第二章8  『淡彩②』

「―――」



 朧気な視界に映った暗がりの空。

 曇天模様とでも言うのか、いつの間にか青から黒へと移転している。


 時間はそれほど経っていないだろうが軽く眠りに落ちていた感覚がある。

 身体は蒸し暑さにより汗をかいており、土の臭いが鼻腔を擽る。

 気づいたことに瓦礫の上で横たわり、傍で燃え滾る民家があるからだと察する。


 何をしていたのか、はっきりとは思い出せない。

 ただケトラとの戦闘により、墜落したことだけは覚えている。


「ん」


 色々と曖昧な情報ではあるが、理解はできる。

 戦いはまだ、終わっていない。


 故に眠っている場合ではないと、身体を起こし、辺りを見回す。

 火の手の勢いが街の中央にまで迫って来ている。


 空中には、緑茶色のローブに身を包んだ長い髭の老人がいる。

 顔をフードで隠しながら意味深な笑みで、こちらを見下ろしている。


 そのため再度、白い左翼と黒い右翼を生やし、戦場に舞い戻る。



「―――」



 ケトラという敵と対峙し気づく。

 全身を緑色の光が覆い、蛍のように点滅している。

 それが何なのか、今までの戦闘から察する。


「……《リジェネ》か」


「ご名答」


 自動で治癒を行ってくれる回復系の魔法。

 傷の治りからして、発動したのは少し前だと予想がつく。


「墜落する寸前にかけたのさ」


 魔法による攻防で重傷を負った。

 だからケトラは《リジェネ》により命を取り留め、無事でいた。

 頭から生身で落ちている時点で、普通であれば死んでいる。


 にも拘わらず、生きているというのは、気絶している合間にも自動で回復をしてくれる《リジェネ》以外に考えられなかった。


「じゃあ……」


 手放すことなく左手に握り締めていた《スペルディウス》を構える。


 もう油断はしない。全力で戦いに挑む。


 そうやって、覚悟の瞳を持って決着の意を示す。


「くくく……くふふふ」


「……?」


 突然、ケトラは不気味な含み笑いを零す。

 何がおかしいのか、小首を傾げてしまう。


「お前が眠りについて5分以上……俺が何もしてないわけないだろ」


 怪しげな態度に不穏な空気が立ち込める中、顔を顰める。

 するとケトラは《ダーク・ソーサラー》をゆっくりと掲げる。

 既視感を覚えながら、頭上を見上げれば無色透明な塵が舞っている。


 表皮が剥がれているとでも言うのか、隙間からは火炎が漏れ、異様な光景に目を凝らす。

 徐々に形を露にしていき、半分ほど削れたところで赤く燃える楕円が姿を見せる。


 何もなかったはずの空には、いつしか巨大な隕石が顕現している。

 それは紛れもない《フレイム・ボム》という炎魔法で、今までの10倍はある大きさを誇っていた。


「さあ、どうする?」


 簡潔にケトラは恐ろしい選択を迫ってくる。

 下手に動けば、全てを無に帰すという容赦のない状況に息を呑む。


「今なら俺をれるが、代わりに街は全焼する。隕石こいつを止めれば、この鎌がお前を襲う」


 まるで心を見透かしたような物言いに改めて理解する。

 《フレイム・ボム》は、術者を倒したところで消えぬ魔法。


 どちらにも対応するには、人手がもう一人は欲しいところだが猿山は苦戦しており、頼りにはならない。


 他に思い浮かぶのは、町娘であるブロンドヘアにピンクのワンピースを着た少女。

 シエラという水の精霊に好かれた12歳の女の子。


 さすがに子供の手を借りるわけにはいくはずもなく、即座に却下する。


「となると……」


 どうにかして一人で食い止められないか、作戦を練る。

 隕石の止め方については不明だが、時間が掛かるというのだけはわかる。


 ケトラの言う通り、隕石に気を取られ背後から遣られかねない。

 優先順位からして、先に狙うとしたらケトラだろう。


 ケトラを早く倒し、隕石を止める時間を多く取る。

 と、これはケトラも読んでいるはず。


 もしかしなくとも、戦闘が長引く方向で何か仕掛けてくる。

 故に倒せなかった時を含め、最悪の想定をしておかなければならない。


「残念」


「……っ!」


 途端、ケトラが接近し、《ダーク・ソーサラー》が猛威を揮う。

 いきなりではあったが、《スペルディウス》で間一髪、受け止める。


「考える暇も、ねぇ……か」


 どうやら、ケトラが軟弱な魔法使いというのも設定らしい。

 先ほどとは肉弾戦における攻撃の重みが違い、下手をしたら上級騎士にも匹敵する。


 敵を騙し、欺き、劣勢だと思わせてから、格の差を見せつけ絶望させる。

 道化師とでも言うのか、良い性格をしていると苦笑してしまう。


「そんなん与えるわけないやろ」


「え?」


 ふとケトラの訛った声が聞こえ、耳を疑う。

 明らかに今までと違う口調に眉を顰める。


「おっと」


 何が不味かったのか、ケトラは口元を隠し距離を取る。


「失礼?」


 そして爽やかで煌びやかな笑顔を向けてくる。

 美青年がするような仕草をしても、外見が老人であるために反吐が出る。

 だがその胡散臭さから、ケトラは老人の皮を被った青年であると確信する。


 何を持ってして、そんなことをしているのかはわからない。

 ただ道化を演じるような者であるため、ろくでもないことを企む輩に違いない。


「さて」


 ケトラは制止し、ゆっくり左手を掲げる。

 それが何の合図なのか、振り下ろされた後になって勘付いていた。


「……っ!」


 傍にある火炎の隕石が『ゴゴゴゴ』と音を立て、落下し始める。

 隕石に気を取られた刹那、ケトラが攻撃を仕掛けんと接近してくる。

 どちらを選べばいいのか、焦燥感から思考が今までにないほど光速に回転する。


 隕石を取れば、ケトラに背後を取られ絶命する。

 ケトラに応戦すれば、隕石は街全域を崩壊させる。


 やはり、ケトラを速攻で倒すことが先決。

 ならば、次に考えるべきは、ケトラを速攻で倒す方法。


 自分の持っている技で、殺傷力に長けているのは剣術。

 魔法も得意ではあるが、ケトラも同業者であるため、防ぐことは容易だろう。

 時間も限られているため、チャンスは一度きり。



 絶対的不可避の速攻技――。



『―――』



 瞬間、夢で見た凜の笑顔が脳裏を過ぎる。

 それだけで全てを悟り、頬が緩む。

 思い出に浸っていたいが、急を要するため行動に移る。


「まずは……」


 目前で大鎌を振り下ろそうとしているケトラに対し、腹を蹴り反撃する。


「かはっ」


 勢いよく吹き飛ばし、距離を取れたことを確認する。

 鳩尾みぞおちに入れたため、案の定ケトラは悶えている。

 その隙を見計らい、精神に働きかける。


 内に秘めた怒りや憎しみと言った負の感情を闇として体中から放出する。

 大量に湧き出た黒く濁った気流を操作し、人型に変貌させる。


「《シャドウ》!」


 自分の姿を投影し、実体を持たせた分身。

 それを複数体つくろうとするも、三体が限界だった。

 だがこれで、準備は整った。



「―――」



 剣に誓いを立て、精神統一する。

 凜への感謝、シスターへの思い。

 過去に対する全てを集約し、力に変え、奮起する。


「《夢現十紋仁むげんじゅうもんじん》!」


 闇魔法によりつくった三体の分身で、相手の四方を囲む。

 分身の一体が、敵の背後からこちらに向かって一閃を放つ。


 次に左右の二人が同時に斬り掛かり、交差する。

 最後に正面から本体が止めの一撃を入れる。


 幻のようで実体を持つ分身と共に十字を描く剣技。

 陣ではなく仁としたのは、十字架から準えた思いやりの意味を込めて。


「ぐぐぐ……がが……」


 回想からヒントを得て改良した必殺技。

 凜とは違い、分身をつくらないとできないが、自己至上最速の剣技。


 おかげでケトラは諸に食らい悶絶している。

 力なく地面に吸い寄せられていく姿を後に隕石へと視線を移す。


 そこは街から20メートルほど離れた高さで、間に合ったことに安堵する。

 その後、《シャドウ》と共に隕石へ向かい、隕石を闇で支える。

 これにより落下は納まり、後は隕石の処理だけとなる。


「どうしよう……」


 闇で支え、食い止めたまでは良いものの、処理の仕方に困る。

 近くの山に捨てようものなら、帯びた炎で大惨事になる。


 丘の向こうに草原があるが、距離があり、避難した住民もいるため危険。

 維持するにも限界があるため、魔法による解決など検討してみる。


「火は消せても、魔力ねぇしな……」


 ケトラとの戦闘や《フューチャー・バード》、講義に背中の翼などなど。

 思えば、一日で多量の魔力を消費している。

 講義の後に眠って少し回復はしたが、大技の連発で尽きかけている。


 残った魔力で発動できる魔法は、あと一つが限度。

 あとは発動中の《シャドウ》を使って闇魔法が一つ、何かできるぐらい。


「闇……?」


 ふと闇という言葉で、昔シスターから教わった、とある一説を思い出す。


 それは魔法の講義で心象魔素を習った日のこと。


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