第二章7  『苦戦②』

「は~……」


 笑い疲れ、一息つく。

 危機に直面し、生き延びようと必死な《プロスパー》の住民。

 その真剣な顔が死を前にした瞬間、絶望に満ちた表情へと一遍する。


 それぞれの容姿、性格によって最後に見せる顔は、十人十色、千差万別。

 何度見ても堪らない。飽きることを知らない。

 これほどまでに最高の娯楽はないと言っても過言ではないのかもしれない。


「ん?」


 気づけば、自分は黒服の少年と対峙し、戦闘中であったことを思い出す。


 伝説の片剣へんけんである《スペルディウス》を所持した『魅剣羽亮みつるぎうりゅう』と名乗る少年。

 黒髪に灰色の瞳、黒いロングジャケットに黒いズボン、革のブーツ。

 静かに黙り込む彼を目に顔を顰める。


「なんだ?」


 俯いた彼の表情は影に染まり、窺えない。

 それよりも、体中から漏れ出た黒い霧のような闇に異質さを覚える。


「……っ!」


 瞬きをした刹那、10メートルは距離を置いていた敵が目の前にいる。

 同時に剣を振り下ろされ、防御が間に合わず、切りつけられる。

 それだけでなく、身体は地面へと叩き落される。


「かはっ」


 瓦礫の山に身を埋めて、今度は敵に見下ろされる立場にいる。

 先ほどとは一撃の重みや威力がまるで違う。桁違いにも程がある。

 信じ難い状況に歯ぎしりし、敵のもとへゆっくりと上昇する。


「やってくれたな……」


 口元を拭い、相手から目を離さぬよう気を引き締め直す。

 返って来ない言葉に対し、翳された手に警戒する。


「《シャドウ・ミスト》」


 途端、濃い紫色のような黒い霧が辺りを覆う。

 いきなり相手を見失い、周囲に気を配る。


「《ファントム・ブレイク》」


 人知れず聞こえる少年の声。

 何かを企んでいるのは明白で、黒い霧に目を凝らす。


「ぐあっ」


 背後から不意に斬撃を浴びる。

 深く真面に剣が入り、振り返る余裕もない。

 すぐさま次の攻撃へ対応するべく、俯きそうになる顔を上げ直す。


「んぐっ」


 今度は右腕を切られ、痛みを堪え霧に向かって反撃する。

 鎌で軽く振り払うも、当たった感触はなく、苛立ちが増す。


「ごっ」


 直後、隙をつかれ左背に一筋の切創が入る。

 動くと傷に障るため一旦、身動きを止める。

 すると正面から霧を破り現れる少年がおり、《スペルディウス》による一閃が胸元を伝う。


「うがっ」


 盛大な一撃に足がふらつきながら耐え凌ぎ、相手の行方を目で追う。

 少年は素早く霧の中へと溶けて行き、こちらは息を整える。

 段々と相手にするのが面倒に思え、同時に怒りが込み上げてくる。


「クソが……っ!」


 左手に持つ光魔法の黄色く光る槍、《シャイニング・エッジ》を握り締め、状況を整理する。

 右手には闇魔法でできた黒紫色の大鎌、《ダーク・ソーサラー》がある。


 宙には炎魔法の《フレイム・ボム》に雷魔法の《サンダー・ティガー》を融合させた混合魔法が放置されている。

 加えて、水魔法でつくった十発の《ウォーター・バレット》が平行して浮いている。


 攻撃を食らいながら、魔法を解いてはいない。

 魔力操作により、手元に連れて攻撃の盾にすることができるが、無駄に魔力を消費しただけになってしまう。

 何より、現状を打破しない限りは操作している間も狙われる。


 兎にも角にも、まずは霧を晴らすことにする。


「はぁああっ!!」


 《ダーク・ソーサラー》の大振りで一回転する。

 道中、偶然にも霧から接近してきた少年の腹に刃が食い込む。


「……っ」


 ただ手応えはなく、刃は霧を捉えていた。

 思わぬ出来事に驚きながら、霧は散開していく。


「そういうことか……」


 視界の先に佇む少年により、違和感の正体に勘付く。

 霧の中で交戦した少年は幻影で、本体は高みの見物をしていた。

 おそらくは霧の外側から影の動きに合わせ、斬撃を放っていたのではないかと推測する。


「闇魔法による幻影か……卑怯な真似をする」


 人のことを言えた義理ではないが、欺くという点においては良い線を行っている。

 称賛に値するが、騙された身としては気分が悪い。


「次はこっちの番だな」


 高ぶる衝動が抑えられず、頬が緩む。

 武者震いにより強張った指を動かして解す。


「ん?」


 相手に視線を集中させ、少年の両手に注目する。

 今まで右手で握っていたはずの《スペルディウス》を左手に持ち替えている。

 さらには剣を持たぬ右手が何やら光を帯び、徐々に輝きが増しているのがわかる。


「……っ!」


 それは間違いなく、光魔法の類。

 本体が接近して来なかったのは、大技による追い打ちをかけるため。

 分身はあくまで時間稼ぎであり、発動するための陽動だった。


 長いようで短い分析の末、光の塊と化した少年の右手がこちらへと向けられる。


「《オーバーレイ》」


 防ぐという選択や逃げるという選択も、咄嗟のこと故に判断が鈍る。

 どちらかに決めようとする刹那には、白く神々しい光線が解き放たれている。

 魔法による反撃も鑑みた結果、空に放置された魔法に目が行く。


 ここで過ぎった選択は二つ。

 敵に当てるか、盾にするか。


 攻撃に回せば相打ち狙い、防御に使えば何のために発動したのかわからなくなる。

 それを瞬時に見定め、前者による魔力操作を執り行う。


「ふ」


 《ダーク・ソーサラー》を天に掲げ、思念を送り、魔力を通わす。

 魔法と見えない糸で繋がれた状態になり、《ダーク・ソーサラー》を振り下ろす。


 それに従い、《フレイム・ボム》《サンダー・ティガー》《ウォーター・バレット》の三種が敵目掛けて落下していく。


 続けて左手に持っていた《シャイニング・エッジ》も投入する。

 黄金の槍は白い光線をすり抜けて直進している。


 残す武器は《ダーク・ソーサラー》のみとなり、《オーバーレイ》を防ぐ道具とする。


「く……っ」


 凄まじい勢いで突進してきた少年の光魔法は予想より遥かに重い。

 空中では踏ん張りが利かない分、耐えるのは困難極まりない。



「―――」



「マジかよ……っ」


 もうすぐ放った四つの魔法が直撃するというのに《オーバーレイ》の勢いが増している。

 どうやら魔力を攻撃に全振りしており、防御に回すつもりはないらしい。


「んぐぐ」


 じりじりと後退させられていく中、残りの魔力を《防御壁》に使っていく。

 一枚、また一枚と《ダーク・ソーサラー》と《オーバーレイ》の間に何重にも張り巡らす。


「くっそ……」


 《防御壁》を七枚つくりあげたというのに攻撃の勢いは止まない。

 変わらず後ろへ押されていることから、逆に威力が増していっているように思える。


 ただ絶体絶命のピンチだというのに自然と笑みが零れてしまう。

 炎の爆弾、雷の虎、水の弾丸、光の槍の四種が、相手の目前にまで迫っていたがために。


「ぇ……」


 相手に攻撃が直撃するという寸前、《オーバーレイ》の勢いが爆発的に増す。

 一瞬の気の緩みが隙を生んだ所為もあり、《オーバーレイ》を防ぎきることができない。

 そして次々と《防御壁》は割られて行き、白き光に飲まれていく。


「ぐおおお!!」


 焼けるような激痛が全身を包み込む。

 切り傷により熱を帯びる箇所、皮膚が引き剥がされる感覚、汗を吹き飛ばす熱風、キンと耳鳴りがする上、白く眩しい世界に目を開けていることさえ儘ならない。


「ぁ……」


 白き光が納まり行く頃、意識は遠ざかりながら、肉体は墜落していく。

 痛みを無関心にさせるほど身体は重く、蓄積された疲労と眠気にも似た感覚により、指一本たりとも動かせない。


 それは宛ら、太陽に近づきすぎて焼かれたイカロスのようだと。

 近づく地面を視界に入れながら、呑気な感想を抱いていた。


「ざまぁ……」


 ふと隣に目をやれば、瓦礫の山へ同様に落下していく少年がいる。

 濡れ焦げた服と、顔には火傷、脇腹には穴があり、血が糸を引いている。


 無意識でありながら、彼は掴んだ剣を放さないでいる。

 律義だなと思えば、自分が落ちていく先の民家に目が行く。


 黒く燃焼しつくした木造の住宅であり、追加の苦痛が待っていることに嫌気がさす。

 どれだけ不満を持とうが、身体が言うことを聞かないのだから抗いようもない。



「―――」



 だが意思という最後の力を振り絞り、一つの魔法を発動する。

 唱えたところで、誰もが予想する展開を免れることはできない。

 ただちっぽけな生への可能性を未来に託しただけ。


 そうして悪あがきをしたのち、互いに焼けた街へ突っ込んでいた。


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