第二章6 『闇③』
「行くぞ」
ローブに身を包んだ老人でありながら、青年の声音で語り掛けてくる。
謎多きケトラという名の魔導士に意識は集中する。
全属性を扱える逸材というのは、詠唱のある『魔術』であるなら珍しくはないが『魔導』となれば話は違う。
黒陰国で自分以外に扱えるという存在は、貴族に一人、魔術講師である『
歴史上の人物を含めれば、絵本である『BestWish』に描かれた英雄と妖精王、英雄の後継者争いで生まれた正統派と内乱を企てた者たちを筆頭とした両者リーダー格一名。
決着はつかず、刀剣は別れ、白陽国と黒陰国という未だ終わらぬ戦争となった。
つまりは自分を除き計7名ではあるが、黒陰国で知られているのは4人。
古き時代の国宝とまで崇めたてられる存在に準え、黒陰国では全属性を扱える魔導士を《
白陽国では全属性使いをどんな呼び方をしているか知らないが、噂では扱える者が黒陰国よりも多いと聞く。
もしかしたら、ケトラは――。
「ん?」
ケトラの目が自分ではない何かへと向けられる。
視線の先を追えば、街中で逃げ遅れた住人たちが数名ほど見つかる。
シエラに指示を仰ぎ、住民たちはとっくに丘の上へ避難し終わっていると思っていたが、建物内に潜んでいたか、アクシデントにより脱出が困難な状況にあったのか。
どちらにせよ、早く立ち去った方が安全なのは確かな話。
ふとケトラへと視線を戻せば、右手に持った闇の大鎌である《ダーク・ソーサラー》を天に掲げている。
「何を……」
何をする気なのか、問いたいのに言葉が出ない。
影に埋もれ窺えないケトラの表情と、嫌な予感が、胸の奥をざわつかせる。
立ち上る火炎の熱気とは別に冷や汗をかく。
ゆっくりとケトラの頭上を注目すれば、黄金に輝く直径20メートルほどの魔法陣があり、神々しく光る無数の槍が展開されている。
気づいた頃にはもう遅く、《ダーク・ソーサラー》は振り下ろされ、空を切る。
「《
ケトラの低く静かな声に反応して、矢は放たれる。
降り注ぐ槍の雨が街中に分散し、逃げ惑う住民を狙う。
その存在を理解する間も与えられぬまま、人々は射抜かれ、次々と悲鳴が上がる。
最後の一人まで仕留め損なうことはなく、辺りに静寂が広がる。
助けに入ることもできない、あっという間の出来事だった。
「くくく……あーはっはっはっ!」
するとケトラの笑い声が盛大に響き渡り、何がおかしいのかわからず、茫然と見やる。
人を殺すことに何の躊躇いもなく、まるで子供が玩具で遊ぶように無邪気な姿がある。
眺めているうち、自分の中にある黒く濁った何かが渦を巻く。
頭には、シスターの教えや思い出が過ぎり、それを制止しようとしている。
けれど、シスターの声は聞こえず、蘇る映像も焼き消えていく。
歯止めの利かくなった何かは次第に自分を取り込もうと足先から埋められていく。
底なし沼に沈んでいくような感覚に何故か懐かしさを覚えていた。
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