第二章6 『闇②』
「んぐぐ……」
目の前にいる敵により弾き飛ばされ、身体を起こす。
勢いにより口内を噛み、垂れた血を拭う。
そんな中でも歩み寄って来る『
――なんなんだ、あの武器は……っ!?
赤い棍棒が意のままに伸び縮みし、鞭のように猛威を揮う。
愛用の武器である《アイアン・ハンマー》でさえ、一撃の重圧には耐えきれない。
竹のように太い棍棒に鉄鉱石を括り付けただけの構造でも、強度は一級品。
身体や武器の重量からして、巨人族でない限り地から足が離されることはない。
にも拘らず、幾度となく巨体が宙を舞い転倒を繰り返している。
「何故だっ!?」
一体どういうことなのか。
果てしない疑問に思考を奪われながら、視線の先に広がる攻防に勤しんでいる。
劣勢という状況が信じられず、戦いに集中できずにいる。
「この武器は常人には扱い切れない代物なんだぞ……っ!?」
《アイアン・ハンマー》を握り締め、怒号を上げる。
500キロはある武器を片手で振り回せる人間は存在しない。
加えて、体重も同程度はあるというのに街の中央から随分と距離を置いている。
陸には少なからず生き残った部下がこちらを見つめ、空中では傍にいたはずのケトラが、黒服の少年と応戦している。
両者ともに米粒のようなサイズで視界の隅にいるというのは、あり得ない光景だった。
「だから、何すか?」
「……っ!」
振り下ろされただけの赤い棍棒。
《アイアン・ハンマー》を両手で抱えることで命中を避ける。
「ふんぐ……っ」
全体重を乗せ、踏ん張りを利かせている。
それでも身体はじりじりと地面を削り、後方へと下がっている。
何とか持ち堪えているという言葉が、こんなにも似合う光景はない。
バオギップの脳裏には、太く丈夫な自慢の武器が壊される予感しかしない。
それほどまでに必死の抵抗を続けている。
「俺の体重は500キロ……《アイアン・ハンマー》の重量はとんとんなんだよ……! とんとんで、一トン……!」
冷徹に襲い掛かる猿山を前に攻め入る隙をつくるべく、口を動かし余裕の態度を見せる。
しかし攻撃の勢いが止まることはなく、諦めて後ろに跳躍する。
幸いにも追撃はなく、少しの静寂が場を包み込む。
聞こえるのは、攻撃を受け止めたというだけで息切れを起こしている呼吸音。
全力で全神経を防御に注がなければ、やられると本能が叫び、徹した結果。
《アイアン・ハンマー》を手にしてからは、ほとんどの相手を一撃で仕留めており、防御に専念するなどモンスター相手に数える程度しかない。
遡ってみても、巨体により鈍くとも、対人戦において傷つけられた記憶は、主である御方たち意外に存在しない。
故に弱者だと侮っていた相手に痛めつけられるなど、思いもよらない出来事なのである。
「とんとんで、トン……?」
気が付けば猿山は、眉間にしわを寄せ考え込んでいる。
先の発言に対し、何か思うところでもあるのか、小首を傾げる。
「豚?」
「豚じゃねぇ!!」
『とん』という言葉を見た目に紐づけられるという屈辱。
《オーク》は猪であっても、決して豚などではない。
それは種族にとって、最も許し難い憤怒への着火剤だった。
「あんな家畜と一緒にすんじゃねぇええ!!」
血が沸騰するような感覚。
体中から湯気が立ち上り、全身を赤く染め上げる。
《オーク》にとって興奮状態は、再生を早め、あらゆる力を底上げする効果がある。
「ふん!!」
そのため空いた距離を詰めることは容易く、今までで一番の怪力でハンマーを振り下ろす。
それは1トンが重力に従って襲い掛かるもので、当然の如く地面はひび割れていく。
「んがっ」
これには猿山も耐えきれず、崩れた足場により態勢を乱す。
「ふん!!」
「ん!」
そこへすかさず横の大振りを叩きつけるも、あと一歩及ばず防がれる。
だが攻撃が効いていないわけではないため、だるま落としの如く連打する。
「ぬぅああ!!」
渾身の一撃を再度ぶつけ、フルスイングする。
「どわぁああ!?」
その勢いに呑まれ、猿山の身体は掬い上げられ、吹き飛んでいく。
火の手が回った何軒もの建物を貫通し、土煙が猿山の行方を晦ませる。
後を追うようにゆっくりと近づいて行けば、節々の激痛に身悶えしている猿山がいる。
どうやら防御性能に関しては、頑丈と言えど所詮は人の中でのものだと見て取れた。
「がぁああっ」
腕を踏みつけ、顔を蹴り、与えられた苦しみを数十発の暴行により発散する。
やはり力を手にしようと弱者に変わりはなく、悲鳴を聞くたび強者だという実感がする。
「ふふふ、ハハハハハ……ぐっ」
あまりの心地良さに笑い声が上がり、振動が傷に障る。
大打撃を何発も食らわされ、衝撃により、いくつか骨を折っている。
少し痛みを感じたというだけなのに這いつくばった猿山が口元を緩めており、怒りが込み上げてくる。
「ざまぁねぇっすね……」
雑巾のように薄汚い顔で、見上げながらに嘲笑っている。
どちらが優勢かは明確で、生意気な態度を取る猿山からは苛立ちしか感じない。
もう終わりにしようと片足を上げる。
「どっちがだ」
踏みつける寸前、猿山は最後まで笑みをやめずにいた。
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