第二章2  『講義②』

 丘の向こう側に広がる草原。

 魔力行使の危険に備え、人里離れたこの大地で実践訓練を行う。

 ここならば生い茂った山からも遠く、住人たちへの被害も出ない。


「魔法を発動するには、イメージを元に体内の魔力を集中させること」


 言葉で説明しても理解はしづらい。

 実物を見せるべく、丁度いい岩山を的に手を伸ばす。

 頭には、透き通った灼熱の炎をイメージする。


 形状は球体、速度は弾丸以上、威力は一点集中の拡散型。

 脳内で緻密に形成し、掌に魔力を集中させる。


 すると掌には、火の玉状のカプセルの内に青い炎が灯り、黄金へと変色する。

 それを合図に目標に向け発射する。


「《火炎弾》!」


 放った炎は弾丸のように岩を貫通し、内に秘められた炎が拡散する。

 それぞれが宙を舞った直後、目的物へと追尾し、集中砲火を浴びせる。

 岩は見事に木端微塵と化す。


「おお……」


「凄い……」


 そんな光景を目に感嘆する二人。

 だが、これで終わりではない。


「まだだ!」


 掌を掴み、散りばめられた火種の魔力を圧縮し、一つにまとめ上げる。

 形状は円柱、速度は噴火レベル、威力は天をも焼き焦がす爆発系。

 拳を握り締め、空へ掲げる。


「《獄炎陣》!」


 岩のあった周辺を魔法陣が出現し、黒く猛々しい炎の竜巻が立ち上り、空を紅に染める。

 数秒ほど経つと竜巻は塵のように消え、同時に空は元の青色へと戻る。



「というように光と闇の炎魔法(火属性)をやってみたわけだが――」



「いや容赦なさすぎ!」


「だから、魔法は危険なんだって」


「あんたが一番危険だよ!」


 何が不満なのか、猿山は酷くお怒りの様子。

 気を取り直すべく、咳払いを一つ。


「まずは火属性の魔法からやってみよう」


 どの属性が二人に適しているか。

 実際に魔法を放ってみれば一目瞭然。



「魔法を発動する工夫として、詠唱がある。この詠唱のある魔法を――『魔術』と呼ぶ。が、『魔術』は詠唱が長く、実戦向きじゃない。そのため今からやるのは、詠唱無しの魔力制御による簡易的な魔法――『魔導』。『魔導』は性能的に『魔術』より上で『炎よ!』と掛け声を上げるとか、技名を叫んだりとか、それだけでも問題はない。用はイメージだ」



 実行する際のアドバイス。


 二人はそれを耳に瞼を閉じて、放つ魔法のイメージを整える。

 同時に魔力を高めていき、発動しやすい態勢をつくり始める。

 先に構えたのは、両手を伸ばすシエラだった。


「炎よ!」


 瞬間、小さな火種が高速で発射され、近くの岩を粉砕する。

 拡散はしないものの、炎魔法の基本、立派な《火炎弾》だった。


「やった!」


 初見にしていきなり《火炎弾》を成功させる当たり、シエラの才覚は凄まじく。

 教え買いがあるなと、自然と頭を撫でる。

 シエラは嬉しそうに「えへへ」と笑顔を見せ、今度は猿山が右腕を抑えながら掌に魔力の塊を凝縮させていた。


「炎よ!」


 シエラに見習ってか、掛け声は同じ。

 だが放たれた魔法は、岩に触れた途端発火し、爆炎と化す。


 メラメラと燃え滾る炎は、高さ2メートルほどの火の玉で。

 数秒後、空気に溶け込むように消えた。


「ふむ」


 とりあえず、二人とも火属性は扱えるということで。

 炎の色から、『心象魔素』は、光が強いということがわかる。


「《ウィンド・ストーム》!」


 続いて、風属性。


 形状は円錐台、速度は旋風、威力は切り刻み跡形もなくす空気の刃。

 緑色の疾風が竜巻を生み、時間が経つと消える。


 風魔法の基本であるお手本を目に二人は同時に魔力行使に移る。


「「風よ!」」


 それぞれが《ウィンド・ストーム》を作り上げ、シエラは基準の大きさより一回り小さく、猿山は逆に一回り大きく渦の中に雷鳴を轟かせていた。


「なるほど……」


 二人の結果をそれぞれ紙に書いたレーダーチャート(光と闇の二種類の五角形)に評価する。

 五段階の点数を独断と偏見でつけているため正確ではないが、今はどれが得意なのか理解できればそれでいい。


「《サンダー・ボルト》!」


 次に雷属性。


 形状はリヒテンベルク、速度は光、威力は焼け焦がす雷。

 掌から稲妻を放射し、宙をバウンドしてモノに接触すると放電する。

 熱により焼け焦げ、魔力次第で感電死させる。


「痺れちゃえ!」


 可愛らしいシエラの掛け声で放たれた雷は針金のようで、地面をバウンドしたのち近くにいた幼虫を気絶させた。


「うう、できない……」


「よしよし」


 不満げに萎らしくなるシエラを撫でると、隣で猿山の準備が整う。


「轟け!」


 雷鳴のような爆音を響かせ、太く激しい稲妻が長距離を走る。


 年の差の所為か、体質の所為か、才能か。

 両者を比較する限り、猿山が一歩リードしているように思える。


「《ガン・ロック》!」


 四つ目、土属性。


 形状は岩、速度は弾丸、威力は槍。

 尖った数個の鋭い石が千本槍の如く連撃を繰り出す。

 当たれば最後、節々を串刺しにされる。


「行っけー!」


 猿山の掲げた手から天へと上る幹のように太い岩が流星の如く降り注ぎ、地面へと円を描くように突き刺さる。


「当たれー!」


 シエラは近くにある岩を的に《ガン・ロック》を発動するのだが、丸い小石がポコポコとぶつかるばかりだった。


「なるほどな……」


 徐々に二人の能力値がわかっていき、残りは一つ。


「《ウォーター・ホール》!」


 最後、水属性。


 形状は球体、速度はゆったり、威力は窒息死。

 シャボン玉のような水の塊で、大きさによっては監獄としての拘束機能も期待できる。



 ――のだが、



「水よ!」


 猿山の掛け声に辺りはただ静まり返る。


「水よ!水よ!水よ!水よ!水よ!水よ!」


 何度も飛び跳ね叫ぶ姿は滑稽で、可笑しすぎてお腹を抱えてしまう。

 どうやら猿山は水魔法が扱えないようで、ふとシエラを一瞥する。


「……っ!」


 そこには直径5メートルほどの水球を宙に浮かばせるシエラがいた。


「ま、マジっすか……」



 大気中の魔力の粒子――《マナ》。



 《マナ》を呼吸によって取り込み、体内で定着させることで魔力が生まれる。

 当然、《マナ》にも属性があり、見合った色がある。


 火は赤、風は緑、雷は黄、土は茶、水は青、光は白、闇は黒。


 それぞれ目には見えないが、存在している光源球。

 ただそれが蛍火のように肉眼で捉えられる現象がある。


 容姿はなく、言葉も話せない精霊の類。

 一説には、『Best Wish』で綴られる、滅びた妖精の残滓であるとされる。


 そんな彼らが人前に姿を現すとき、必ず起こる事象として、彼らに囲まれた者は大気中の《マナ》から魔法を行使することができる恩恵を授かるとされている。


 人はそれを『《マナ》に愛された』と称する。



 そして、今――。



 シエラの周りには青く光る《マナ》たちが彼女の傍で浮遊している。

 シエラは不思議そうにその中の一つを両手ですくい、まるで対話しているかのように笑みを零す。


 維持できなくなったのか、シエラの《ウォーター・ホール》が原型を失い、雨のように水が散開する。


 魔法が消え、シエラの周りにいた青い《マナ》たちが消えていく中、掌に乗せた一体だけが彼女に頬ずりをしていた。


「ふふ、くすぐったいよ」


 使役しているというより、友達になったと言えばいいのか。

 たいそう気に入られたご様子。


「シエラ、名前を付けてやったらどうだ?」


「この子に?」


「ああ」


 通常、《マナ》に意思はない。

 ただ稀に意思のある《マナ》が存在する。


 『《マナ》に愛された』と称される現象は、妖精になろうとする《マナ》、もしくは滅びた妖精の残滓とされ、どちらにせよ意思ある魂であると位置づけられている。


 意思ある《マナ》を使役し、彼らを通じて大気中の《マナ》から魔法を行使できる。

 それは彼らが主と認めた者を守護したいと願う意思。

 心から通じ合った関係であるならば、彼らは全力で力を貸してくれる。


 きっとシエラなら、それができる。


「じゃあ、アクア。よろしくね、アクア!」


 するとアクアは、シエラの周りを踊るように浮遊する。

 仲睦まじい彼女らは微笑ましく、こちらは最後の成績を付ける。

 これで魔法に関する実践は終わり、後は個人での成長に任せ、講義も終盤へと差し掛かる。


「それじゃあ成績表を渡す」


 丘の上に戻り、二人の五段階評価で記したレーダーチャートを黒板にも写し、それぞれの成績表を配布する。


 猿山の成績は、火が3、風が4、雷が3、土が4、水が0という結果。

 シエラの成績は、火が2、風が2、雷が1、土が1、水が5という結果。


 独断と偏見による配点だが、理由があるものの、とても対照的な二人だった。


「まず、猿山。ほとんどの属性を扱える上にどれも伸び代が見込めるバランス型だ。3や4と配点したのは、まだ発展途上なために魔力の制御が荒々しく雑であったため。上手く配分しないと、戦闘ではすぐにバテテしまう。それを踏まえ、これから精進してくれ」


「は、はいっす!」


「続いて、シエラ」


「はい!」


「猿山より平均的に劣っているが、その歳で全属性の魔法を扱える時点で優秀だ。努力次第でそれぞれ二段階は点数が上がるだろう。ただ……」


「ただ?」


「シエラの場合、水属性の特化型だ。アクアによる加護を含めれば、これから先、水属性だけを極める方が確実。下手をすれば上級魔導士にだってなれる」


「そんなにっすか!?」


「それだけ、シエラの才能には目を見張るものがある」


 そこにシエラは自覚がないようで、首を傾げている。


 無理もない。

 猿山は同い年の16歳。対しシエラは12歳。


 幼気な少女に戦場に立てる逸材などと、叱るべき発言で。

 自分自身、そんなことは勧められないし、勧めたくない。


 どう生きるかはシエラの自由。

 シエラが生きたいように生きればいい。


 だがもし、加護を含めシエラの力を軍事利用しようとする者が現れたなら、戦場の駒、兵器としての扱いを受けることになるだろう。


 自分が付き添い守ってあげれば安全ではあろうが、旅自体が安全ではなく、見す見す危険にさらすようなもので、絶対に守りきれるという保証もない。



 ――ならば、



「シエラ、一つ約束してくれないか?」


 同じ目線で屈み、シエラに向け、小指を差し出す。


「約束?」


「人前で無暗に魔法を使わないこと」


「友達にも?」


「そうだ」


「うーん……」


 自慢したかったのか、項垂れるシエラ。

 だがここは耐えてもらいたい。

 シエラの身に関わることなのだから。


「わかった!」


 それが通じたのか、彼女の小指と小指を結ぶ。


「指切り拳万♪」


「指切り拳万」


 ふと昔、自分もシスターと交わした約束を思い出す。


 全属性を扱え、魔力切れになりながらも高レベルの魔法を行使できる才能。

 たとえどれだけ虐めを受けようと、魔法による仕返しはしなかった。


 凜が助けてくれるというのもあるが、それ以前にシスターと指切りをした。

 シエラと同様、どこの誰に悪巧みの道具にされるかわからない。

 この身を案じても含め、伝えられた教え。


「魔法とは『誰かを傷つけるためじゃない、誰かを守るための力』だ」


 重たい腰を上げ、物思いに耽る。

 シスターは最後まで、それを貫いた。



 フェザーの奇襲から逃がすべく、最後まで――。



「誰かを傷つけるためじゃない……」


「誰かを守るための力……」


 復唱する二人。


「二人とも。守れるか?」


 自分でさえ、怒りで我を忘れそうになりながら、シスターの影によって踏み止まっている状態だというのに。

 二人にできるだろうか。


 悪事に手を染めるのではなく、誰かに手を差し伸べる善意。

 それを持ち続けることが。



「「―――」」



 すると二人は静かに相槌を打つ。


 優しく笑む姿に何故か凛とシスターの面影が重なり、瞬く。

 少しの間ぼんやりとし、気づけば猿山とシエラの顔が目に映る。


 まるで、この二人なら大丈夫だと二人が念押しをしてくれているようで。

 不思議と、頬が綻ぶ。


「講義は終わりだ。あとは二人で鍛錬するように」


「はい!」


「わかったっす」


 猿山とシエラの元気な返事。

 二人仲良く丘を降り、草原へと戻って、魔法の修業を行う。

 丘の上から平野で戯れる二人を遠目に感慨深く思う。


 師弟と呼ぶには、期間は短く浅い。

 けれど強ち、間違いでもないのだろう。


 シスターの見ていた景色。


 猿山が炎魔法を極めようと掌に魔力を集中させ、暴発している。

 火花により引火したようで、猿山は辺りを走り回り、それを慌ててシエラがアクアと水魔法で消化する。

 真っ黒こげになった猿山は直後、水によりビシャビシャで、それを目にシエラは笑いこけている。


 二人して楽しそうに。

 子供の頃の凛と自分を見ているかのようで。

 微笑ましく、何度も空を仰ぎ見る。


「シスター……」


 あれから2年、16歳。

 シスターが生きていれば20歳になって、さぞ美しさに磨きがかかっていたのだろう。


「俺、やっぱり……」


 どれだけ自分を取り繕っても。傍に誰がいてくれようとも。

 胸の奥は空っぽで、届かぬ想いばかりが募って。

 それはどんなに月日が流れても変わらない。


「あなたがいないと、寂しいです……」


 誰に打ち明けることもなくなった弱さ。

 木陰に一人、そう秘かに悲しみに暮れる。



 何度も、何度も――。


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