第二章4  『復讐②』

「はぁ…はぁ…」


 赤く染まる街を全力で駆け、息を切らす。

 数分前まで、シエラと共に魔法の特訓をしていたがために身体には少し、疲労がある。

 しかし、街中を包む炎と住民たちの悲鳴が怒りとなって足を動かす。


 先ほどまでの日常が嘘のようで。

 未だ信じられないのか、信じたくはないのか。

 頭には、何度も回想される光景がある。



「おっし!」


 羽亮から教わった魔法の数々。



 その一つである炎魔法――《火炎弾》を岩にぶつけ、粉砕する。



 今回は少量の魔力での発動だったため、炎の一球を噴射した程度のもの。

 それでも威力は衰えることなく、出来栄えとしては上々だった。


 課題として提示された魔力の配分。

 戦闘での長期戦を想定し、魔力を抑えた状態での発動を可能にするための特訓。


 そのために自分が扱える属性、火・風・雷・土・水の自然から連なる『五行魔素』のうち、水以外の四つ。


 中でも風と土が得意のようで、魔力を抑えた状態でも威力が変動することはなく。

 雷においては宙に細い紫電を迸らせていたため、火と同様の結果だった。


 覚えたてにしては、凄まじい成長速度ではないかと、我ながら恐ろしい。

 危うく天狗になりそうな勢いである。



 ――が、



「……っ!?」



 隣にいるシエラは、手名付けた水の精霊――『アクア』と共鳴し、平原の水分を空中に出現させるという、もはや魔法なのかもわからない現象を引き起こしている。



 地面から浮上してきた、大小異なる多数の水滴を一定の高さまで持って行き、停止させる。

 それはまるで、空から降り注ぐ雨を逆さまに、時間を止めたような芸当。


 5属性全てを扱えるが、水属性以外からっきし、4歳年下の12歳。

 自分とは相反する立場にいるシエラの才は、羽亮の言葉通り目覚ましい。


 しばらくして、超能力のように浮かせていた水が弾け地面に帰る。

 集中していたシエラの表情は、緊張から解け、柔らかく頬を綻ばせる。

 アクアと微笑み合う姿は無邪気な子供で、見ていて和む。


 ふと、魔術ではなく魔導を教えてくれた講師を思い出し、丘の上へ視線を移す。

 シエラと顔を見合わせ、丘を登れば、気に背中を預け俯いた少年がいる。


「寝てる……?」


 黒い髪に黒いロングジャケット、黒いズボンに革のロングブーツ。

 灰色の瞳は瞼により隠され、細身の華奢な体系は女性に近く。

 垂れ目の童顔でありながら、山賊を睨みつけたときの眼光は鋭く、今でも脳裏に焼き付いている。


「なんて言うか、ねぇ?」


 まじまじと眺め、改めて思う。


 美形ではないにしても、講義からして優しく穏やかな性格であるのは確かな話。

 子供っぽい一面もあり、モテないこともないのだろうと思うも、軽く首を振って否定する。


 荒野で拾った頃から講義に至るまで口数は少なく、ぎこちなかった。

 おそらくは積極性や協調性が乏しい、人見知りする体質。

 故に第一印象だけで好きになるような女子はいないだろう。


 さらに言えば、関係を築き、仲を深めても友達としてしか見てもらえないのが現実。


 中身を差し引けば、ただ無愛想で何を考えているかわからない無機質な男。

 それが彼、『魅剣羽亮』という講師。



 ――なのだが、



「可愛い……」


 そよ風に吹かれ、無防備に眠る羽亮は幼く。

 普段の大人っぽさとは掛け離れた姿にシエラは感動を覚えている。


 同い年でモテなさそうな容姿でありながら、魔法の技術や知識は一級品。

 強さや印象のギャップによっては惹かれる女子もいるかもしれない。


 くだらない思考の末、いつの間にか羽亮はモテる側の人間として位置づけられ、軽く嫉妬していた。


「チキショーっ!」


「どうしたの、急に?」


「いや、『羽亮はモテるだろうな』と思った途端、目から心の汗が……うっ」


「先生かっこいいもんね」


「やっぱり?」


「うん。可愛い♪」


「かっこよくて、可愛い?」


 子供らしい突飛な発言。

 女の子という感性もあり、理解しがたく首を傾げてしまう。


「でも……ちょっと怖い」


 何と言えばいいのか。

 複雑そうに苦笑するシエラの気持ちが少し、わかる気がする。


「いつも無表情で、心がないみたいで。でも、優しくて。どこか、寂しそう」


 絞り出した答えは、端的で物足りない。

 もどかしいけれど、これがシエラにとって精一杯の表現。

 それには自分も、同意というか共感できる。


「先生の笑顔は、優しくて、寂しそう」


 時折見せる微笑み方は儚く、今にも消えそうで。

 まるで、心にぽっかり、穴が空いているみたいで。


 羽亮は、2年前まで教会にいた孤児だと言う。

 フェザーに襲撃され、貴族に拾われたとも言っていた。


 きっと、悲惨な人生を歩んできたのだろう。

 そして、何か大切なモノを失ったために弱弱しく枯れ果てた。


 そう思えて仕方がない。


「怖い、か……」


 自分の中にも覚えのある感情。


 山賊と対峙した時の羽亮は、別人と呼べるくらいに殺気立っていた。

 ただふとした瞬間、口元を緩ませ山賊を軽くあしらっていた。


 羽亮には言わなかったが、講義にいくつか疑問点があった。


 羽亮が見せてくれた、火属性の魔法。


 火の玉を弾丸のように飛ばし、拡散させ追尾する《火炎弾》。

 散った火種から魔法陣を描き、火山のような噴火を起こす《獄炎陣》。


 羽亮はそれを光と闇の魔法だと言い、実践して見せた。


 魔法には、火・風・雷・土・水の自然から連なる『五行魔素』と、人間の善悪によって割合が異なる光と闇の属性『心象魔素』。


 『心象魔素』は誰もが持っており、扱う魔法全てに含まれている。

 善人であれば光が強く、悪人であれば闇に傾く。


 だが羽亮は、どちらの属性も同等の威力で発動して見せた。


 何かコツがあるのかと思い見逃していたが、実践に移り、特訓の流れになろうと、闇属性を含む魔法の類は発動できなかった。


 『心象魔素』は、人の善悪に左右される。


 ならば、羽亮が光と闇の属性を扱えた理由は何なのか。


 もし、言葉通りの意味合い以外に存在しないのであれば。

 考えるだけで、複雑な心境になるばかりだった。


「ん……?」


 ふと一筋の煙が空へと昇る光景が視界に入る。

 故郷である《プロスパー》を見下ろせば、瞬く間に煙の数は増え、悲鳴が聞こえ始める。


 それだけで何があったのか、察しが付く。


「まさか……っ」


 煙が昇った一本目は、山の入り口が近い南西あたり。

 おそらくは羽亮に撃退された三下が、仲間を連れ、復讐に来たのだろう。


「だからって……」


 民家のほとんどは木製でできている。

 それを燃やしていこうなどと、あまりに極悪非道。


「許せねぇ……」


 山賊に対する怒りで、心に混沌が渦巻く。

 強く握りしめた拳には、何もなかった。


 けれど今は、魔法がある。

 掌を見つめ、握り締めることで覚悟を決める。


 もう無力な自分ではない。


「おいらが、皆を守る……っ!」


 そうして、丘を全力で駆け下り、山賊のもとへ走り出していた。



 何度も繰り返された、長いようで短い回想。

 しかしそれも、街の中央で屯する山賊を捉え、終わりを告げる。


「お前ら!」


 逃げ遅れた住民を甚振り、痛めつける。


 長い世間話を聞かせる爺さんを蹴り飛ばし。

 暑苦しい筋肉質な青年は頭から血を流し、野垂れている。

 路地裏には、ウサギの人形を手に泣きじゃくる子供がいる。


 故に注意をこちらへ移し、彼らを逃がす作戦に出る。


「あぁ?」


 気づいた山賊の御一行。

 ガラの悪い連中の視線が一気に集中する。

 その隙を見計らって、逃げ遅れた人々が次々に避難し、安堵する。


「許さねぇっすよ!」


 放った先に誰もが武器を身構え睨んでくる。

 焼け崩れる木材の音が、開戦の合図だった。


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