レポート12:『それは万屋のように曖昧な仕事』

「目安箱?」


 生徒会に参加し始めた本日の放課後。

 特にやることもなく召集され、生徒会室にて読書に励んで数分。

 長重から今回の議題が提示されていた。


「そ。生徒の悩みや学校の状勢について知りたい……っていうことで設置してるんだけど……あんまり好評じゃないみたい」


「それは生徒に悩みがないってことだろ? 良いことじゃねぇか。というか、LHRで色々アンケート取りまくってんのにまだ足んねぇのか……」


「そうなんだけど……」


 無暗矢鱈とアンケートを取りまくり、生徒の学校生活を把握する。

 けれど実際、そんな紙切れに何を記したところで、何も変わりはしない。

 生徒の誰もが無気力に筆を動かしているだけで、書くだけ無駄である。


 それを長重もわかっていながら、先生からの指示のために致し方なく動いている。

 その暗い表情が全てを物語っている。


「んで? それがどうしたって?」


「入っている内容が『勉強が難しい』とか『部費予算がもっと欲しい』とか『あの先生嫌い、何とかして』とか、不平不満がほとんどで……。問題はそれが全部、悪ふざけの類だってことなんだよね……」


「……だろうな」


 投票したところで、生徒会には何もできない。

 単なる生徒の集まりなのだから、何を期待しても無駄。


 生徒会に何か権力があるというのは、漫画や小説の中だけの話。

 ほとんどは教員の指示の下、動かされているだけというのが実際問題。


 生徒会に入るヤツの理由なんて、内申書がよくなるからの一択。

 そうでなければ、誰も放課後というパラダイスを犠牲にしてまで入ろうとは思わない。


 それ故に誰も、投票しようなんて気にはならない。


「んで? それを解決したいと」


「そう」


「んなこと言ってもなぁ……」


 周りを見渡し、視線を送る。

 氷室は肩をすくめて苦笑し、松尾は困ったように首を傾げている。


 単なる生徒の集まりには、どうすることもできない。

 それを如実に表した図だった。


「本気で悩みを抱えた生徒もいると思うの。誰にも相談できずにいる人が。それらしき生徒が何度か投票しようとしてたらしいんだけど……でも……」


「投票がない、と」


「うん……」


 悲しげに俯く長重の表情を見ると気が滅入る。

 そんな表情をされるとこちらの胸まで痛んでくる。

 自然と、どうにかしてやりたいという気持ちになってしまう。


「……ん?」


 そしてふと、先ほどの言葉に引っかかる点を発見する。


「何でそんなことわかるんだ?」


「何が?」


「それらしき生徒が投票してたって話。まるで誰かが見てたみたいな言い草だな」


「ああ、それは……先生たちが投票しようとする生徒に何度か鉢合わせるみたいで。皆、投票せずに走って逃げちゃうの」


「鉢合わせる?」


「うん」


 先生と生徒が鉢合わせる。

 となれば場所は人目につく場所だと絞られていく。


「目安箱、どこに設置してんだよ……」


「職員室前なんだけど……何で皆逃げちゃうんだろ?」


「いや絶対それが問題だろ」


「え?」


「そんなとこに置いてたら、投票できなくて当然だ」


「……?」


 何が問題なのか、長重は全く持って理解できていないご様子。

 首を傾げる彼女に呆れてため息が零れてしまう。


「悩みってのは、そうそう誰かに言えるもんじゃない。言えることだとすれば、大したことではないし、相談できることなら家族や友達にでもしてるだろうからな」


「うん?」


「誰にも言えない悩みだとすれば、投票しようとするヤツは大抵、匿名希望だ。誰にも知られず、且つ穏便に解決したいがためにな」


 誰にも相談できない悩み。

 名前を知られれば、噂になり大事になる。

 けれど自分にはどうしようもないことで、助けが欲しい。


 それを誰かが解決してくれるのであれば、縋りたくなる人がいてもおかしくはない。



 ――でも、



「匿名で相談できるはずの目安箱が、人目につく場所に置かれてちゃ、匿名希望の意味がないだろ。ましてや先生と鉢合わせる職員室前。顔と名前が割れるだけでなく、先生にまで心配され、最悪大事になる」


 知られたくない秘密を明かそうとしている。

 そこへ下手に介入すれば、立場を悪化させ傷つける恐れがある。

 先生なんかがまさにそう。


 真面目に相談に乗ってくれたところで、どんなに優しい言葉であろうと、結局は他人事。


 解決できるかは本人次第。

 自分一人では解決できない悩みだってあるだろうに。


 誰かに助けてもらいたいから話すのに何も解決はしない。

 そんなことをされれば、奈落へ突き落されるような気分だろう。


 何にも頼れず、期待できない。



 どうしようもないと諦めて、絶望して、最後は――。



「……ん?」


 静まり返った空気に違和感を持てば、周りの視線が一気にこちらへと集中していた。


 皆の表情を伺えば、驚くように沈黙している。


「凄い……」


 最初に口を開いたのは松尾だった。


「ほんと、探偵みたい」


 それに伴い、長重も驚嘆を露にしている。


「ふん……」


 氷室はなぜか、得意げになっており、謎の空気が広がっていた。


「とりあえず、目安箱の配置を変えるということで解決ね!」


「「異議なし」」


 氷室と松尾は声を重ねて賛成し、三人のやり取りに不思議と置いてきぼりにされている感覚になる。


 そんなことはさて置き、盛り上がっているところ悪いが、問題はまだ解決してはいない。


「んで、どこに配置する気だ?」


 配置換えをするにしても、場所によっては二の舞になってしまう。

 それをわかっているのだろうか。


「それは……」


 再び、三人の視線がこちらへと集中する。

 それにより、言わずとも察せられる。

 何も考えていなかったのだと。


「……旧校舎の3階あたりでどうだ」


「そうね。そうしよっか」


「「異議なし」」


 息ぴったりの三人に『何なんだお前ら……全部人任せか』と心の中で嘆息する。

 呆れるように眉を顰めて、自分の出した意見故に仕方のないことだと納得する。


「でも、どうして旧校舎?」


 解決案に対し、長重は疑問に思う。

 それは他二人も同様のようで、説明することにする。


生徒会室ここ人気ひとけが少ないだろ。だからだよ」


 生徒会室は旧校舎の2階の隅に設けられた部屋。

 廊下はいつも薄暗く、誰も近寄ろうとはしない。

 足音一つで反響音が聞こえるほど、静まり返っている。



 ――つまり、



「本校舎とは違って、生徒や先生の目につきにくい。それに3階ともなれば、ここからも近いし、持ち運びが楽になる。どうせ集計してチェックするのは俺たちなんだ。なら、ここから近いに越したことはないしな」


「それだったら生徒会室前でもいいんじゃ……」


「それだと、今度は俺たちと鉢合わせるぞ。それに……」


「それに?」


「旧校舎の3階、ひっそりとした廊下に設置された目安箱……っていうシチュエーションが面白いんじゃねぇか」


「何それ」


 案外くだらない理由で閃いた案に長重は失笑する。

 氷室と松尾も似たような笑みを零している。


「それじゃ早速、目安箱を移動させて今日は解散にしよっか」


「「異議なし」」


「……お前ら、それ言いたいだけだろ」

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る