第二章5  『覚醒③』

 山賊の首領、バオギップと対峙して数分。

 猿山との戦闘で負傷していたこともあり、動きは見た目以上に鈍くなっている。

 ハンマーを大振りする隙を見計らい、後退を挟みながら攻め入る。


「ちょこまかと!」


 幾度か体中に斬撃を与えるが、バオギップの皮膚は切れても致命傷には至らない。

 どこに剣を振るおうが、中の肉が邪魔して深く入らず、鼬ごっこだった。


「ゴリラかよ……」


 あまりに硬い筋肉に同じことの繰り返しで嫌気がさしてくる。

 だが、全く効いていないというわけでもなく、バオギップは息を切らしている。

 最初はハンマーを振り回しているからだと思っていた。



 ――けれど、



「ぐふっ」


 バオギップは吐血し、足元には血だまりが広がっている。


 それでも倒れない理由は、獣人やオークだからというものではなく。

 後方で待機しているローブの老人が魔法による支援を行っているため。


 本来であれば、バオギップの腕の1~2本は切り落とせていた。



 おそらくローブは、バオギップの身体能力を強化しつつ、一度発動すれば自動で回復し続ける魔法――《リジェネ》を使っている。



「面倒だな……」


 一度、ローブの老人を先に打とうと試みるも、バオギップにより遮られ。

 バオギップを倒そうにも、ローブの老人により時が過ぎていく一方。



 ――なのに、



 攻撃を続けて、何の意味があるのか。

 その答えは、《スペルディウス》にある。


「くそ……っ」


 ローブが《リジェネ》をかけていながら、バオギップの出血は止まらない。

 体中についた切り傷からは、一滴ずつだが血が溢れ続けている。


 そろそろおかしいと、山賊たちも気づき始めている頃だろう。

 フードに隠れていようと、老人が顔を顰めているのがわかる。


 次第に身体はふらつき、バオギップはハンマーを杖代わりに動きを止め、膝を着く。

 バオギップはついに貧血を起こしたようだった。


「どういうことだ?」


 驚きを隠せないのか、騒めく配下たち。

 ローブは冷静を装いながら、じっとこちらを見つめてくる。

 この手に握った《スペルディウス》に視線を落とす。


「その剣か……」


 鈍く光る漆黒の剣身。

 鍔に埋め込まれた紅色のクリスタル。

 そんな《スペルディウス》を目にローブは息を呑む。


「血が、ついていないだと……っ!?」


 《スペルディウス》を観察してわかること。

 本来、剣で生き物を狩れば、嫌でも血で汚れてしまう。

 剣を振れば多少なりとも血は落ちるが、戦闘中にそんな暇はない。


 ならば、《スペルディウス》が汚れていない理由とは何なのか。

 それを解こうと、ローブは思考を働かせている。


「まさか、その剣……《スペルディウス》かっ!?」


 さすがと言うべきなのか。

 ローブの勘の良さに感心するも、部下数名は知らずとばかりに顔を見合わせていた。


「《スペルディウス》は『人の命を食らう』とされた、意思を持つ伝説の片剣へんけん。切るたびに相手の血肉を食らい、力を増していく。資格のない者が触れれば首が吹き飛び、資格はあれど認められなければ、行使する者の命を奪う」 


 そこまで知っているとは思わず、ローブの説明に聞き入ってしまう。

 そして最後の自分ですら知り得なかった情報に感慨深く思う。


「行使する者の命、か……」


 知らぬ間に《スペルディウス》は自分の命を奪いに来ている。

 もしくは、徐々に持ち主の寿命を削って行っている。


 どちらにせよ、《スペルディウス》が呪われた剣であることに変わりはない。


「待てよ……?」


 ふと、《スペルディウス》を手にする際に誓約を結んだことを思い出す。


 死ぬまでに誓約を果たさなければ、使用者の魂は冥界送りではなく剣に呑まれる。

 もしかしたら、それが『行使する者の命を奪う』という説に当てはまるのではないか。


 結局、考えたところで答えは見つからず。


 自分はただ、《スペルディウス》と交わした『シスターを蘇らせる』という誓約を果たすのみだと、問題は放置する。


「《リジェネ》が効かないのも、そういうわけか……」


 どうやら《スペルディウス》の『人の命を食らう』という特性により、《リジェネ》が意味をなさなかったことに気づいた様子。


 切りつける度に血肉を食らうため、《リジェネ》の回復速度を上回っていた。

 バオギップは《オーク》であり、猪の獣人であるが故に『人』に含まれる。

 だから呪いの対象に含まれるのではないかと、攻撃の手を緩めなかった。


 考えが当たっていようと、なかろうと、攻撃しなければ倒せない。

 可能性としては一種の賭けのようなものだったのだが、的中していて何よりだった。


「だから、なんだ……?」


 動揺を露にする部下たちの前で、立ち上がるバオギップ。

 相変わらず血は止まっておらず、息を切らしている。

 戦士としては立派なもので、ハンマーを構え直している。


「戦いはまだ、終わっちゃいねぇぞ……っ!」


 バオギップの台詞は時折、どちらが悪役なのかわからなくなる。

 山賊でなければ、親しくなれただろうにと、不毛なことを考えてしまう。


「んぬぅあぁああっ!!」


 雄叫びをあげながら、バオギップは懲りずにハンマーを大きく振りかぶり、足を一歩踏み出すことで地響きが起きる。

 そこには怪我による遅さはなく、隙をつかれ、こちらは大いに油断していた。


 食らえば一溜まりもない攻撃に対し、避けようにも成す術がない。


 防御魔法は発動が間に合わず、ローリングはできるが避けきれない。

 翼による脱出を鑑みても、全てにおいて時間が足りない。

 今できるのは《スペルディウス》を盾に受け流すことのみ。


 心配なのは、剣が折れないかどうか。

 バオギップはもう振り下ろす寸前であるために覚悟を決めて構える。


「ん……っ!?」


 途端、バオギップの股下に赤い棍棒が突き刺さり、バオギップは停止する。

 何事かと、棍棒が飛んできた方向を一同が揃って視線を送る。


「何だ、あれ!?」


 見上げた空に浮かんでいたのは、小さな竜巻に乗った少年で。


 黒い短髪に赤い法被を身に纏い、白い道着のようなズボン。

 額に《緊箍児きんこじ》を付けており、革でできた鎧とバックルを装備している。


 その姿は宛ら、昔話に登場する『孫悟空』のようで。

 投げつけた棍棒は《如意棒》だとわかる。


「猿山……?」


 よく観察し続けた先、『猿山縁間さるやまえんま』の面影があり、頭上から飛び降りてくる。

 隣に佇むと、肯定するように陽気な笑顔が返ってくる。


「意外と早かったな」


 『魅剣羽亮』の正体がフェザーであると明かし、迷い戸惑いの中、さらには未来への選択を強いた。

 衝撃のあまり、来なくてもおかしくはなかったというのに。

 猿山が復活し、やって来たことに安堵する自分がいる。


「猿だと?」


 代わり映えした猿山にバオギップを含め、山賊の皆は信じられない様子。

 すると猿山はバオギップに腕を翳し、地面に食い込んだ《如意棒》を思念操作によって回収する。


 己が魔力の籠ったモノであれば、思念だけで自由自在に操れる。

 そんな芸当ができるのは、自分の知る限り国家騎士団である『七聖剣』だけ。

 それほどまでに猿山は未来で成長を遂げると思うと、高揚感で満ち足りてくる。


 幾億と広がる未来の中から、猿山は強くなることを願い、選んだ可能性。

 引きが強いというか、何というか。

 呆れを通り越して、尊敬を覚える次第であった。


「羽亮」


「ん?」


「あいつと、さしでやらせてほしいっす」


 真剣な声音で、何を言うかと思えば。

 自分から茨の道を進もうとする猿山は勇ましく、愚かに思える。


 けれどそれは、今までの猿山であればの話。

 未来の力を手にした猿山からは、比べ物にならない魔力を感じる。

 心配する必要など、どこにもありはしない。


「代わりにあの爺を何とかしてほしいっす」


「あいよ」


 無邪気に指図する猿山のノリは軽く。

 はなからそのつもりであったため、問題はない。

 問題があるとすれば、猿山の発言に対する山賊の態度の方。


「俺と、さしだと……?」


 先ほどまで二対一で劣勢だったくせに何が気に食わなかったのか。

 バオギップは額に血管を浮かび上がらせ、怖い形相で体中からは湯気が噴き出している。


「調子に乗ってんじゃねぇぞ、クソガキぃ!!」


 弱っているからと、侮っていた。

 そう受け取られての発言だと思われたのか、怒りによる興奮でバオギップの身体から傷が見る見るうちに治っていく。

 同時にローブが強化魔法をかけたわけでもないのに筋肉が増強され、ガタイの良い巨体へと変貌する。


「私も、見くびられたものですな……」


 ローブの老人も、癪に障ったのか、禍々しい魔力を解き放っている。

 猿山と同様、相手は共に膨大な魔力を誇っており、先ほどとは比べ物にならない。


「どれ、しつけてやろう!」


 溢れ出す二人の魔力は強暴で、相手にするのが億劫になってくる。

 対し猿山は臆するどころか、余裕の笑みを浮かべている。


 強くなるのは歓迎するが、面倒事を増やすのは勘弁してほしい。


 内心そう思ったのち、山賊との二回戦が幕を開けていた。


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