第二章3 『思い出①』
賑わいの街――《プロスパー》近隣。
ジャングルのように生い茂った森が広がる一山。
多種多様な生物が、弱肉強食という絶対的なルールのもと存在している。
頂上に近づくにつれ危険度は高く、山はいつしか《ヘングアウト》と呼ばれている。
――そして、
《ヘングアウト》を縄張りとする狩人たち――『山賊』。
山の中腹、洞窟の奥地をアジトとし、登山をして狩りを、下山して物資を調達することが主な活動内容。
――なのだが、
2時間ほど前、《プロスパー》へと下山した者たち数名は、何一つ成果を上げられず、傷だらけで逃げ帰り、アジトの硬い岩床に正座をしていた。
「「「「「……」」」」」
目の前の玉座に居座る人ならざるモノ。
二メートルはある身長と丸みを帯びた毛深い体。
猪の頭をした獣人の彼を人は《オーク》と呼ぶ。
「――それで?」
瓢箪酒を大量に摂取し、口から溢れ出す酒を腕で拭う。
目つきは鋭く、野太くも渋い《オーク》の声に下山部隊は怯えて声も出ず、ただ項垂れる。
「たった一人の若造にやられたって?」
肩肘をつき、発する声から苛立ちや怒りは感じられない。
ただ背後にいる登山部隊が秘かに嘲笑っている。
「いくらレベル3止まりのお前らでも、素手でガキ一人相手に全員やられたとあっちゃあ山賊の名折れだぜ、お前ら」
山賊における登山部隊と下山部隊の違い。
《ヘングアウト》は山のふもとから頂上にかけ危険度がレベル4から1に区分されている。
山の中腹に位置するアジトはレベル2とレベル3の間に設けられており、登山部隊はレベル2以上に潜むモンスターを狩ることのできる実力派集団。
しかし、登山部隊でさえレベル1には近づかない。
レベル1には、大型モンスターが複数存在しているがために。
体長5メートルを超える熊、戦車より大きい虎、10メートルを超える鷲。
他にも蛇やムカデと言ったモンスターが主となって縄張り争いをしている。
一方で、レベル2以上のモンスターを狩れない者たちは、レベル3や4と言った山の中腹からふもとまでを狩場とし、時折下山して物資の調達を行う。
それでも、下山部隊もモンスターを狩れる存在であるため、一般人より劣っているということはありえないし、あってはならない。
だからこそ、山賊の首領である《オーク》――『バオギップ』には下山部隊からのやられたという報告が俄かに信じがたい話であった。
「どう思う、ケトラ?」
その疑問に対し、バオギップは側近であるローブに身を包んだ魔導士――『ケトラ』に問いかける。
長い髪と白髭。
これで4、50代だというのだから老け顔にも程があると思う部下たちではあるが、実力は確かなもので。
ただ底知れないモノを二人から感じる。
山賊たちは元々、適当に狩りをし、狩ったモンスターを売った金で酒などを調達し堕落した日々を送っていた。
そんなある日。
突如として現れたバオギップとケトラにより、部隊が統制され、今までとは比べ物にならない強さを手に入れた。
その指導は親切丁寧で、月日が流れるにつれ一同が二人に信頼を置くのは至極当然だった。
尊敬の念を抱く半面、部下たちの頭の片隅から離れない疑念。
二人はどこから来たのか、その素性を皆は知らない。
どこの誰であろうと、自分たちの慕う首領であることに変わりはないと。
積み上げた時間が『そんなことなどどうでもいい』と、部下たちに思わせている。
「そうですね……素手で倒したということは、その者は少なくとも登山部隊以上であることに間違いありません。いい機会です。我らに歯向かうとどうなるか。痛い目に合わせて、今後このようなことが起きぬよう知らしめて見ては?」
冷静な解答に皆は沸々と闘志を燃え上がらせる。
登山部隊以上の実力の持ち主。
ならば、自分たちの敵う相手ではないと言われているのと道理。
にも関わらず、自分たちから湧き上がるのは怒りではなく復讐心。
やられっぱなしでは終われない、弱肉強食の世界を生き抜いてきた狩人の誇り。
その衝動が皆の思考を一つにしていく。
「ふむ、そうだな……」
バオギップは顎を触り考える素振りを見せる。
辺りを見渡し、覚悟のある部下たちの表情から不敵に笑う。
言わずもがなと言うべきか。
心は一つということで、お望み通り立ち上がり、指揮を執る。
「野郎共ぉー!準備を整え次第、我らに立てつく愚か者を排除する!手段は問わん!思う存分、暴れろぉおお!」
「「「「「おおぉおおお!」」」」」
山賊たちの意地。
鬼気迫る空気に洞窟内は浸食され、ケトラは笑う。
その笑みの理由を誰も知ることはなく。
彼らはただ、《プロスパー》への進撃を開始するのだった。
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