レポート 1:『呼び出しの鐘』
「――それで、彼女と接触してしまったと……」
「まぁ、そんな感じです」
一通りの説明を終え、平然を装う。
威厳のある風格を前にすると、少しばかりは恐れを浮かべてしまうのは仕方のない話。
ましてや、今目の前にいる相手に威厳が無くてどうするのかという話でもあるのだが、窓ガラスから差し込む斜光が、より一層その風格を際立たせるのだから、どうしようもない。
――『
威厳と風格がまるで
前代未聞。
異例の事態として就任した20歳の学校長。
他人に優しく、時に厳しく。
教員、生徒からの信頼は厚く、PTAなどからの批判もなく、国からの問題視もない。
一体どういうことなのかと思うのが普通の、謎多き人物。
いろいろ不明で気になる点の多い不思議な人ではあるが、この人に関してはあまり踏み込まない方がいいというのが暗黙のルール。
――何故なら、
「……君は死にたいのかな?」
この人は唯一、こちらの素性を知った数少ない人物の一人であり、『真道鏡夜』のことが大好きすぎる狂気に満ちたヤンデラーなのだから。
「外見的にですか? 精神的にですか? それとも社会的にですか?」
「どれがいい?」
「そうですねー……外見的に言えば目は死んでるんで。かといって精神的にはと言われれば、もうとっくになっちゃってるんで。個人的には社会的にっていうのが一番嫌ですかねー」
「じゃあ全部にしよう」
「Oh、質問の意味よ……」
途端、一本のペンが頬を掠めて壁へと突き刺さる。
「ペンをそんな風に投げてはいけません!」
「じゃあ、刺せばいいかな?」
「俺の心に?」
風穴が空くわ。
「生憎私は、恋のキューピッドではなくてね」
「酷い! 私を騙してたのね! 酷い女! 顔面凶器!」
「ほう~……君はやっぱり死にたいようだね……」
「すみません失言でした許してください」
突きつけられたサバイバルナイフに誠心誠意を込めて謝罪を示す。
尚『ほんとすんません洒落にならないんでそのサバイバルナイフしまってもらっていいですか?』と、背後に飾られた日本刀を片づけてくれることも願いながら。
「……と、ふざけるのもいい加減にして、そろそろ本題に入ろうか」
「このノリ、いつまで続けなくちゃいけないんですか?」
正直疲れる。
「私が飽きるまで」
「そんな日が来るとでも?」
呆れながらに首を傾げれば『ふっ、ありえん』と胸の内で否定する。
「じゃあ、君の心が砕け散るまで」
何この人、すげー怖いんだけど。
マジ怖いわ~、言うまでもなく。
「そんなのもうとっくに経験済みなんで。あんなのは人生で一回ぽっきりで十分ですよ」
そうそう。
――あんなのは一度きりで、十分だ。
「なら、君が私のものになるまで」
「もうとっくになっちゃってるじゃないですか」
ほとんどおもちゃ代わりだけど。
「こんなのはただのスキンシップだ」
「スキンシップで人が殺されかけるのは、某暗殺教室だけで十分ですよ」
教員が生徒を殺しにかかるとか、体罰の境界線も遥か彼方だわ。
「とにもかくにも、君と話すと話が脱線するから困るな」
「そっくりそのままお返しします」
誰のせいかと言われれば、8割方があなたです。
「……まぁそれもこれも、君が相変わらずのように私の前でそんな仮面を被り続けているからなのだが、ね」
「それに関してはノーコメントでお願いします」
だって、そういうタチなんだもの。
――仕方がないだろう? 俺はそういうヤツなんだから。
「君は今の状況が、本当に理解できているのかね?」
「―――」
この人と話すといつもこうだ。
こちらのリズムを狂わされてばかり。
「……わかっているつもりですよ」
急にシリアスな話題に切り替える。
そしてコロッと、ボケに走る。
この流れが定着してしまっているあたり、彼女の扱いがだいぶ慣れてきたのだと実感する。
――年輩狂者の扱いは、
「これからどうするつもりかね?」
「さあ? どうしたらいいですかねぇ?」
「質問を質問で返すんじゃない」
「別にいいじゃないですか。減るもんじゃなし」
「お前はおっさんか」
「まぁ精神年齢10歳から42歳という診断結果を叩き出した男ですからねぇ」
いやこれ、マジな話しですから。
「はぁ……君と話すと疲れる」
「同感」
いつまで続くのか、くだらない会話に一息つく。
内も外も、冗談に振り回され、とても人らしいひと時に疲れを覚える。
それをいつも、奥底に隠れた冷めきった自分が、つまらなそうに傍観している。
そしていつも、最後は自分を嫌いになる。
そういう実感を得る。
「……君はほんとに、どうするつもりかね?」
先ほどまでとは違う、教師としての真意を問うた言葉。
和やかな空気を一変させ、その答えも見つからず、沈黙する。
「彼女とどうなりたい?」
どうなりたいか。
そんなのは決まっている。
ずっと居座り続ける意中の子と結ばれたい。
ただそれを手に入れることを誰も許しはしない。
自分が手にすることを自分が一番許すことができない。
「……どうするも何も、俺にそんな権利はありませんよ」
この人はやりづらい。疲れる上に、
――ただ、
「まぁ、何をするにも君の自由だ。できる限りの配慮はするよ」
この人は基本優しくて、暖かくて、俺は不思議とこの人とのやり取りが嫌いじゃない。
「ありがとうございます」
社交辞令の感謝が嫌いな自分でも、彼女には自然と感謝の念が湧く。
心の底から、何度告げても足りないくらい、彼女には助けられている。
背中を押してくれる彼女のためにも、恥じない貢献をしたいなと思う。
だから胸を張って、背を向ける。
自分は大丈夫だからと、自分自身に言い聞かせながら。
そうして『真道鏡夜』は校長室を後にした。
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