第二章9  『決着①』

 火炎が立ち込める街の路地裏に身を顰め、暫く。

 『猿山縁間さるやまえんま』は、物思いに耽る。


「羽亮、大丈夫っすかねぇ……」


 予想外にも天空から燃える瓦礫が落下し、背後の窓を突き破って回避した。

 暗がりに包まれた民家の中に移ってまた、少しの時間が流れている。

 そんな中、天井を見上げ、作戦を練りながら、猿山は戦友のことを考えていた。


「いや、余計なお世話っすね」


 しかし要らぬ心配だと嘆息し、自分に呆れる。

 他人を思いやる余裕などなく、何より彼は戦闘慣れしている。

 心配するべきは彼ではなく、自分の方であると改め直す。


「ぬぅおおぉおおっ!!」


 すると一つの雄叫びが耳に届く。

 傍にある窓から街の中を覗けば、怒りに身を任せ、暴れるオークがいる。

 無暗矢鱈と巨体から揮われる拳が街を破壊している。


 故郷である《プロスパー》に火を放った山賊の首領。

 『バオギップ』という丸みを帯びた獣人に怒りが沸き立つ。


「あの野郎……っ!」


 見境なく辺りを粉砕し、手当たり次第に探索している。

 けれど無策に飛び出せば、今までの二の舞でしかない。

 じっと睨みつけ様子を窺いながら、気を静める。



「―――」



 再び腰を下ろし、一計を案じる。

 自分が最もすべきなのは、バオギップに対する有効策を練ること。

 一刻も早く行動へ移るだけでなく、確実性も必要とする。


「ん~……」


 どれだけ思い悩もうと、一向に浮かぶ気配がない。


 焦っているからなのか、単純に頭が悪いせいもあるからかもしれない。

 何も考えずに突っ込めば良いという問題でもない。


 だからまず、何に困っているのか整理することにする。


「まず、怪力だよな……」


 バオギップから放たれる攻撃の重み。

 一発食らえば即瀕死に追いやられる、脅威の超パワー。


「《アイアン・ハンマー》……」


 そして、棍棒に岩石を括り付けた1トンの武器。

 巨人族が鉄槌を下すかの如く振り下ろされる圧力は尋常じゃない。

 まさに鬼に金棒とでも言ったところか。


「スピードはそれほどでもないんっすよねぇ……」


 付け入る隙があるとすれば、攻撃を放った直後。

 僅かにできる硬直状態を狙うこと。


「となると……」


 次に考えるべきは、問題に沿った答え。

 反撃も、避けることさえ叶わない確実な一撃。


「必殺技?」


 瞬間、床に置いた『如意棒』に目が行く。


 魅剣羽亮が与えてくれた未来から己が願望によって導き出した可能性の一つ。

 想像したのは『誰かを守るために強くなった自分の姿』で、手にしたのは未来の力。


 未来で手にするはずだった力を先取りし、技に関する記憶が引き継がれている。

 しかし、技名を知り、身体が発動の仕方を覚えているだけで、他の記憶は一切ない。


 どうやって身に着けたのか、誰に教わったのか、何年先のものなのか。


「まぁ、どうでもいいっすけど……」


 何にせよ、今は役に立たない情報でしかない。

 考えるだけ無駄であるため、思考を少し前に戻す。



「―――」



 必殺技という一言から、思い出した感覚。

 自分にはあれがあるではないかと、武器を手に取り浸り込む。


「『天地を切り裂く一閃の紅蓮』ねぇ……」


 誰が言い例えたのか、自分の頭に過ぎった情景。

 技の威力や規模から、強ち間違いではない比喩に含み笑いが零れてしまう。

 その後、武器の感触を確かめ、立ち上がり、未来の力を解放し直す。


「ん?」


 溢れ出る魔力と漲る力。

 そこに少しの違和感を覚える。


 気づいたことに身体が軽く、魔力が扱いやすくなっている。

 不幸中の幸いとでも言うのか、合間に挟んだ休息で力が馴染んできていた。


「さて……」


 嬉しい誤算により、勝機が増している。

 作戦も、粗方ではあるが記憶を頼りに練ることができた。

 あとは実行に移すのみ。



「―――」



 窓の外を一瞥し、バオギップの姿を確認すると、裏口から表へ出る。

 登場時に使った風魔法で足場をつくり、敵に気づかれぬよう空へ浮上していく。

 バオギップの真上に来たあたりで制止し、如意棒を構える。


「確か……」


 脳内で再生された記憶をもとに如意棒を百メートルほど長く伸ばす。

 更にそこへ魔力を流し込み、徐々に太さも変えていく。

 全神経を如意棒に注ぎ、魔力を集中させ、先端に行くにつれ巨大化を起こす。


「うおっ」


 出来上がった存在を目に驚嘆する。

 想像通りとはいえ、実物が顕現するのは空想に等しく信じ難いものでしかない。

 それ故に夢が叶うような衝撃と高揚感が絶えず、笑いが止まらない。


「羽亮は凄いっすねぇ……今なら何でもできそうだ」


 世の理を覆す魔法を実装し、平然と変革を齎す。

 恐るべき力を有した魅剣羽亮という少年が天才に思えて仕方がない。

 同時に軽々しく与えるべき力でもないと、懸念を抱く。


「それじゃ……」


 蒸気を発し、想像通りの形態が実現し、準備が整う。

 バオギップはと言えば、相も変わらず雄叫びを上げており、気づいている様子はない。


 呼吸を一つ挟み、如意棒を天に掲げる。

 暗雲が割れ、青い空と陽の光が《プロスパー》を照らす。


「……っ!?」


 それにより振り向き、天を見て驚愕したバオギップの表情が視界に入る。

 同時に抗う術を考える隙すら与える間もなく、如意棒を振り下ろす。


「《らいざん》!!」


 雷を纏い迸らせた大木よりも太く巨大な紅蓮の棍棒が一体の獣人を目掛け叩きつけられる。

 地を割るほどの衝撃を与えながら、バオギップは両腕で受け止める。


「ぐおおおっ!!」


 しかし重みに耐えきれず、地面に食い込み沈んでいく。


「うおおお!!」


 そんな悪足掻きさえ物ともせず、全力をかけた紅き一閃。

 雷に焼かれ、麻痺した敵を重圧により押し潰す。

 容赦なく攻撃した末、地面に空いた窪みにはバオギップの血痕が広がっていた。


「ぐほっ」


 意識がまだあるのか、バオギップは吐血を起こし、息を荒げる。

 ただ身動きは取れないのか、意識も朦朧としている。


 気を失うまで僅かと言ったところか。

 これで話す機会も、もうないであろうと、最後に声を掛けることにする。


「俺の如意棒は、8トンだ」


「……!」


 訂正した言葉を耳にした直後、バオギップは気絶する。

 思い返せば、8トンの武器が扱えながら、何故バオギップの攻撃を防ぎきれなかったのか。

 それは力が馴染んでいなかった、もしくは単純に8トン以上は耐えられないだけなのか。


 自分でもわからぬ疑問が残っていた。


「ま、いっか……」


 途端、敵を倒し安心した所為か、力が解け転倒する。

 《雷斬》により魔力が切れ、身体に力が入らない。

 ギリギリの戦いだったのだと、眠気交じりに思う。


「うりゅう……」


 消えかかった意識の最中、燃え盛る街の臭いと音が鮮明に伝わってくる。

 まだやるべきことがあるのに身体が動かず、情けなくも人任せになる。


「あとは、頼んだっす……」


 次第に瞼が閉じ、耳も聞こえなくなる。

 視界が暗幕に包まれる中、何故か頬が緩んでいた。


 羽亮なら大丈夫だろうと、勝手な期待を抱いていた。


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