レポート11:『本当は見ていました』

 ――1時間後。



「おい鏡夜! 先に行くなら行くって連絡しろよ! ギリギリまで待っただろうが!」


 息を切らし、氷室は現れるなり声を荒げる。

 待ち合わせ場所に現れなかったことを心配してのお怒りなのだろう。


「悪い」


 そのため素直に謝罪すると、氷室は悪態をついて乱暴にも前の席へと腰を下ろした。


「……んで、そんな早く学校へ来て何やってたんだよ? まさか、長重のLINE通り、挨拶運動でもしてたわけか」


「LINE?」


 スマホを取り出し、アプリを起動する。

 するとどうやら、それらしき通知が来ていることに理解が行く。


「……見てなかったのか」


 呆れた氷室の表情に『そうだ』と目で訴えかければ、氷室は嘆息する。


「お前なぁ……じゃあ結局、何やってたんだよ?」


「何も?」


「はぁ!?」


 氷室は大声を上げ、周りの視線が一瞬チラホラと集中する。

 すぐに納まると、身体に妙な寒気が走る。

 何かが迫ってくるような感覚。



 ――これは……悪寒?



「しーん……どーう……くーん……」


「……っ!」


 不意に背後から聞こえる彼女の声。

 謎の既視感デジャヴに恐る恐る振り向けば、思った通り長重がいた。


「どうして挨拶運動出ないの! LINEも見てないし!」


 横からくる大きな罵声。

 先ほど氷室にも叱られたばかりだというのにせわしないことである。


「いつ学校に来たの!?」


「……8時頃」


「嘘つけ! お前もっと早いだろ!」


 氷室から追い打ちをかけられ『余計なことを……』と心底思う。

 それと同時に背後の存在に冷や汗が垂れてくる。


「どこから学校に登校したの~……? 正門にはいなかったわよね~……?」


 虚ろな瞳に悍ましい空気が漂い息を呑む。

 増していく威圧感の中、どうにかして言い逃れようと一つの回答を絞り出す。


「……裏門から」


「うちの学校に裏門なんてありません!」


「そんなバカな……っ!?」


 するとすぐさま否定され、驚愕する。

 けれどそんなことは入学前から承知済み。


 うちの学校に裏門はあっても、閉め切られ、登校時は正門以外に入る術がない。


 ならば何故、戯言ウソを並べているかと言えば、和やかな空気を生み出したかったから。


 そうすれば、こっぴどく叱られることなく、笑い話で終わる。


 まさに策士!


「お前なぁ、バレるような嘘ばっかついてんじゃねぇよ……」


 そんな思惑など知る由もなく、二人は呆れてため息を零す。


 あえて小馬鹿な態度を取ることで、質問攻めにも回避できる。


 これを狙ってやるあたり、道化か悪魔か。

 どう振舞えば相手がどういう反応を示すのかわかる。


 もしかしたら空気を読むというのは、こういう言動を瞬時にできるヤツのことを言うのかもしれないと、呑気にも思う。


 自分が空気を読めるヤツかは別として。


「とにかく、今日の放課後、生徒会あるからちゃんと参加してよね」


「へいへい」


 不真面目な返事に長重は不機嫌そうに立ち去っていく。


 生徒会の話題が持ち出されると、自分も生徒会の一員なのだと、否が応にも実感する。


 少数精鋭の生徒会役員。

 一人でも欠けてしまえば、雑務が増えてしまう。


 つまり、長重に迷惑をかけることになる。



 ――それは、嫌だな。



 自分に何ができるかはわからないけれど、嫌われることだけは避けたい。

 だから、意地悪をするのもこれで最後にしようと思う。


 たぶん……。


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