第二章4  『復讐③』

「ほう……」


 部下たちの希望により、《プロスパー》へ進撃し、数時間。

 改めて復讐劇を催し、山賊の首領『《オーク》のバオギップ』は考え深く思う。


 山賊が現れると住民は颯爽と物陰に身を顰める。

 下山した理由は、住民たちの歯向かう意思をへし折るため。

 そのためには、恐怖を与えるのが一番である。


 《プロスパー》の民家は木造建築が主流。

 建物に火を放ち、住処から追いやれば、彼らは蟻のように湧いて出る。


 そこへ復讐心を燃やす部下たちが武力を行使し、住民は恐怖する。

 案の定、爽快なまでに彼らは悲鳴を上げ、散り散りになる。


 弱いもの虐めは見ていて退屈しない。

 下山部隊をやったという若造を呼び出すには、持って来いの余興だった。


 だが現れたのは、山賊に歯向かう割に弱いと名高い『猿山縁間さるやまえんま』という生意気な小僧で。


 そのガキが、部下たちを圧倒しているという状況に面白味を感じていた。


「《ウィンド・ストーム》!」


 猛々しい旋風を巻き起こし、数名の下山部隊を吹き飛ばす。

 後ろには血の気の多い登山部隊が控えている。


「《サンダー・ボルト》!」


 登山部隊には近づかれるとまずいと勘付いてか、掌から紫電を走らせ、遠距離から軽く焼き焦がしている。

 それでも、かわしている者や立ち上がる者がおり、接近している。

 近接戦であれば、山賊に分があることに変わりはない。


「《ガン・ロック》!」


 しかし今度は、鋭く尖った無数の岩を多量に噴射し、近づく敵を次々と串刺しにしていく。

 恐るべきことに登山部隊・下山部隊を含め部下の半数が地面に這いつくばって行った。


「おい」


「はいっ」


「あいつが今まで魔法を使おうとしたことがあるのか?」


「いえ、いつも通り今朝まで弱いガキでした……」


 バオギップの問いに近くにいた下山部下の反応は、信じ難いものを目の当たりにしていると言った様子で。

 あれだけの魔法を一朝一夕で覚えられるわけがないと、誰もが驚愕していた。


「ケトラ」


 その謎を知る者として、魔法を専門とする身内が山賊に一人いる。


 バオギップの側近である、ローブに身を包んだ『ケトラ』という老人。

 4、50代でありながら、顔の皺やフードからはみ出す長い白髭は、もはや仙人と言わんばかりに老け込んでいる。


 熊よりも大きいバオギップと、並び立つ細長いケトラ。

 彼らの関係を知る者はいないが、長い付き合いであるのは間違いない。


 バオギップが信頼を置く彼は魔導士であり、彼なら謎を解けるであろうと踏んでいた。


「何でしょう?」


 バオギップの呼びかけに対し、ケトラは何一つ動揺することなく。

 いつもより冷静な彼にバオギップは問う。


「あいつが使っている魔法は簡単に覚えられるものなのか?」


「……あの者が使っている魔法は、私と同じ『魔導』でしょう。魔法には発動方法が二種類あり、『魔術』は魔力制御を必要とせず、誰でも簡単に扱えますが、詠唱があり戦闘には不向きです。逆に『魔導』は詠唱がない代わりに魔力制御を要する。荒療治ですが、おそらく下山部隊を返り討ちにした黒服の少年が、あの者に我らへの対抗策として教えたのではないかと」


「つまりあいつには、『魔導』の素質があったということか。ふん、面白い」


 部下たちを押しのけ、バオギップは前進する。



 丸く巨大な鉄鉱石を竹のように太い棒に括り付けただけの武器――《アイアン・ハンマー》。



 それを担いで戦闘に参戦しようとする姿は勇ましく、味方でさえ身震いをしていた。


「おい、小僧。俺が相手してやる」


「お前は……」


「この山賊の首領、『《オーク》のバオギップ』だ。俺を倒せたら、もうこの街には二度と近づかねぇ。どうだ、やるか?」


「やってやるっす!」


「いい度胸だ」


 静かで野太い声に猿山は構え、部下たちは後ずさりする。

 バオギップが自ら赴くということは、久しぶりに高揚感を覚えているということ。


 愛用の《アイアン・ハンマー》は、一撃当てるだけで骨を砕き、内臓を弾く。

 殺傷能力に長けた重い武器を振り回されれば、味方にまで被害が及ぶ。


 自分と亘り合えそうな敵を見つけては、戦闘に興じ、楽しさのあまり狂人と化す。

 周りに目もくれず、辺り一帯を破壊する様は誰にも手が付けられない。


 部下たちにとって信頼できる首領であり、同時に恐ろしいモンスター。


 それが、バオギップと言うオークだった。


「ん?」


 始めに動いたのは、片腕を天に掲げる猿山で。

 ここに来て何をしようとするのか、バオギップは不意をつかれ茫然とする。


「《ガン・ロック》!」


 叫んだ名前は土属性の魔法。

 見た目から動きが遅いと判断してか、尖った岩で刺し殺そうという戦法。

 賢いようで、同じ技を連続するというのは陳腐で、少し残念に思う。


「……っ!」


 出現したのは先ほどとは比べ物にならない大きさの岩々で。

 一つでも食らえば腹に風穴が空きそうな巨大さに焦りを感じる。

 瞬間、猿山の腕が降り下ろされ、岩槍の大砲が放たれる。


「ふんぬっ!」


 しかし、一つ一つを見極め、バオギップは《アイアン・ハンマー》により砕いていく。

 それでも全てを防ぐというのは不可能に近く、腕や足に中でも小ぶりな岩たちが命中し、茶色く毛深い体に赤い血が流れ出てくる。


「お前らっ」


 避け終わったかと思えば、当たらずに流れた岩が背後にいた部下たちへ命中し、部隊は壊滅状態へと追いやられていた。


「テメェ……」


 一対一だと内心で決めつけていたが、相手はそうでもなく。

 したり顔で卑怯なことをすると思うも、人のことは言えず、策略としては称賛に値する。


「やってくれんじゃねぇか」


 けれど、許せるかどうかは別の話で、バオギップは静かに猿山を睨みつける。

 そして今度はこちらの番だと、バオギップは一歩踏み出し《アイアン・ハンマー》を横に振ろうと構える。


「《サンダー・ボルト》!」


 だが攻撃の隙を与えんと、猿山は同様の威力で魔法を連発する。

 伸ばす腕から雷を迸らせ、光の速度で高熱が蛇のようにバオギップへ接近する。


「んんっ!」


 それも間一髪、バオギップは《アイアン・ハンマー》の鉄鉱石で受け止め、雷流を弾く。

 危うくショック死させられるほどの魔法を防ぎ、命拾いする。


「《ウィンド・ストーム》!」


 そんな安堵も束の間、猿山は風魔法で追加攻撃する。

 最初とは規模の違う竜巻に閉じ込められ、逃れられる術はなく。


「ぐおおおっ!」


 疾風による斬撃が鎌鼬となり、体中を切り刻む。

 巨体による体重で吹き飛ばなかったことだけが、不幸中の幸いだった。

 そのため、《アイアン・ハンマー》で空を切り、逆風を起こすことで魔法を打ち消す。


「はぁ…はぁ…」


 竜巻が消えるも、中は空気が薄かったために息は切れ、体力も消耗している。

 まさかここまでやるとは思いもよらず、ケトラや僅かな部下は驚きを隠せずにいた。


「はぁ…はぁ…」


 ただ、消耗しているのは猿山も道理。

 魔力制御を敢えてなくし、高威力で発動し続けている。

 限界は、すぐ傍にまで来ている。


「……っ!」


 それでも猿山は、攻撃の手を緩めない。

 ここまで見せず、温存して置いた最後の魔法。

 すかさず、止めの一撃を狙う。


「《火炎弾》!」


 掌から炎の一球を解き放ち、バオギップを襲う。

 火による被害の悪化を気にし、使うかどうか迷った末、切り札となった火属性の魔法。

 山賊の首領だとされるバオギップを燃やし尽くさんと、火の弾丸が命中する。


 そう誰もが確信した時だった。


「《防御壁》!」


 杖に六角形のシールドを張り、《火炎弾》を物理的に弾き飛ばすローブの男。

 側近であるケトラにより、バオギップは一命を取り留める。


「マジっすか……」


 それを機に猿山は地面へ足を着く。

 どうやら猿山は魔力切れを起こしたようで、バオギップは口元を緩ませる。


「はーはっはっはっ!残念だったな、小僧!」


「ぐ……っ」


 高らかに笑うバオギップに猿山は頭を掴まれる。

 特訓による疲労も重なり、身動き一つ取れずにいる。


「お返しだ!」


 掴んだ手を離し、猿山が宙を舞う刹那。

 バオギップは《アイアン・ハンマー》を手に猿山を目掛けて大振りする。


「ぐぼっ」


 それは見事に猿山の腹へと直撃し、勢いよく水平に吹き飛ばされる。

 その距離は計り知れず、向かった先には燃え盛る民家がある。


 猿山に抗える力など、残っているはずもなく。

 猿山は火の海へと、落ちていく。


 朦朧とする意識の中、瞳には黒い雲に覆われた空と、何かが映り込む。

 気づけば、自分の身体に少しの衝撃と振動があり。


「ぇ……」


 徐々に視界が晴れ、地面に目が行く。

 ゆっくりと空中から降ろされていく光景と、腰回りにある誰かの腕。

 地に足を着けたとき、傍に佇む黒一色の存在に猿山は頬を綻ばす。


「悪い。遅れた」


 謝る割に申し訳なさそうに見えない態度。


 そんな『魅剣羽亮』の登場に猿山は苦笑していた。


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