第二章2 『講義①』
寂れた賑わいの街――《プロスパー》。
そこから少し離れた丘に二人が腰掛ける。
「えー、まず出席を取る。猿山ー」
「は、はいっす……」
一人は戸惑うように覇気のない返事をする、黒い短髪の平民――『
荒野で倒れている自分を拾い、街まで運び、食事までご馳走してくれた恩人。
そして隣には、煌めくような笑顔で座る、ブロンドヘアの少女がいる。
「シエラ」
「はい!」
先ほど知ったばかりの少女の名。
出会った第一印象は内気な子だったが、山賊を撃退させてから明るい表情が増え、妙に懐かれている。
「それでは、講義を始める」
ここに三人が揃ったのは他でもない。
猿山をプロスパーの用心棒として鍛え上げるための授業、それをやろうと言う。
シエラがいるのは、ついてきたための成り行き。
出席を取ったのは、雰囲気をつくるため。
相手に教わるという意識、自分が教える立場であるという自覚を植え付けるための演技。
形から入るのは、そういった理由がある。
案の定、二人には教わる立場というものを意識してか、静かな眼差しが飛んでくる。
それを合図に鞄に入れた一冊の教科書――魔導書を取り出す。
その後、最初のページより同じ図を背後の黒板へとチョークで書き写す。
「どっから取り出したんすか、それ……」
気づけば目の前に黒板があるという現象に猿山は驚愕する。
しかし敢えて、触れないでおこうと聞こえないフリをしてやり過ごす。
「この世には魔法という不思議なモノが存在する。人には魔力があり、それを源として魔法を扱うことができる。多種多様な魔法で世界は発展し、身近な日常生活でも大いに役立てられている」
「??」
教科書のような前置き。
ただそれだけなのに猿山は理解が行っていないのか、早くも首を傾げていた。
「例えば、電気。これは雷の魔法を利用している」
「ああ~」
納得がいったのか、猿山は相槌を打つ。
どうやら知識不足なだけで、猿山の理解力は高い模様。
「他には?」
対し、シエラは目を輝かせ、身を乗り出す。
その好奇心旺盛な姿は清々しく、説明する側としても嬉しくなる。
「洗濯機とか、水と風の魔法を利用してるな。あと、ガスには火を。皿などの食器には土を」
「へ~!」
興味関心を持ってくれることは素直に嬉しい。
だが少し、路線がずれている。
今すべきなのは、魔法の習得であって、技術的発展ではない。
なので、本題へと戻すべく黒板に指示棒を当てる。
「えー、このように魔法には属性がある。火、風、雷、土、水。この自然から連なる五つの魔法を称して『五行魔素』と言う。魔法の基本的な属性だ。そして魔法には、相性がある」
「相性?」
黒板に星の頂点の如く書いた、火、風、雷、土、水を円になるよう矢印で繋ぐ。
「火は風に強く、風は雷に強く、雷は土に強く、土は水に強く、水は火に強い」
「はい!」
「はい、シエラ」
「どうして雷は土に強いの?」
素直な彼女は良い質問をする。
その着眼点から、シエラは将来有望だと秘かに思う。
「この属性の相性――『五行魔素』は、自然現象が元となっているんだ。火は空気中の酸素を取り込むことで更に燃える。火の魔法でも、風魔法を取り込むことで強力になるんだ。風が雷に効くのは、落雷などを突風が襲ったとき、落下地点をずらしたり相殺したりするため。雷が土に効くのは、落雷は地面を割るほどの威力があるから。土が水に効くのは、地面が水を吸収するから。水が火に効くのは、火は熱の塊で、水などで温度を下げると消えるから。とまぁ、こんな感じだな」
「へー!」
ちょっとした豆知識。
小さい頃、シスターに魔法を教わった時の受け売り。
シスターの言葉を違わぬよう記憶しておいたことが功を奏した。
「しかし、相性が絶対というわけでもない」
「というと?」
腕を組む猿山に、今度は『五行魔素』の図を逆さに矢印も反時計回りにした図を示す。
「魔法の発動には魔力が必要不可欠だ。込めた魔力によって、相性を覆すんだ。人それぞれ宿した魔力の量が違うが、多いからと言って制御できなければ宝の持ち腐れ。さらに言えば、人には得意不得意の魔法があり、自分に合った属性の魔法でなければ、相性が良かろうと意味をなさないんだ」
「どういうこと?」
一気に説明した所為か、シエラは首を傾げる。
そのため、わかりやすい自然現象を上げることにする。
「確かに火は水に弱いが、熱量によっては水を蒸発させる。お湯で言う湯気だな。水は土に吸収されるが、量が多いと土を浸す。田んぼみたいなもんだ。雷が土を割ると言ったが、それほどの威力があればの話。雷が風に弱いのも、威力次第。火は風を取り込むが、風が強ければ火は消える。このような相性とは逆の現象、これを『逆芒星』と言う」
「なるほど……」
呑み込みの早い猿山。
シエラも笑顔で頷いている。
それにより、まとめに入る。
「魔法には属性があり、相性がある。ここで最も重要なのは、相性があるが、それが全てではないということ。魔力の制御ができ、自分に合った属性であれば、相性なんて関係ない」
「はい!」
「はい、シエラ」
「隣に書いてある光と闇って何?」
「ん?」
シエラに指をさされ、背後の黒板へと目を向ける。
左上に書いた『五行魔素』の図、その下に『逆芒星』の図。
そして右上に書いた光と闇の文字、その間に書いた相互の矢印。
どうやら大事な説明を忘れていたようで、思わず「あ」と声が漏れる。
「この光と闇だが、これも属性の一つだ。人の心に善悪があるように魔法にも光と闇がある。この二つの属性は誰もが持っており、人によってその割合が違う。善人であれば光が強く、悪人であれば闇が強い。この心によって左右される光と闇の属性を『心象魔素』と呼ぶ」
「そいつらにも相性があるっすか?」
「そうとも言えるし、そうでないとも言える」
「……?」
「光は闇に強いが、闇に弱い。闇は光に強いが、光に弱い。この二つは、さっき言った『五行魔素』と『逆芒星』の原理が合わさっていて、互いが互いを傷つけ合う関係にあるんだ」
「なんか、可哀そう……」
シエラの子供らしい意見に感慨深く思う。
交わることのない二つ。
それはまるで、黒陰国と白陽国を見ているようで。
分かり合うことはできないという、人の心を表しているように思えてくる。
「先生?」
シエラの一言に気を取り直し、同時に昔の自分を思い出す。
こんな風に自分もシスターに魔法を教わっていたのかな、と。
優しい笑顔で魔導書を読むシスターを見つめ、隣で凜は居眠りしていて。
読み終わると、凛の額に必殺のチョークピストルが命中し、目覚めた時にはシスターが怖い笑顔でお説教する。
それが面白おかしく笑いを堪えきれなくて、最後には三人で笑っていた。
そんな思い出が、違う立場で重なり、不思議と頬が緩む。
とてもシスターのようにはできないけれど。
世界がどうであれ、自分のやるべきことに変わりはない。
ただ大切な人を守りたい、そのために動く。
奪われないために。
「それじゃあ最後に、同じ属性の魔法がぶつかるとどうなるかだが……」
「魔力が多い方が勝つ?」
「それもある。ただ、それだけじゃない」
「んん?」
「人には『心象魔素』があり、それが使う魔法にも含まれている。そのため、相手と使う属性が同じで、同等の魔力がぶつかった場合、『心象魔素』が強い方が勝つ」
「つまり……『五行魔素』が『心象魔素』で属性が分岐する?」
「百点!シエラ、あとで美味しいものをご馳走してやろう。猿山の金で」
「わーい!」
「おい!」
「と、冗談はさておき」
「え、冗談なの……」
地味に気を落とすシエラ。
代わりに頭を撫でて、ポケットから美味しい飴を差し出すことで宥める。
口に入れた途端笑顔になり、どうやら満足してくれたようなので、話を進める。
「シエラの言う通り、『五行魔素』だけでなく、人の使う魔法は『心象魔素』、つまりは、光と闇の二つに分かれる。火の光と闇、風の光と闇、雷の光と闇、土の光と闇、水の光と闇。戦いにおいて、相手と『五行魔素』と『心象魔素』が同じだった場合は……」
「魔力が多い方が勝つ?」
「そういうこと」
一通りの説明を終え、黒板を回転させ、裏にする。
そこに箇条書きで三つの条件を書き出す。
「まず、魔力での属性が相手と同じだった時、相手と『心象魔素』の勝負に移る。心象魔素も同じ割合だった場合、魔力が強い方が勝つ」
・属性=属性
・心象魔素=心象魔素
・魔力勝負になる
「はい!」
「はい、シエラ」
「魔力も引き分けだったら?」
「その時は魔法が暴発して、互いにダメージを受ける」
ようやく魔法の基礎知識を話し終え、ひと段落する。
だが本番は、ここから。
「そんじゃ、そろそろ……実践に移ろうか」
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