第二章8  『淡彩④』

「闇とは、全てを飲み込む混沌……」


 過去を振り返り、シスターの言葉を復唱する。

 闇の本質が伝承の通りであるなら、やってみる価値はある。



「―――」



 三体の《シャドウ》と共に放出した闇で隕石を覆う。

 闇が全体に行き渡ったことを確認し、徐々に圧縮をかけ大きさを変動させる。

 同時に吸引するイメージで、闇の彼方へ仕舞い込む。


 そして無事、隕石が闇に消え失せたことを感覚が知らせてくれる。


「《ブラック・ホール》って感じか」


 また新たに闇魔法の開発に成功し、安堵する。


「闇で飲み込み、捌け口として異空間に飛ばし保管する魔法、だったんだけどなぁ……」


 隕石ということで、宇宙を思い浮かべたがために違う場所へ移動してしまった。

 まるで管に穴が開き、零れ出てしまったかのように行き先が逸れている。

 今頃は、空の上を放浪しているのではないかと思われる。


「ま、いっか」


 隕石から街を救えたことに変わりはない。

 気持ちを切り替え、次に自分がやるべきことを考えることにする。


「言った、ろ……」


 そこへ割って入る掠れた声。

 目を向ければ、ゆっくりと下降しながら、薄く笑うケトラがいる。


「残念、だったな……」


 肉体は灰のように塵となって滅びを迎えている。

 死とは似て非なる異様な消失を見せている。


 それに気を取られていた直後、自身が影に包まれていく。

 そして間もなく、ケトラの言葉の意味を知った。


「……っ!」


 あるはずのない影に違和感を覚え、振り返り、空を仰ぐ。

 視線の先にあるモノを眺め、影の正体なのだと知って茫然とする。


「マジかよ……」


 冷や汗が噴き出し、全身に一瞬の寒気が走る。

 ケトラの言葉は負け惜しみでも何でもなく、勝利を確信していただけに過ぎない。


 無駄なことはしない主義で、相手を絶望させることに長けた策略家。

 そうケトラに対する認識を改め、置き土産に打ちひしがれる。



「―――」



 先ほどと同様に透明化を解き、現れた四つの火炎。

 今度は質ではなく、量で勝負を仕掛けてはいるが、大きさは巨大なヤツの半分なだけで、防ぐことが容易ではないことに変わりはない。

 本当に良い性格をしていると、心底ケトラを嫌悪する。


「やるっきゃねぇ……っ!」


 眺めていても何も変わらず、《シャドウ》を連れ配置に着く。

 《シャドウ》を解かなくて良かったとほっとしたのも束の間、一人一つずつ闇で支えようと踏ん張る。


「んぐぐ……っ!」


 大きさが変わろうと、直径30メートルはくだらない隕石を一人で支えるというのは、辛く厳しいものがある。


 未だ耐空は不慣れなうえに隕石の落下は止まることを知らない。

 隕石の勢いが強く、《ブラック・ホール》を使う余裕がない。


 剰え、モノを移動させるには大量の魔力を消費するために再び《ブラック・ホール》を発動するには魔力が足りず、闇で支えるのがやっとだった。


「ぐおおおっ!」


 どれだけ歯を食い縛ってみても、収まる気配はまるでない。

 下を見れば、落下する隕石の熱風で街の残骸が吹き飛んでいる。


 このまま行けば、街が燃え尽きるどころか、隕石の勢いで跡形もなく崩壊してしまう。

 そういう最悪の光景が目に浮かぶ。


「まだだあっ!!」


 背中の羽をバタつかせ、足に全身の力を込める。

 押し返すことだけを考え、足裏に魔力を集中させ、放射する。


「うおおお!!」


 さらに足先に力を加え、拡散していた魔力を一点に凝縮する。

 直線状に集約することで勢いが増し、徐々に隕石を押し返していく。

 残りの魔力を全て足先へ回すことで、元の高さまでたどり着くことに成功する。


「はぁ…はぁ…」


 息を荒げ、気が遠くなりそうな感覚に危うく《シャドウ》を解きそうになる。

 せっかく四人で四つの隕石を持ち上げたというのに全てを台無しにするところだった。


「こっから……」


 隕石を持ち直すのに魔力を消費し、飛行するのも危ぶまれてくる状況下にいる。

 これで終わりというわけにはいかず、問題はまたも隕石の処理にある。


 あと使える魔力と言えば、《シャドウ》自体の残り少ない魔力と背に生やした翼の分だけ。

 刻一刻と時が流れるに連れ、魔力は消費される。

 取れる選択肢も、次第に限られてくる。


「どうする……?」


 相も変わらず炎を身に纏っているがために放置することはできない。

 せめて火が消えていたならば、どこかへ投げ捨てることも可能であっただろうにと、不毛なことを考えてしまう。


「しゃーねぇ……」


 迷っている暇などなく、黒い右翼を魔力に還元することで、隕石を支えている闇に加える。

 右翼が潰えていく合間に急ぎ闇で隕石を覆い、炎を吸い上げる。

 魔力の都合上、転移などはできないが、闇による無力化を図ることはできなくもない。


 片翼を失い、火を消すことに成功はしたが、飛んでいられるのも残り僅か。

 体勢が崩れ、墜落してしまう前に岩と化した隕石を処理しなければならない。

 持って行くどころか、遠投するほどの踏ん張りが持てず、今にも落としそうになる。


「んらあっ!」


 仕方なく、四つの隕石を互いに向けて投げ飛ばし合う。

 それぞれが激突し、隕石に亀裂が入っていく。


「砕けろぉおお!!」


 《シャドウ》は消え、身体は地面に引き寄せられていく。

 すると隕石が崩壊し、岩の雨となって降り注いでいる。

 粉々に散っている隕石を目に口角が上がる。


「ふ」


 清々しく満ち足りた気分で、背中から不時着する。

 身体全体を落下の衝撃が響き渡りながら、痛みに対する感覚は麻痺している。



「―――」



 ただ茫然と曇天模様の空を眺め、辺りに目を向ける。

 おそらく火の手はもう、街の半分近くまで来ている。


 瞬間、脳裏に思い浮かんだのは猿山縁間という少年とシエラという少女の姿。

 彼と彼女と過ごした時間は微々たるものだけど、悪くはなかった。


 そして何より、少女に助けを求められ、まだ約束を果たせていない。

 二人の故郷を守るためにも、まだ倒れているわけにはいかない。


「いや……」


 男だからこそ、約束は違えてはいけない。

 師匠だからこそ、そう簡単にくたばってはいけない。

 英雄なら、どんな逆境に置かれようと諦めはしない。


「まだだ……」


 あらゆる理由を取り繕い、起き上がろうと身体を動かす。

 しかし仰向けの状態からうつ伏せに返るだけで、思うように動けない。

 身体が今までにない疲労を見せており、剣を使うことでようやく腰が上がる。


「はぁ…はぁ…」


 ゆっくり立ち上がり、空を見上げる。

 今の自分にできること、やるべきことを選別し、徹する。


 バオギップは猿山に任せ、自分は後片付けを行うことにする。

 折角敵を倒しても、帰る家がないというのでは格好がつかない。



 ――だから、



 何が何でも、やらなくてはならない。

 理由はいくらでもある。


 ただ一番に上げるものがあるとすれば、これは単に男の意地だった。


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