。
そうやって、培ってきたもの全てを直感に変えてやり過ごす。
結果、大抵のことは上手くやってこれているのだから、このやり方が一番性に合っているのだと思う。
「それ、褒めてるんですか……?」
「ったりめぇだろ」
何はともあれ、作戦1が成功して良かったと思う。
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